地元
松阪なのに「牛」じゃなくて「鶏」焼き肉? 実は味もルーツも一級品
三重県松阪市のグルメと言えば、ご存じ松阪牛。でも、地元では「鶏」の焼き肉こそがソウルフードなのだそう。転勤で三重を離れることになった記者が、3日連続で食べ歩きながら、ルーツを探りました。
まず訪れたのは、「鶏焼き肉店の元祖」として知られる老舗の「前島食堂」。ランチタイムの店はほぼ満席で、香ばしい煙が食欲をそそります。
鶏焼き肉は、焼き鳥とは違って串を通さず、甘辛のみそダレをつけるのが特徴です。タレは店ごとにオリジナルで、前島食堂は創業以来、同じ製法で作っている「秘伝のタレ」。タレだけを買い求めるお客さんもいるそうです。
お客さんは皆、慣れた手つきで鶏肉を七輪の上に並べ、焼いています。毎週通っている西村喜代子さん(91)は「松阪牛の半額以下なのに本当においしい。長生きの秘訣かも」と笑顔。ビール片手に肉をほおばり、豪快な食べっぷり。お年寄りだけでなく、大学生から家族連れまで幅広い客層で、七輪を囲んでワイワイと楽しそう。「鶏焼き肉愛」がひしひしと伝わってきます。
さて、これだけ愛される鶏焼き肉とはいったいどんなものなのでしょう。2代目店主の前島弘子さん(64)が焼きながら、説明してくれました。
「柔らかい若鶏も人気ですが、ひね鶏もかみ応えがあってジューシーですよ」
「ひね鶏」とは、卵を産めなくなった雌鶏のこと。松阪の鶏卵農家や家庭では、こうした鶏をさばいて、食べる習慣があったそうです。たしかに卵を産み終えたからと言って、処分してしまうのは可哀想だし、何よりもったいない。まさに「一石二鳥」の発想ですね。高価な松阪牛に比べ、コスパの良い鶏肉が広まったのもうなずけます。
前島食堂の先代が店を開いたのは今から51年前。弘子さんいわく、先代は戦前、養鶏用の飼料を売っていた時期もあり、ひね鶏を焼いて食べていた取引先の鶏卵農家からヒントを得て鶏焼き肉を始めた可能性があるといいます。
ただ、地元でいつごろから食べられていたのかは、よく分からないそう。「おいしければ、何でもええやない」と弘子さん。
後日、松阪市観光交流課に聞いてみたところ、担当者は「小さいころに食べたと話す戦前生まれのお年寄りもいますが、はっきりしません」とのこと。いずれにせよ、前島食堂が人気を博したことで、鶏焼き肉店が広がったのは確かなようです。現在は市内で30店舗ほどが営業しているそうです。
松阪牛に比べれば地味な「鶏焼き肉」ですが、知名度アップに一役買っているのが、NPO法人の「Do it! 松阪鶏焼き肉隊」です。
代表の森下桂子さん(37)が百貨店も映画館もつぶれて寂れていく地元を心配し、8年前に高校の同級生らと結成しました。「当たり前に食べていた鶏焼き肉」でしたが、松阪のイメージにない「鶏」を売り込めば、意外性から注目されるのではないかと考えたそうです。
現在は20~40代のメンバー15人ほどが県内外のイベントに屋台を出したり、市内の鶏焼き肉店のマップを作ったりしています。全国のご当地グルメの祭典「B―1グランプリ」にも出場したところ、行列ができる大反響。9、10位と2年連続で入賞を果たしました。
そんな森下さんたちと開店3年目の「のぼやん」に向かいます。2日連続の鶏焼き肉ランチですが、まだまだ飽きません。毎週のように食べるという森下さんも「食べれば食べるほどクセになっちゃうんですよね」。みそダレは酒やみりんが多く入っているためか、前島食堂よりもややさっぱりとしていました。
店主の小柳昇さん(50)は元々、市郊外の焼き鳥店で雇われ店長でした。ところが、鶏焼き肉隊の活動に刺激を受け、「鶏焼き肉の店を持って、街を盛り上げたい」と2016年末、空き店舗が多かった松阪駅前に出店しました。
最近は常連客も増え始め、県外からのお客さんも。「鶏焼き肉は私の人生と街を変えてくれました。牛だけじゃない松阪を知ってもらえれば」
三重を離れる最終日の夜。先輩の勧めで向かったのは「おそ松」。気づけば背広には、前日のみそダレのにおいが染みついていました。心なしか、胃も重たい気が。やはり3日連続はきつかったか……。
恐る恐る1皿だけ注文すると、あれ、肉にあのみそダレがかかっていない。「先にみそをつけると、すぐ焦げるからウチは後づけのスタイル」と店主の木村悦子さん(70)。
肉を焼いてから、小皿でみそをつけます。みその量を調整したり、塩こしょうをかけたりして、あっさりした味にもできます。くどく感じずに完食でき、追加で手羽先も注文してしまいました。
「松阪鶏焼き肉」の店は全国各地に続々と誕生しています。ただ、調理法や味つけがバラバラで、鶏焼き肉隊はブランドイメージの低下を懸念し、3年前に「松阪鶏焼き肉」を提供する店舗の認定制度をつくりました。
松阪で研修を受け、指定のタレを使うことなどが認定の条件です。これまでに東京や大阪で3店舗が認定され、鶏焼き肉を宣伝する「アンテナショップ」の役割も果たしています。
転勤先の東京・三軒茶屋で、その一つの「ラヂオ食堂」を訪ねました。
さっそく肉を焼こうとすると、「焦げやすいから、並べ方に気をつけて」と、店を切り盛りする村田由美さん(49)からご指導が。
さぞ三重県と深い関わりがある方かと思いきや、出身は石川県で三重には住んだこともないといいます。元々、兄が営む飲食店を手伝っていたところ、テレビ番組で鶏焼き肉を知り、ピンときたそうです。「なんて面白い歴史がある郷土料理なのだろう。東京でも人気が出るに違いない」
すぐに三重に行って調理法を学び、17年9月にオープン。初めてのお客さんには歴史や食べ方も伝えるよう心がけ、リピーターを増やしています。
「庶民の知恵が生んだせっかくのグルメなのに、背景を知らずに食べるのはもったいないでしょう?」
本場に勝るとも劣らない鶏焼き肉への愛情がここにもありました。
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