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夏の甲子園、記者が務める意外な仕事 超目立つ「H」ランプの裏側は
取材をして記事を書くだけが、記者の仕事ではない? 熱戦が続く第100回全国高校野球選手権大会では、主催者の朝日新聞社ならではの仕事があります。その一つがスコアブックをつけながら「あの打球はヒットなのか、エラーなのか」などを判断する公式記録員です。特に野球を担当しているスポーツ部の記者が、持ち回りで務めます。これを読むと、あなたも野球の見方が少しツウっぽくなるかもしれません。(朝日新聞スポーツ部記者・井上翔太)
今回、記者が担当させてもらった試合は、8月5日の大会初日第2試合、済美(愛媛)―中央学院(西千葉)戦。
記録員の判断が求められる場面は、いきなりやってきました。
一回、中央学院の攻撃。1死二塁から、3番打者の青木選手がレフト前ヒットを打ちました。
二塁走者の平野選手は、三塁を回って本塁へ。レフトのバックホームがキャッチャーの後方にそれて、ホームイン。
ボールがバックネットまで到達する間に、打者走者の青木選手は三塁まで進みました。
ここで公式記録員には「青木選手が、どのプレーによって二塁、三塁と進んだのか」という説明が、瞬時に求められます。
手法は、マイクを使って、バックネット裏の記者席向けにアナウンス。
「打者走者の二塁進塁は、レフトからの送球間。三塁進塁はレフトのエラー。打点はつけます」
すると、隣に座っているアルバイトの学生が、用紙に清書してくれます。
他にアナウンスするケースは「投手交代時の球数や失点、自責点の数」「試合開始と終了時刻、観衆の数」などです。先輩からは「ラッシャー木村のマイクパフォーマンスを参考に、声は大きめで」と言われたことがあるので、ネット裏のお客さんにも聞こえているかもしれません。
以前「今の本塁打は大会通算1500号です」と言ったら、拍手が起こりました。
公式記録員にとって、最も「しびれる」展開は、やはりノーヒットノーランになりそうな試合。「七回を終えて無安打」なんてことがあれば、もうドキドキ……。
そんなとき「三遊間に緩いゴロが転がって、サードが触ったかどうか微妙で、ショートが捕球して一塁に投げたけどセーフ!」なんてことが起こったら……。
考えただけで、手が震えます。横浜高校の松坂大輔投手(現・中日)がノーヒットノーランを達成した第80回記念大会(1998年)決勝は、公式記録員にとっても、ハラハラした試合だったはずです。
なんだか機械的な作業のようにも見えますが、そこは人間がやること。ちょっとした失敗も多いです。
一番やりがちなのが「ホームランでヒットのボタンを押し忘れる」。「大会第○号」とマイクでアナウンスすることに気を取られてしまうのです。
次の打者の最中に「H」を押すのも変なので、場内アナウンスの女性たちがいる部屋に連絡し、スコアボードに表示されているヒットの数をこっそりと直してもらいます。
何か間違いがあると、その部屋からすかさず電話がかかってきます。
僕は以前「マイクのスイッチを切り忘れてますよ」と言われちゃいました。
試合中は「打球を捕った野手」や「送球を受けた選手」を「7、6、4」などと数字でぶつぶつ言いながら追いかけているので、それがすべてアナウンス室に筒抜けだったようです。すみませんでした!
「プロ野球より、エラーに甘くない?」
記者が高校球児だった頃から、何となく感じていたし、友人からもそんな声を聞いたことがあります。
ただ、公式記録員を担当していて思うのは「プロ野球と比べられることではない」ということ。
自分をグラウンド上の選手に置き換えてみて「難しい打球だった」と感じれば「H」。
「アウトにできた」と思えば「E」のボタンを押すことが基本です。
「えー、ヒットかよ」「今のエラーじゃない?」という声は、ご自身の心の中だけにとどめましょう(笑)
これは僕だけかもしれませんが、公式記録を担当すると「すごいプレーが出た!」といった感情が、全く沸きません。グラウンド内で起きていることを淡々と記録していくだけ。1球1球に集中しているので、試合後はくたくた。実際、1点を争う展開となった済美―中央学院の試合が終わると、自分でも想像していなかった思いが、口をついて出ました。
「あれ、どっちが勝ったんだっけ?」
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