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「幸運にも残った“まとも”な先進国」カナダが挑む壮大な社会的実験
「カナダはほかの国の誤りでできた」
エコノミスト誌の昨秋の特集で、「幸運にも残った〝まとも〟な先進国」(日本語訳は日経ビジネス)と評されたカナダ。グローバル化への反発が世界各地で巻き起こり、米国や欧州では難民や移民に対して門戸を閉ざそうという動きが強まるなかで、トルドー首相自ら「難民歓迎」の姿勢をツイートする寛容さが注目を集めています。根底にあるのは、「寛容さが国の活力を生み出す」というカナダの価値観です。
To those fleeing persecution, terror & war, Canadians will welcome you, regardless of your faith. Diversity is our strength #WelcomeToCanada
— Justin Trudeau (@JustinTrudeau) 2017年1月28日
私は大学時代に約1年間、モントリオールで暮らし、2010年には「カナダ特集」のため、1カ月ほど取材に行きました。痛感したのは、国が主導した壮大な「社会的実験」が、国民の意識に根付き、アイデンティティーの一部になっていることです。
トロントのような大都市では、出身ごとに人々が集まってエスニック・タウンを作り、少し歩けば全く違う「国」が出現します。
移民支援のサービスも充実しており、電話をするとなんと180カ国語で対応してくれる公的なサービスもあります。NPOが運営する教室では、カナダ社会に溶けこむための様々な訓練を無料で受けることができます。
なぜ、そこまでするのか。カナダでは、移民が社会の大切な人材となり、経済発展にも貢献するという考え方が浸透しているからです。
トロントで出会ったエクアドル出身の女性(43)は、30代後半の時にカナダに移住しました。母国では英語教師でしたが、カナダで働くには語学力が足りないため、移民支援団体が運営する教室で、就職面接に向けた訓練を受けているところ。「いい仕事を見つけたい」と明るい表情で語っていました。
この団体も、移民で支えられていました。責任者の男性は70年代、政情不安定だったチリから移住。「この国から与えてもらったものを恩返ししたい」と語っていたのが印象的でした。移民が希望を持てるのは、努力して言葉を学んだり資格を取ったりすれば仕事が見つかり、ステップアップできるモデルケースが近くにあるからなのです。
取材をしながら、新卒で就職しないと正社員になる道が狭まったり、子育てなどで離職すると再びキャリアを積むことが難しくなったりする日本の状況を思い、複雑な気持ちになりました。
カナダのベストセラー作家、ジョン・ラルストン・ソール氏に取材した際は、こんなことを話していました。
「どこかで危機が起きると、我々は多くのすばらしい人材を得てきた。1950年代にはハンガリーやポーランド、68年の旧チェコスロバキア、その後のウガンダ……。カナダはほかの国の政府の誤りによってできた。異なる価値観が生む前向きの緊張感を楽しむのがカナダ人。カナダは最初のポスト・モダン・ステートなんだ」
ちなみに、彼の妻、エイドリアン・クラークソンは香港生まれ。移民として初めて、カナダの「総督」を務めた人物です。
もちろん、カナダ社会がバラ色というわけではありません。思うような仕事がないことへの不満を抱く移民はいます。中東出身だというタクシー運転手は、母国では医師だったのにいい仕事が見つからないと嘆き、「カナダに残るのは、子どもの教育のためだ」と語っていました。米国や欧州と同様、移民受け入れに批判的な意見もあります。
また、フランス系住民の多いケベックでは、多文化主義で自分たちが埋没してしまっているという声もあります。
ただ、文化の違いを超えて理解し合うことや、人道支援を続けることの大切さを国民の多くが理解し、アイデンティティーとして定着しています。グローバル化への反動から孤立主義や排外主義が台頭するいま、カナダは寛容さが生み出す可能性を体現した貴重な国といえるのかもしれません。
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