話題
音楽鑑賞中に地震! 広がる「避難訓練コンサート」、課題はリアルさ
コンサートと避難訓練を一緒にやって、お客さんとリアルに防災を考えよう、という「避難訓練コンサート」が広がっています。東日本大震災を機に広がった訓練ですが、どうリアルにするのか、どう教訓を得るのか。現場の模索も始まっています。
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コンサートと避難訓練を一緒にやって、お客さんとリアルに防災を考えよう、という「避難訓練コンサート」が広がっています。東日本大震災を機に広がった訓練ですが、どうリアルにするのか、どう教訓を得るのか。現場の模索も始まっています。
オーケストラの演奏にうっとりしていたらいきなり、ガタガタ、グラグラ! 満員のホールが大地震に見舞われたら、観客もスタッフも大混乱しそうです。そうした事態に備えようと、演奏中にお客さんと一緒に行う「避難訓練コンサート」が全国に広がっており、ツイッター上でも話題になっています。東日本大震災後に広がったこの取り組み、観客とホールが共により良い避難術を探る試みとも言えそうです。
1800人が利用できるオペラ劇場を使い、恐らく全国最大の避難訓練コンサートが9月、東京・渋谷の新国立劇場で開かれます。
今回の訓練を担当する佐藤和人さんによると「全国でも先進的なホールさんが次々とされる中、ウチもやらないわけにはいかない」と、始めたとのこと。2014年以来、2回目の実施です。
想定は、演奏の最中の「地震発生」。地震の効果音を流し、お客さんにはまず、自席で頭を低い位置に下げて安全な姿勢をとってもらいます。その後、火災も発生するという想定で、お客さんに劇場の外に避難してもらう、という流れです。
お客さんには「どのタイミングで地震が来るか」は伝えません。当日、見込まれる1500人程度のお客さんに、出来るだけ本番的な状況の中で、避難を体験してもらいます。
こうした避難訓練コンサート。公立の音楽ホールなどが加盟する全国公立文化施設協会が昨年、会員にアンケートをしたところ回答した201施設のうち約2割が実施していました。実施は「増える傾向にある」といい、その契機になったのが水戸市の水戸芸術館だとのことでした。
水戸芸術館が初めて、避難訓練コンサートを実施したのは2011年8月27日。約半年前、水戸芸術館も東日本大震災で、エントランスホールのパイプオルガンのパイプが外れて転がるなどの被害が出て、7月末までの閉館を余儀なくされました。
「もし、震災の時にコンサートをしていたらどうなったのか。備えなくては、と考えたのが、コンサート実施の理由です」と、当時担当した職員の篠田大基さんが教えてくれました。
実施する上で躊躇もありました。「お客さんに被災経験を思い出させるのではないか」という心配です。それでも「やらない方がいい」という意見はありませんでした。
気分が悪くなった人に休んでもらう部屋などを準備して実施。実際にはその部屋を使うこともなく終わりました。そして、学んだことも多かったと言います。
参加した430人のお客さんに書いてもらったアンケートでは、「どこに逃げるか、きちんといってくれないと分からない」「被災後の暗いホール内で、階段を歩くのは危ない」など、お客さんと一緒に行うからこそ分かることがたくさんありました。
実は、初の避難訓練コンサートは水戸芸術館によるものではありません。震災前から、火災想定で行われたものもありました。ただ、震災後初の水戸芸術館の取り組みは注目され、当日は他県のホール職員も参加、その後の問い合わせも数十あり、「今の全国での取り組みにつながったのではないでしょうか」と篠田さんは言います。
水戸芸術館のように、実際にお客さんを巻き込んで避難訓練することで得られる課題は、災害に備えるための良い材料になります。9月に1000人を超す大規模避難訓練を予定する新国立劇場は、訓練をアカデミックに分析し、課題抽出を試みます。
具体的には、産業技術総合研究所(産総研、茨城県つくば市)に依頼し、劇場内にカメラを設置。それを人工知能で分析し、人の流れを再現してもらいます。
前回、2014年にも産総研に同様の分析を依頼しており、その際は、「お客さんは大体、自分の前にいるお客さんに続いて避難するが、時に1人が別方向に向かうと、他の人も釣られてそっちに歩いていく」などの事実が分かりました。
「こうした状況にどう対応するか。9月に向けて今、そうした工夫も考えているところです」と担当の佐藤さんは言います。
ただ、なかなか出来ないのは「災害時の完全な再現」。具体的には、「スタッフにも何が起こるか分からない」状態の再現です。
「シナリオありきの避難訓練コンサートには、懐疑的です」と、福島県いわき市のいわき芸術文化交流館アリオスの防災担当者、佐藤仁宣さんは言います。つまり、訓練時にホール職員が、どのように避難誘導するかを事前に打ち合わせた「シナリオあり」の訓練は現実的でないというのです。
アリオスでは2015年、映画上映でお客さんを巻き込んだ避難訓練をしました。この際、想定した地震の規模やどこで出火するかは、大半の職員には内緒。お客さんと同じ情報しかない状況で、避難誘導などを即興で行いました。
他方、新国立劇場の佐藤さんは「訓練には、自分たちの避難誘導の方法を検証したい、という目的もあるので、シナリオは作ります」と話します。主催者によって、訓練の目的や考え方も変わります。
ただ、「一番大事なのはお客さんを巻き込んで避難訓練をすること。職員だけでは分からないことが分かることが最も重要です」と、アリオスの佐藤さん。そこは、多くの主催者に共通する意義のようです。
本物志向の防災訓練。そこからいかに実質的な教訓を得るのか。芸術の現場での模索が本格化している、ということになりそうです。音楽好きの皆さん、ぜひ、参加されてはいかがですか!
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