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5歳の娘の臓器提供、発信する父「伝えるのはつらくない?」への答え

5歳のくーちゃんを亡くし、臓器提供を決断した経験を発信している父の三浦拓さん(左)。「前を向けた家族がいることを知ってほしい」と活動を続けています
5歳のくーちゃんを亡くし、臓器提供を決断した経験を発信している父の三浦拓さん(左)。「前を向けた家族がいることを知ってほしい」と活動を続けています 出典: いずれも三浦さん提供

目次

当時5歳だった一人娘をインフルエンザ脳症で亡くし、臓器提供を決断した家族がいます。提供された臓器は、5人を救いました。日本の臓器移植の件数は、海外に比べるとまだまだ少ないのが現状です。自身の経験を発信している父親は、「臓器移植についてまだまだ知られていないことが多いと思います。多くの人に関心を持ってもらいたい」と呼びかけています。

臓器移植「命のリレー」が、家族の「光」に

5歳の娘がインフルエンザ脳症となり、臓器提供を決めた岡山県津山市の三浦拓(ひらく)さん(47)。

市議会議員を務め、臓器移植について考えてほしいと議会でも発言しています。

「移植の待機者は1万6千人を超えています。これって人口で換算すると、市内にも10数人が待っている計算になるんです。他人事じゃないですよって伝えたかったんです」

脳死下の臓器提供で5人を救ったのは娘の愛來(あいく)ちゃん(愛称「くーちゃん」)。

三浦さんは「親バカと言われるかも知れませんが、世界一優しい子でした」といいます。

臓器提供を「くーちゃんのやりとげたすごいこと」だと考え、自身の体験をブログや全国各地の講演などでも発信しています。

「臓器移植についてはまだまだ知られていないことが多いと思います。ドナーや、移植を受けて元気になった人が社会で透明化されていて……もっと多くの人に関心を持ってもらいたいんです」と語ります。

「臓器移植は『命のリレー』ときれいに言いますが、お医者さんやコーディネーター、誰がいなくてもできませんでした。5人のからだの中で、くーちゃんがどこかで頑張っているということが、私たち家族にとっては『光』になっているということを知ってほしいです」

【もっと読む】インフルエンザ脳症になった5歳の娘 臓器提供を決断した理由は

同じ状況の家族からの相談も…

発信を続けてきたことで、子どもが脳死状態となった家族がブログにたどり着き、連絡がきたこともあるそうです。

「くーちゃんと同様のケースで、『私はどうしたらいいんでしょうか』と電話がありました。『どうしたらいいか』には答えられませんが、『自分の経験ならお話しできます』と伝えて、自分が臓器提供を決断してよかったと思っていること、どんな経験をしたかということ……何度も何度もお話ししました」

臓器移植については、日本臓器移植ネットワーク(JOT)からスタッフが病院に派遣され、家族たちに説明が行われます。

しかし三浦さんは、「提供を決断した経験者にしか分からないこともありますよね。今回のように、経験した人に相談できる制度をつくってもらえたらいいのになぁと思います」と語ります。

移植を待つ1万7千人 しかし多くない臓器提供

現在はおよそ1万7000人がJOTに登録し、移植を待っています。しかし、人口100万人あたりの臓器提供者数(2023年)は、日本は1.2で、アメリカの40分の1、韓国の8分の1にとどまっています。

なぜ日本では臓器移植が増えないのでしょうか。三浦さんは「日本の『死について話すなんて縁起でもない』という考え方の影響は大きいと思います」と指摘します。

臓器提供について尋ねた2025年の内閣府の世論調査(速報)では、42.4%が「提供したい」と回答しています。「提供したくない」は23.6%でした。

一方で、免許証やマイナンバーカードの裏などの「意思表示欄」や臓器提供意思表示カードなどで、「提供する・しない」という〝意思表示〟をしていて、「家族や親しい方と話をしたことがある」のは9.7%にとどまります。

〝意思表示〟はしているものの、「家族や親しい方と話したことはない」は10.2%でした。

もちろん臓器移植は善意で成り立っていて、臓器を「提供したい」「したくない」、移植を「受けたい」「受けたくない」というそれぞれの考え方は、どれも等しく尊重されるものです。

三浦さんは「意思表示欄っていつ書き直してもいいんですよね。まず『自分だったら』と考えることが最初の1歩で、丸つけたら2歩も進んでいます。ぜひ考えてみてほしい」と話します。

くーちゃんのやりとげた「すごいこと」

三浦さんは「お医者さんたちが全力で助けようとしても助からなかったくーちゃんの命。それが『臓器移植』という選択肢があったことで、僕たち家族は前を向けました。もともと僕はポジティブな性格だけど、くーちゃんが臓器提供していなかったら、今こうしていたかは分からないです」と語ります。

くーちゃんが亡くなった後に生まれた弟は4歳になりました。

三浦さんは「もちろん息子はくーちゃんの代わりではありませんが、本当に似ているなって思うんですよ。息子の存在にも、僕も妻も本当に助けられています」と語ります。

毎朝、グラスにジュースを入れてくーちゃんの遺影の前に供えますが、「息子は『くーねーちゃん、いただきます』ってジュースを飲んだりしています。『おかわりあげたらいいじゃん』って言って」と笑います。

「どういう理由かは分かっていないけれど、『くーねーちゃんはお空にいっちゃった』『写真になっちゃったな~』って言うんですよ」

周囲からは、「くーちゃんのことや自身の経験を発信するのはつらくないですか」と尋ねられることもあるそうです。

三浦さんは「つらさはゼロではありませんが、くーちゃんの話を聞いていただくことが僕自身の助けにもなっているんです。これからも、くーちゃんのやりとげたすごいことを、多くの人に知ってもらいたいです」と話しています。

【もっと読む】インフルエンザ脳症になった5歳の娘 臓器提供を決断した理由は
https://withnews.jp/article/f0260114001qq000000000000000W02c10101qq000028494A

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