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恋愛マンガ「1万ページ」を統計分析 浮かび上がった「女心」とは?
女性向けの漫画雑誌における恋愛表現を、片っ端から調べまくった人がいます。2016年に発行された28誌356作品、1万2580ページ。しかもそれを、統計的手法で分析したというのです。恋愛漫画、それは女性のファンタジーが詰まった世界。女心の奥底を、数字からのぞいてみましょう。(朝日新聞東京社会部記者・原田朱美)
調べたのは、牧田翠さん(ペンネーム)。男性です。
ごく普通の、30代の会社員です。
分析対象は、4ジャンル。「りぼん」などの児童誌(3誌)、「花とゆめ」などの一般誌(8誌)、性的要素が濃くなるティーンズラブ誌(13誌)とレディースコミック誌(4誌)です。
2016年に発行された4ジャンルの28誌の356作品、ページにすると1万2580。もちろん自腹です。
うーん。「よくやりましたね」の一言です。
調査項目は、女性キャラ・男性キャラの属性、関係性、ストーリー展開、体の接触表現などなど、ありとあらゆる要素に及びます。
結果をまとめた同人誌「恋愛統計」(全64ページ)を開くと、数字とグラフがぎっしりです。
実は牧田さんは、「エロマンガ統計分析家」として、10年ほど前から活動しています。
仕事の合間にコツコツと分析を続け、結果をまとめた同人誌をコミケに出店するほか、ネットで販売しています。過去作は男性向けのエロマンガ分析が多いですが、昨年取り組んだのが、女性向けの恋愛漫画です。
「これで、エロの各ジャンルをひととおり分析できたかなと思います」と、満足げです。
大学院時代に統計分析を学び、以来、エロマンガを社会的に、ジェンダー的に、分析し続けています。
さて、この労作「恋愛統計」の分析結果をご紹介していきましょう。
女性向けの恋愛漫画の特徴を一言で表すと……「ハイスペックな男性が、劣等感に悩む女性主人公を愛してくれる」です。
数字で見ると、一目瞭然。
男性キャラの属性で多かった要素は、「有能」、「容姿端麗」、「名声」が飛び抜けています。
たとえば「有能」は、児童誌の54%、一般誌の34%、ティーンズラブ(TL)誌の55%を占めます。
「ハイスペック王子様」は、王道ですね。
一方の女性キャラで多い属性は「劣等感」。児童誌の70%、一般誌の67%、TL誌の53%と高い割合です。
仕事がうまくいかない、親から結婚を迫られている、お金がない、太っている、自分に自信が無い……。こじらせまくりなヒロインたちです。「仕事ができる女性」という設定の作品もありますが、その場合は「有能ゆえに孤立している」「女として見られない」といった劣等感を抱えています。
牧田さんは、こう分析します。
「悩むヒロインは、現実の反映でしょう。現代社会では、女性であること自体がハンディキャップになります。賃金、昇進、結婚、出産……。ヒロインが抱えている悩みは、読者が解決してほしい悩みでは」
どんな立場の女性も、いろいろ抱えていますからね。
牧田さんは、「ほめ言葉」も調べました。
「好きだ」「愛してる」「付き合って」「かわいい」「きれい」「すてき」といった甘い言葉が、いつささやかれているのかを、チェックしています。
「男性キャラがヒロインをほめる(男→女)」パターンは、序盤は低いですが、物語がすすむにつれて、増えていきます。
つまり、「ハイスペックな男性が、ダメな私を肯定してくれる」ストーリーなのです。
牧田さんは、「有能で人気で、社会的に地位が高い男性から愛してもらえることで、『自分も社会から認めてもらえる』という安心感が得られるのではないでしょうか」と、言います。
次のポイントは、「愛され方」です。
キーワードは「一方的に愛される」。
相手と積極的に関係を持とうとしているかどうかを男性キャラ、女性キャラごとに調べると、すべてのジャンルの漫画で「積極的な男性キャラ、消極的な女性キャラ」という特徴が出ました。
特に、男性キャラの積極性はすごいです。児童誌で82%、一般誌で76%、TL誌で89%、レディコミに至っては93%の作品で、積極的な男性キャラが主人公にぐいぐい迫っています。
「現実の男性はそんなことないよ」なんて、言わないのがお約束です。
ファンタジーですから。理想ですから。
こちらのデータを見ると、さらによくわかります。
「ぎゅっと抱きしめる」場面の分析です。
「男性キャラが一方的に抱きしめる」パターンが44~81%と全ジャンルで多く、「女性キャラから一方的に抱きしめる」は12~24%と半分以下です。
「壁ドン」が少し前にはやりましたが、女性とは、「ちょっとびっくりするくらい求められる(=愛される)」状態を求めているんでしょうね。「ただし好きな相手とイケメンに限る」という留保がつきますが……。
こうした女性向け恋愛漫画の「ハイスペック王子様がダメな私を一方的に愛してくれる」という展開は、なにもすべての女性が「大好き!」というわけではありません。むしろ、苦手という人もいます(記者もどちらかというとそうです)。
「王道」な恋愛漫画が苦手という女性が流れつく先のひとつが、「ボーイズラブ(BL)」です(記者もどちらかというとそうです)。男性同士の恋愛を描くBLと、それを愛する「腐女子」は、いまやヲタク界の一大勢力です。
女性向け恋愛漫画とBLでは、何か違うのでしょうか。
牧田さんは2015年にBL作品も分析しています。女性向け恋愛漫画では、男キャラが圧倒的な積極性を見せていましたが、BLでは、女性的な役割である「受け」と呼ばれるキャラが主導権をもつことが多い傾向がありました(商業BL作品の54%)。
ただ、男性的な役割の「攻め」に主導権があるケースも39%あり、女性向け恋愛漫画ほどの差はありません。
物語の視点も、女性向け恋愛漫画は9割以上が女性目線だったのに対し、BLは「攻め」「受け」どちらの視点もあります。BLは、キャラの属性も関係も多彩で、女性向け恋愛漫画のように、「王道」パターンに集中するということがありません。
牧田さんいわく「BL愛好家は、キャラに自己投影するとは限らず、『ふたりの部屋の壁になりたい』といった言い方をします。『自分に関係のない、安全な物語』として読まれている傾向がある」そうです。
さて、この違いは何を意味するのでしょう。牧田さんの分析が的確です。
「女性が生きづらさを抱える現実世界のストレスを癒やすには、ストレスの原因に近付くか、逃げるか。男性社会の構造そのものである『社会的に地位が高い男性』に認められるという女性向け恋愛漫画は、『近付く』パターンです。そして、そもそも女性がいない世界に『逃げる』のがBLです。BLが好きという女性は『女である煩わしさから逃れられる』という言い方をしますね」
漫画の選び方ひとつにも、女性の生き方、スタンスが出るんですね。
ちなみに、女性向け恋愛漫画もBLも、どちらも嫌いという女性も、もちろんいます。
そういう女性の中には、男性向けのエロマンガを読む人もいるそうですよ。
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