連載
#102 #withyou ~きみとともに~
「死ね」「キモい」靴の中にバナナ…「どん底」救った奇跡の出会い
学校ではいじめられ、リストカットを繰り返す日々――。誰にも理解してもらえない孤独に、「マイナスなことばかり考えてしまう……」。そんな青春時代を送った女性が、大人になって出会った作業所の施設長さんに支えられ、前を向いて生きられるようになりました。施設長さんの存在は「居場所」そのもの。いま女性は、ある夢を持っています。
女性は、東京都に住む加藤郁美さん(24)。10代のころに統合失調症と診断されました。軽度の知的障害もあり、いまは都内の作業所に通っています。
「なぜいじめのターゲットにされたのか、まったくわかりません」
加藤さんは小学5年生の時から、女子から仲間はずれにされ、悪口を言われるなどのをいじめを受けていました。先生も自分の味方ではないように感じ、親にも迷惑をかけたくないと、誰にも相談できなかったといいます。1日が過ぎるのが、とても長く感じました。
中学時代に入っても、男子から聞こえるように「死ね」「キモい」と悪口を言われました。外履きの靴の中に給食に出たバナナを入れられたり、チョークを投げつけられたりすることもあったといいます。先生の指導で、男子が謝ってくれたこともありましたが、またすぐに悪口を言われ始めました。
その一件で、「気付いてもらえても意味がないと思った」という加藤さん。先生に「何かあったの?」と聞かれることもありましたが、うまく答えられませんでした。自分の気持ちを伝えるための、言葉を見つけられなくなっていました。
中学から逃げたくて仕方なかったけれど、親に察されないよう登校を続けたといいます。逃げ場がないまま、自分に向けられた悪意に追い詰められていきました。
中学2年生のとき、加藤さんは不登校だったクラスの友人から「これやったらすっきりするよ」と、リストカットをすすめられました。自分を傷つけ始めると不思議と気持ちが楽になったといいます。「ストレス解消法というか、いじめを受けている現実から逃げるためにやっていたのだと思います」
唯一の「逃げ場」だったリストカット。自分の身体を傷つけるのは「よくないこと」だと感じながらも、8年間、やめることはできませんでした。
高校に入学しても、人とうまく付き合えませんでした。保健室登校になり、進級が難しくなった頃、加藤さんは統合失調症と診断されました。「珠算部で楽しく活動したかった」という高校は、結局中退しました。
誰も頼る人がいなかった加藤さん。ですが、「人生ががらりと変わる」出会いがありました。18歳のころから通う作業所で2017年4月、新しく施設長としてやってきた中澤聖子さん(37)です。加藤さんは、「中澤さんのおかげで前向きに考えられるようになって、自傷行為もやめられた。私のことを変えてくれた人」と話します。
ふたりの間には、何があったのでしょうか。
きっかけは施設関連のイベント。施設の同僚ともなじめず、ひとりでいた加藤さんのとなりに、中澤さんがそっと座りました。リストカットがやめられず、加藤さんの腕には傷を隠すためのサポーター。「気付かれたかもーー」。でも、中澤さんは何も言いませんでした。
その空気感に、加藤さんは、中澤さんと話をしてみたいと思うようになったといいます。中澤さんは、週1回、面談の時間をつくってくれました。「作業所の人と話せない」「どうしてもマイナスなことを考えてしまう」……、悩んでいることを打ち明けると、中澤さんが整理して、ひとつずつ一緒に解決方法を探っていきました。
「中澤さんに話すと、解決するんです」
これまでいじめを受けて、先生や親に相談できなかった、もしくは相談してもうまくいかなかった経験ばかりの加藤さんにとって、中澤さんの面談は驚きでした。
加藤さんは話します。「マイナスに考えてしまうことが多いけど、すぐプラスに考えられるようになりました。たまにはマイナスに考えて沈んでしまうけど、そういうときは紙に書き出して、中澤さんに相談しています」
考え事を書き込んだ紙は、ファイルにまとめて中澤さんとの交換日記のように使っています。去年の夏まで続いていたリストカットも、紙に気持ちを書き込むことでやめることができました。
ファイルに綴られた紙には、中澤さんからのメッセージも書き加えられます。
「マイナスなことを考えるのは、健康な証拠」
「前進したいからこそ悩むんだよね。それって健康的」
中澤さんからもらった言葉の数々は、加藤さんの宝物です。
中澤さんは、気持ちの面だけではなく、生活にある課題も一緒に考えてくれました。
加藤さんは高校生の頃、珠算部に入っていたほど得意だったのがそろばんです。中澤さんはそこに注目しました。もともとお金の管理をするということがなかった加藤さん。お給料は「もらったらすぐ使うことを考えていた」といいます。昨秋から徐々にお金の管理を自身ですることを進めました。
少しずつ貯金に回すことを意識するようになり、最初は「9円」しかなかった貯金も徐々に増えました。家計簿で増えていく数字は、自信の種になっています。
「お金がたまったら一緒にランチしよう」。貯金を始めた当初、中澤さんに言われて約束したことも達成できました。
できることが増えることを、一緒に喜んでくれる中澤さん。「スーパーマンみたいなんです」と加藤さんの笑顔がはじけます。
中澤さんと出会って、見える世界も変わってきたという加藤さん。学生時代は自分のことでいっぱいいっぱいで、声をかけてくれる先生たちとうまく接することができませんでした。
しかし、「中澤さんと出会って自分が認められることで、過去に自分に手を差し伸べてくれていた先生たちがいたことにも気づけた」と話します。いまは周囲の人たちへ、感謝の気持ちを持てるようになりました。
中澤さんに「お年寄りや子どもに好かれるタイプだね。引き寄せられるものがある」と言われたことがきっかけで、仕事への考えも変わりました。「ずっと作業所にいたいと思っていたけど、仕事をしたいと思うようになりました」
その先には、ある夢もできました。
「悩んでいる子の居場所を作りたい。つらいことをはき出せる場。私の経験も伝えていきたいです」
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