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“一発屋”芸人、手帳に溢れる(仮)予定 (決)に備える髭男爵の日々

髭男爵の山田ルイ53世さん。相方と笑顔でポーズ。手帳を埋める「(仮)」が「(決)」になる日は…
髭男爵の山田ルイ53世さん。相方と笑顔でポーズ。手帳を埋める「(仮)」が「(決)」になる日は… 出典: サンミュージック提供

目次

 “一発屋”芸人、髭男爵の山田ルイ53世さんを悩ますのが手帳にあふれかえる、仮押さえ「(仮)」という文字です。「・・・その日、“一応”空けといて?」という曖昧な口約束。しかも「(仮)」が取れるのはいつも突然です。「背に腹は代えられぬ!」「しょうがない!」。スタッフの叫びを背中に受けて、今日も仕事へ向かいます。

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「曖昧な口約束・・・その域を出ないものも少なくない」

羽を休める、“かり”の群れ。
彼らは渡り鳥。
一ヶ所に留まることはない。
次なる地へと飛び立つ、その時まで、束の間の休息。
といっても、舞台は、風光明媚な湖の畔ではない。
“一発屋”・・・僕の手帳、その上である。

そう・・・“かり”は、雁ではない。
(仮)である。
文字通り、仮押さえ。
未だ、決定にはいたらぬ仕事。
特に、“一発屋”に対するそれは、
「・・・その日、“一応”空けといて?」
いつでも反故に出来る、曖昧な口約束・・・その域を出ないものも少なくない。
結果、僕の手帳は(仮)で溢れ返る。

手帳の「雁」ではなく(仮)がなくなるのはいつか…
手帳の「雁」ではなく(仮)がなくなるのはいつか… 出典:https://pixta.jp/

「この(仮)・・・なかなか取れない」

(仮)が取れ(決)、つまり決定とならねば、商売あがったり。
しかし、“一発屋”の場合、この(仮)・・・なかなか取れない。
“来月”のスケジュールですら(仮)だらけ。

(仮)○○営業
(仮)○○イベント出演
(仮)○○番組収録

ふてぶてしく、居座り続ける(仮)達。
某都知事などより、よほど厚かましい。
そのくせ、“来月”が、いざ“今月”になった途端、

(仮)○○営業
(仮)○○イベント出演
(仮)○○番組収録

・・・何なのだ。

雁、もとい(仮)は臆病。
手帳のページを捲る、その微かな音も、彼らにとっては“銃声”の如し。
驚き、一斉に飛び立ってしまう。
後には、白い大地と化した僕の手帳。
立つ鳥、跡を濁さず。
しかし、手帳は、濁され、汚されてなんぼ。
“黒革の手帳”も、中が白ければ何の役にも立たぬ。

なかなか取れない(仮)スケジュール
なかなか取れない(仮)スケジュール 出典:https://pixta.jp/

(仮)も“違和感”も無縁の「売れっ子」

対して、“売れっ子”には、(仮)など無縁。
多少の、“違和感”、“不都合”もなんのその。
問題なく仕事が決まる。
もはや、無敵。
僕にも、そんな時期があった。
一時ではあるが。

市役所主催のイベント。
お笑いステージを終えた後、もう一仕事。
小中学生の子供達を引き連れ、その町の、目抜き通りを練り歩く。
ハーメルンの笛吹き。
行進の先頭で我々が叫び、子供達が復唱するのは、イベントの趣旨、そのお題目。
「人権を守ろう!」
「差別をなくそう!」
・・・“貴族”がである。
趣味の悪い、風刺画。

ドイツのハーメルンで人気の笛吹き男のガイド=2014年6月26日、玉川透撮影
ドイツのハーメルンで人気の笛吹き男のガイド=2014年6月26日、玉川透撮影 出典: 朝日新聞

都内の物流拠点、荷物の集積所。
会場には、警察関係者、取材陣、そして、トラックドライバーの方々。
彼らをお見送りするのが、我々の役回り。
夕方のニュース番組でも放送された、そのイベントの一幕は、
① 次々と出発して行くトラック。
② 「飲酒運転撲滅キャンペーン」のテロップ。
③ ワイングラスを手に、執拗に乾杯を繰り返す、二人組の男。
何番が場違いかは、一目瞭然である。

下手をすれば、
「不謹慎だ!」
「悪ふざけか!」
そう叩かれても、言い訳できぬ案件。
むしろ、我々など、最も相応しくない芸人に思える。
しかし、当時は、“売れっ子”。
キャスティングの障害にはなり得ない。

道路沿いに立ち、飲酒運転の防止を訴える人たち=2015年7月13日、札幌市中央区
道路沿いに立ち、飲酒運転の防止を訴える人たち=2015年7月13日、札幌市中央区 出典: 朝日新聞

突然やってくる(決)への“孵化”

一応、断っておくが、僕の手帳の(仮)、その全てが無くなるわけではない。
ほんの幾つかだが、(決)に“孵化”し、仕事となる。
問題は、そのタイミング。
何かと“直前”になりがち。
事態が差し迫って、ようやく決断されるオファー。
「背に腹は代えられぬ!」
「しょうがない!」
聞こえてくるのは、制作スタッフの呻き声、苦渋の選択。
ぞの動機が何であれ、仕事は仕事。
勿論、ありがたい。
ただ一つ・・・“バタバタ”する。
僕は勿論、何より、スタッフ側が。
“直前”なのは、何も僕にとってだけではない。

(仮)が(決)に「孵化」するのはいつも突然
(仮)が(決)に「孵化」するのはいつも突然 出典:https://pixta.jp/

「パリ集合、パリ解散」完全なる一人

数年前。
とある特番の海外ロケ。
例によって、決まったのは“直前”である。

出発の日。
少し早目に、成田空港に着く。
僕は、緊張していた。
原因は、そのロケの行程である。

「パリ集合、パリ解散」
海外ロケで、まさかの現地集合・・・さすがに、初めての経験。
おまけに、一人旅だという。
“僕程度”のタレントの海外ロケでは、通常、マネージャーなど付いてこない。
そもそも、スタッフが同行するため、別段、差し障りなどない。
しかし、今回はそれもなし。
直前の(決)、その弊害か。
諸事情により、彼らは、先行して既にパリ。
加えて“ピン仕事”。
つまり、完全なる一人。
多少の憤りと、不安と、心細さと・・・泣きそうである。
何より怖いのが、万が一のトラブル。
僕が、現場に辿り着けなければ、ロケ自体が“おじゃん”。
迷惑をかける人の数を想像すれば・・・背筋が凍る。

1人海外ロケもこなしてしまう、髭男爵の山田ルイ53世さん
1人海外ロケもこなしてしまう、髭男爵の山田ルイ53世さん 出典: サンミュージック提供

「すいません・・・」まさかの“パシリ”

そんな僕の前に、
「男爵さん!お疲れ様です!」
先日の打合せの席で、見かけた顔。
ADの女性である。
よほど急いで駆け付けたのか。
乱れた呼吸を整えつつ、
「あの・・・これ!」
手にした大きな紙袋、そこから取り出したのは・・・ベンチコート。

寒いパリでのロケを案じて、わざわざ空港まで。
ありがたい。
先程までの、憤慨も何処へやら。
自然、笑顔に。
礼を述べ、コートが入った紙袋を受け取った。
・・・重い。
コートに見えたのだが、鎖帷子(くさりかたびら)だったのか。
不審に思い、紙袋を覗き込む。

旧柏崎トルコ文化村に残るトロイの木馬=2006年4月25日、新潟県柏崎市鯨波
旧柏崎トルコ文化村に残るトロイの木馬=2006年4月25日、新潟県柏崎市鯨波 出典: 朝日新聞

袋の中身は、ロケで使う小道具に、カメラの充電池が少々。
先発した、スタッフの忘れ物。
何の事はない・・・トロイの木馬である。
古代、ギリシャ軍を勝利に導いた奇策。
コートが包むのは、僕ではなく、忘れ物。
“パシリ”を頼むための“オブラート”に過ぎぬ。

「あの・・・すいません・・・それ、パリに持って行ってくれませんか・・・」
終始、申し訳なさそうな彼女に、
「大丈夫ですよ!コート助かります!」
笑顔は一切崩さず。
まんまと抱いてしまった、感謝の念、それ“一枚”だけを、顔から引き抜く。
眉毛、目、鼻、口・・・その配置は、一ミリも変わらない。
“テーブルクロス引き”、その名人さながら。

笑顔でサインに応じる髭男爵の山田ルイ53世さん
笑顔でサインに応じる髭男爵の山田ルイ53世さん 出典: サンミュージック提供

なんとかしなければ・・・それだけは(決)

とにかく。
一人でパリに出発。
無事、スタッフと合流し、ロケを終える。
帰りは、パリの街角でタクシーを拾い、一人、空港へ。
帰路につく。

(仮)だらけの僕の手帳。
未来は、まだ何も決まっていない。
モラトリアムの若者であれば、それは可能性かも知れない。
しかし、僕は、妻子を養う中年男。
(仮)では、家族の腹は膨れぬ。
再び“売れっ子”となれば、(仮)からも解放される。
しかし、当分の間は“一発屋”・・・それだけは(決)のようなのだ。

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