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“一発屋”芸人、手帳に溢れる(仮)予定 (決)に備える髭男爵の日々
“一発屋”芸人、髭男爵の山田ルイ53世さんを悩ますのが手帳にあふれかえる、仮押さえ「(仮)」という文字です。「・・・その日、“一応”空けといて?」という曖昧な口約束。しかも「(仮)」が取れるのはいつも突然です。「背に腹は代えられぬ!」「しょうがない!」。スタッフの叫びを背中に受けて、今日も仕事へ向かいます。
羽を休める、“かり”の群れ。
彼らは渡り鳥。
一ヶ所に留まることはない。
次なる地へと飛び立つ、その時まで、束の間の休息。
といっても、舞台は、風光明媚な湖の畔ではない。
“一発屋”・・・僕の手帳、その上である。
そう・・・“かり”は、雁ではない。
(仮)である。
文字通り、仮押さえ。
未だ、決定にはいたらぬ仕事。
特に、“一発屋”に対するそれは、
「・・・その日、“一応”空けといて?」
いつでも反故に出来る、曖昧な口約束・・・その域を出ないものも少なくない。
結果、僕の手帳は(仮)で溢れ返る。
(仮)が取れ(決)、つまり決定とならねば、商売あがったり。
しかし、“一発屋”の場合、この(仮)・・・なかなか取れない。
“来月”のスケジュールですら(仮)だらけ。
(仮)○○営業
(仮)○○イベント出演
(仮)○○番組収録
ふてぶてしく、居座り続ける(仮)達。
某都知事などより、よほど厚かましい。
そのくせ、“来月”が、いざ“今月”になった途端、
・・・何なのだ。
雁、もとい(仮)は臆病。
手帳のページを捲る、その微かな音も、彼らにとっては“銃声”の如し。
驚き、一斉に飛び立ってしまう。
後には、白い大地と化した僕の手帳。
立つ鳥、跡を濁さず。
しかし、手帳は、濁され、汚されてなんぼ。
“黒革の手帳”も、中が白ければ何の役にも立たぬ。
対して、“売れっ子”には、(仮)など無縁。
多少の、“違和感”、“不都合”もなんのその。
問題なく仕事が決まる。
もはや、無敵。
僕にも、そんな時期があった。
一時ではあるが。
市役所主催のイベント。
お笑いステージを終えた後、もう一仕事。
小中学生の子供達を引き連れ、その町の、目抜き通りを練り歩く。
ハーメルンの笛吹き。
行進の先頭で我々が叫び、子供達が復唱するのは、イベントの趣旨、そのお題目。
「人権を守ろう!」
「差別をなくそう!」
・・・“貴族”がである。
趣味の悪い、風刺画。
都内の物流拠点、荷物の集積所。
会場には、警察関係者、取材陣、そして、トラックドライバーの方々。
彼らをお見送りするのが、我々の役回り。
夕方のニュース番組でも放送された、そのイベントの一幕は、
① 次々と出発して行くトラック。
② 「飲酒運転撲滅キャンペーン」のテロップ。
③ ワイングラスを手に、執拗に乾杯を繰り返す、二人組の男。
何番が場違いかは、一目瞭然である。
下手をすれば、
「不謹慎だ!」
「悪ふざけか!」
そう叩かれても、言い訳できぬ案件。
むしろ、我々など、最も相応しくない芸人に思える。
しかし、当時は、“売れっ子”。
キャスティングの障害にはなり得ない。
一応、断っておくが、僕の手帳の(仮)、その全てが無くなるわけではない。
ほんの幾つかだが、(決)に“孵化”し、仕事となる。
問題は、そのタイミング。
何かと“直前”になりがち。
事態が差し迫って、ようやく決断されるオファー。
「背に腹は代えられぬ!」
「しょうがない!」
聞こえてくるのは、制作スタッフの呻き声、苦渋の選択。
ぞの動機が何であれ、仕事は仕事。
勿論、ありがたい。
ただ一つ・・・“バタバタ”する。
僕は勿論、何より、スタッフ側が。
“直前”なのは、何も僕にとってだけではない。
数年前。
とある特番の海外ロケ。
例によって、決まったのは“直前”である。
出発の日。
少し早目に、成田空港に着く。
僕は、緊張していた。
原因は、そのロケの行程である。
「パリ集合、パリ解散」
海外ロケで、まさかの現地集合・・・さすがに、初めての経験。
おまけに、一人旅だという。
“僕程度”のタレントの海外ロケでは、通常、マネージャーなど付いてこない。
そもそも、スタッフが同行するため、別段、差し障りなどない。
しかし、今回はそれもなし。
直前の(決)、その弊害か。
諸事情により、彼らは、先行して既にパリ。
加えて“ピン仕事”。
つまり、完全なる一人。
多少の憤りと、不安と、心細さと・・・泣きそうである。
何より怖いのが、万が一のトラブル。
僕が、現場に辿り着けなければ、ロケ自体が“おじゃん”。
迷惑をかける人の数を想像すれば・・・背筋が凍る。
そんな僕の前に、
「男爵さん!お疲れ様です!」
先日の打合せの席で、見かけた顔。
ADの女性である。
よほど急いで駆け付けたのか。
乱れた呼吸を整えつつ、
「あの・・・これ!」
手にした大きな紙袋、そこから取り出したのは・・・ベンチコート。
寒いパリでのロケを案じて、わざわざ空港まで。
ありがたい。
先程までの、憤慨も何処へやら。
自然、笑顔に。
礼を述べ、コートが入った紙袋を受け取った。
・・・重い。
コートに見えたのだが、鎖帷子(くさりかたびら)だったのか。
不審に思い、紙袋を覗き込む。
袋の中身は、ロケで使う小道具に、カメラの充電池が少々。
先発した、スタッフの忘れ物。
何の事はない・・・トロイの木馬である。
古代、ギリシャ軍を勝利に導いた奇策。
コートが包むのは、僕ではなく、忘れ物。
“パシリ”を頼むための“オブラート”に過ぎぬ。
「あの・・・すいません・・・それ、パリに持って行ってくれませんか・・・」
終始、申し訳なさそうな彼女に、
「大丈夫ですよ!コート助かります!」
笑顔は一切崩さず。
まんまと抱いてしまった、感謝の念、それ“一枚”だけを、顔から引き抜く。
眉毛、目、鼻、口・・・その配置は、一ミリも変わらない。
“テーブルクロス引き”、その名人さながら。
とにかく。
一人でパリに出発。
無事、スタッフと合流し、ロケを終える。
帰りは、パリの街角でタクシーを拾い、一人、空港へ。
帰路につく。
(仮)だらけの僕の手帳。
未来は、まだ何も決まっていない。
モラトリアムの若者であれば、それは可能性かも知れない。
しかし、僕は、妻子を養う中年男。
(仮)では、家族の腹は膨れぬ。
再び“売れっ子”となれば、(仮)からも解放される。
しかし、当分の間は“一発屋”・・・それだけは(決)のようなのだ。
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