お金と仕事
ソウル「自殺の橋」で助け求める若者たち 背景に広まる「ヘル朝鮮」
生きづらさを地獄に例えた言葉がはやる。
グローバル化の波に乗り、また翻弄されてきた韓国。ソウルの発展の象徴だった漢江では近年、自殺をしようとする人が急増しています。背景の一つにあるのが、高い失業率に代表される若者の生きづらさ。その生活を地獄に例えた「ヘル(Hell)朝鮮」という言葉が、20代や30代を中心にはやっています。(神谷毅)
宋勝賛(31)がパトカーで駆けつけると、若い男性が橋の欄干に腰かけ、水面を見ていた。男性は警察官が来たと気づき、身を投げた。
ソウルを流れる漢江の麻浦大橋は自殺しようとする人が多く訪れることで有名だ。救助を求める通報は2012年に72件だったが年々急増。今年は9月末までで480件に上る。
宋は橋を担当する派出所に勤める。「実際に飛び降りるのは通報の2割。あの男性もなんとか助けたかった」
保護した人たちからは派出所内の「希望の森」相談室で話を聞く。窓のブラインドに寄せ書きがあった。
「ありがとう! いつもがんばるように努力します~^^! ○○○(実名)」
「冷たかった手をぎゅっと握ってくれた警察官の方。♡です^^」
字の形をみると若者のようだ。「彼らは本当に死のうと思っていない。話を聞いてもらいたいのです」と宋は話した。
韓国では昨年から20代、30代を中心に「ヘル(Hell)朝鮮」という言葉がはやる。青年(15~29歳)の失業率が9%前後と日本の倍近い生きづらさを地獄に例えたものだ。ヘル「韓国」ではない。生まれながら身分が決まっていた朝鮮時代になぞらえたためだ。
韓国はグローバル化の波に乗り、また翻弄されてきた。1960年代後半から輸出をテコに高度成長が始まる。96年に経済協力開発機構(OECD)に入り、グローバル基準に合わせた経済の開放や規制緩和が進んだ。
だが金融機関の監督や企業経営の透明性を高める政策は後手に回る。これが97年の「IMF(国際通貨基金)危機」につながった。
危機対応にあたった大統領、金大中は市場原理を重んじる改革を行った。経済は立ち直ったものの所得格差は広がり、多くの失業者が出た。
「ヘル朝鮮」を叫ぶ世代は、このころ多感な10代を過ごした。親のようにリストラされない競争力をつけたい。親もそれを望んだ。塾にお金をつぎ込み、国外に留学した。
だが厳しい受験競争を経て入った大学を卒業するころ、08年の世界経済危機に見舞われた。待っていたのは、政府統計で3割余り、労働組合発表で5割前後が非正規職という世界だ。
安定した職を求め、公務員試験に受験者が殺到する。今年のソウル市職員(一般行政職7級)の倍率は288倍だ。ソウルの一角には公務員試験対策を専門にする塾と、安い下宿屋が集まる。
南炳圭(24)は地方の大学を休学し、ここで部屋を借りる。「専攻は機械だけど働き口がなさそうで警察官に切り替えた。お金は長く続かない。短期の勝負だ」
20代、30代より上の世代は、そこまで悲観的でない。違いはグローバル化と経済成長の記憶にあるようだ。「ヘル朝鮮」から逃れようと移住する若者を描いてベストセラーとなった『韓国が嫌いだから』の著者、張康明(40)はこう話す。「欧米や日本と比べて韓国の高度成長は『ついこの前』。40代以上は、その記憶に基づいて今もものを考えている」
「ヘル朝鮮」世代への前向きな見方もある。LG経済研究院の研究委員、金炯柱(46)は「彼らは国境を越えることに怖さをほとんど感じていない」と語る。
金の息子も日本の大学を選んだ。「留学先で就職する人は増えている。国外での経験を求める韓国企業も多い。若者の中では本当のグローバル化が始まったのかもしれません」
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