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「最低限の身体の安全さえ守られない」香港で「中国離れ」が進む理由
繁華街の書店から突然、店長らが次々と姿を消す。民主化運動のリーダーが、訪問先の空港で拘束。民主派議員が次々逮捕される。きなくさい動きが香港で続いています。背後にいるとみられているのが中国。香港の中国返還から20年が過ぎたいま、香港の若者の間で、自分は中国人ではなく「香港人」だと考える人が増えているといいます。(朝日新聞国際報道部記者・井上亮)
6月中旬、日本を訪れたジョシュア・ウォン(黄之鋒)さん=男性=とアグネス・チョウ(周庭)さん=女性=は、2014年に起きた香港の民主化運動、「雨傘革命」(雨傘運動)のリーダーです。
ともに当時は高校生、いまは20歳で大学生。香港が中国に返還される前年に生まれ、イギリスに統治されていた時代を知らない世代ということになります。
6月14日、東京大学での講演で、ジョシュアさんはこう話しています。
「雨傘革命後、大きな失望もあった。民主化を実現するのは難しいのではないかと」
香港一の繁華街・銅鑼湾(コーズウェイベイ)にある「銅鑼湾書店」。2015年10月以降、店長、親会社の出版社オーナー、株主ら5人が、滞在先のタイや中国の広東省で、次々と行方不明になりました。
この書店は、中国を支配する中国共産党の批判や、中国指導者のスキャンダル、文化大革命や天安門事件について書いた本を販売していました。いずれも中国本土では出版が禁止されている本です。
香港メディアの報道で明らかになり、中国当局はその後、彼らを拘束、捜査していることを認めました。
香港に戻った店長は会見を開き、中国当局に自白を強要されたと訴えました。
店長は中国で本を違法に販売した疑いで拘束。罪を認める姿がテレビで流されていました。
店長の説明によると、2015年10月下旬、香港から深圳(香港に隣接する中国本土側の都市)に入った際に税関で拘束。何の説明もないまま翌日、目隠しをされ、列車と車で浙江省の寧波に連れて行かれたそうです。深圳と寧波は直線距離で1000キロをゆうに超えます。
「家族への連絡は必要なく、弁護士も雇わない」とする書類に署名させられ、24時間監視を受けながら取り調べを受けた。店長はそう話しています。
ジョシュアさんも2016年10月、タイのチュラロンコン大学での交流に招かれて訪問した首都バンコク郊外の空港で、10時間以上拘束されたあげく、強制送還させられました。
「拘束されていた間は、とても怖かった」、「最低限の身体の安全さえ守られないのが、香港の現状」。ジョシュアさんはそう話します。
このほか、2017年1月にも、香港に長期滞在していた中国の大富豪が失踪したと報じられました。香港メディアは、この大富豪が中国共産党幹部の汚職情報を知っており、香港で捜査権がない中国の警察が本土へ連行したという情報があると伝えています。
香港大学は毎年、香港の住民に「自分は何人だと思うか」を問う世論調査をしています。
グラフを見ると、18~29歳の若者と、30歳以上では違いがあります。2008年ごろの調査を境に、「自分は香港人だ」と答える若者が増え、「中国人だ」と答える若者が減っています。
かつて若者の3割が「自分は中国人だ」と答えていました。2017年6月に行われた最新の調査の時点では、わずかに3%しかいません。30歳以上では24%が「中国人だ」と答えているのと対照的です。
一方で、最新の調査に自分は香港人だと答えた若者は65%。30歳以上では32%ですから、やはり大きな意識の違いが感じられます。
2008年ごろに自分を中国人と考える香港の若者が多かったのはなぜか。香港研究が専門の立教大学法学部、倉田徹教授は、この年に北京オリンピックや四川大地震があったことが背景として考えられると指摘します。
世界的なスポーツイベントや多くの人が亡くなった災害で、民族意識が高まった可能性があるということです。
香港住民の大部分が、中国大陸から移ってきた人たちやその子孫。民族的、文化的な起源が中国にあることは否定できません。
ところが、自分は中国人と考える若者は減り続け、最新の調査では過去最低を記録しました。返還前の記憶がない若者が増えていることや、中国への脅威が高まっていることが関係していそうです。
2016年9月にあった立法会(議会)選挙でも、世代間の投票行動の違いは明確でした。
年齢が若い人ほど、香港の中国からの独立や、民主的な選挙で香港の未来を決めることを求める、いわゆる「民主派」の候補者に投票したことが、研究者の調査で明らかになっています。
イギリスと中国の取り決めで、返還から50年後の2047年までは香港に自治を保証する「1国2制度」。20歳のジョシュアさんは「まだ20年しかたっていないのに『1国1.5制度』に後退している」「何もしなければ1国1制度になってしまう」と危機感を隠しません。
ジョシュアさんたちは2016年4月、香港で新党「香港衆志」を立ち上げ、9月の立法会選挙で1議席を得ました。「香港人の未来は香港人が決める」という考えを核として、2047年以降の香港をどうするかを決める住民投票を、10年以内に行うことを公約しています。
「学生運動は学生じゃなくなったら卒業しなければいけない。だから新党を作りました。そうすれば雨傘の精神をそのまま引き継ぐことができます」とジョシュアさん。
このほかにも、雨傘革命の参加者からは多くの民主派議員が生まれました。香港当局は弾圧の姿勢を強めています。
2017年4月、議場で中国の国旗を逆さにしたとして立法会の議員1人が逮捕。3月にも別の議員や前議員ら計4人、4月には「香港衆志」の幹部ら9人など、雨傘革命に関わった人たちが次々と逮捕されました。
香港の中国返還20年を祝う式典には、中国から初めて習近平国家主席が出席します。
ジョシュアさんたちはこれに先がけて抗議活動をし、28日、ほかの20人以上とともに警察が拘束。約30時間後に釈放されました。
しかし、1日午後、ジョシュアさんら民主派は「10万人規模」の抗議デモを行う予定です。
香港の民主化がどう展開していくか、予測は困難。ただ、今後も若い世代の動きに注目し続ける必要がありそうだ、ということは言えそうです。
ジョシュアさんに、日本へのメッセージをもらいました。
「日本の未来は若い世代の手の中にあります。収入の不均等な分配、社会的地位の固定化、エリート層による支配……。それらは人々を抑圧し、落胆させますが、勇気、情熱、決意をもって、日本の若者が立ち上がれると信じています。そして、私たちの運命を、私たち自身が決めていきましょう」
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