不朽の名作ゲーム『桃太郎電鉄(通称:桃鉄)』。
2020年には最新作「桃太郎電鉄 〜昭和 平成 令和も定番!〜」が発売されたことでも話題になりました。
『桃鉄』は、参加プレイヤーが電鉄会社の社長となり、すごろくで日本各地を回りながら、道中立ち寄った駅で物件や農林資源などを購入し、利益を上げて日本一の電鉄会社を目指すゲームです。各地で買える特産品や商業施設、観光施設などは、その土地の特徴を細かく反映していることでも有名で、日本の地理や歴史、物産、観光などを自然に学べるゲームとしても知られています。
では、その『桃鉄』を、各分野の専門家である“大学教授”がプレイすると、どんな気づきや学びが生まれるのでしょうか? そんな“むちゃぶり”に、勇気ある明治大学の3人の先生が応えてくれました。ゲームを楽しみながら、登場する地域の物産や観光をめぐる驚きの情報から、企業の経営理論までたっぷり解説してもらいました。(取材・文:井口エリ 撮影:飯本貴子)
明治大学教授陣による前代未聞の「桃鉄バトル」スタート!
今回、桃鉄バトルに参加する教員のみなさんはこちら!

誰もが貧乏神に取りつかれる可能性があるので、ゲーム中にこいつをどうかわすか、人に押し付けるかが勝利のキモになってきます。
それでは、レッツ桃鉄!!
佐藤 あ、スリの銀次……!

プレイ早々、「スリの銀次」に全財産を持っていかれてしまった佐藤先生。

まだ序盤ということもあり、もともとの所持金が多くなかったため、そこまで大きなダメージにはならず。ただ、いきなり「全財産没収」というアクションが発生したことにより、先生たちは終始スリの銀次の影に怯(おび)え続けながらのプレイとなりました。

最初のターンは、宮田先生が目的地の淡路島に難なくゴール。ということは……。

桃鉄をプレイしたことがある人にはおなじみの貧乏神。こいつが本当に恐ろしいキャラなのです……。プレイが白熱するあまり貧乏神のなすりつけあいに必死になり、友情や家族仲にヒビが入りそうになった……という経験談をさまざまな場所で聞いたことがあります。
「ボンビー」が“ひっくり返しの隠語”なら、「なのねん」は?

小野 「野(ノ)」と、「上(ガミ)」。スリの銀次みたいな人たちが「今度、ノガミで仕事だ」とかいうと、一般の人には伝わらないですよね。実は警察官のことを「デカ」と呼ぶのも、同じく言葉をひっくり返した隠語なんです。明治時代には制服警官と私服警官がいて、私服警官は「角袖(かくそで)」と呼ばれる羽織を着ていました。それをひっくり返して、「デカ」。
全員 ああーーーーッ!?(拍手)
佐藤 「警察官をどうしてデカって呼ぶんだろう」なんて、考えたこともなかった……!
小野 あと、この貧乏神の「〜なのねん」という口調も、“キャラクターを作る”という役割を持った役割語です。

小野 ありますよ。仙人や博士キャラがよく使う「〜なのじゃ」とか。
佐藤 ああーありますね!!
小野 「〜なのじゃ」というと、なんとなく博士とか博識な人っぽいですよね。だけど、実際にそういう口調の人はいないんですよ。なのに、みんなに共通のイメージで伝わるのがおもしろいんですよね。
宮田 たしかに、実際に会ったことはないですね。
小野 貧乏神みたいに「〜なのねん」と言う人も見たことないですよね。そういう口調は軽そうだけど、腹に一物ありそうな感じがしませんか? そういうキャラクターを作るために、使われる言葉を「役割語」と言います。
宮田 「役割語」、はじめて知りました。
小野 そうなのねん。
全員 (笑)

小野 仙台に行かなきゃいけないのか。空路を使うと佐藤先生の貧乏神がいるしなあ……。
佐藤 どうぞいらしてください(笑)。
小野 そしたらまぁ、貧乏神ついちゃうけどいいや。行くよ。
宮田 小野先生の行動は経営学的には「リスクテイク(危険性があることを理解したうえでのあえての行動)」ですよね。
小野 名古屋で物件を買っておけば、もし銀次にスられてもダメージが少ないはず……(銀次の影に怯える小野先生)。
この後、「ぶっ飛びカード」を使うも目的地と反対方向の屋久島に送られる宮田先生と「ぶっ飛びカード」でうまく目的地に近づく佐藤先生とで、明暗が分かれました。
そして見事、仙台には佐藤先生がゴール! こうして1年目が終了しました。

(©さくまあきら ©Konami Digital Entertainment)
波瀾万丈の2年目がスタート
佐藤 ☆飛びカードを使うと、目的地まで18マスと近くなるんですね……。高千穂に行ってきます。

「レッドクイーン効果」がはたらく長崎のカステラ製造

宮田 長崎って、カステラ屋さんはどれくらいあるんでしょうね。
経営学的な話をすると、「レッドクイーン効果」という理論があります。同じものを扱う企業が切磋琢磨(せっさたくま)しながら学び合い、それぞれが進化して成長すると、より多くの企業が生き残りやすいという最近の理論です。
同じ地域でカステラ屋さんの競合がひしめき合うと、一つの企業だけが強くなって生き残りそうですけど、実はそうじゃない。他の地域よりもその対象に対してだけ強くなっていきます。ただ、これは長崎だと「カステラ」だけで鍛え抜かれた競争力なので、カステラ以外を売りにしているお菓子屋さんと競争したときに全然ダメ、ということもありえます。

いったん戦況を見てみましょう。
現在、目的地から一番遠く、貧乏神がついてるのは小野先生。富山ブラックラーメンの物件を買っていた小野先生に臨時収入が入るも、貧乏神の省エネサイコロの影響でマイナスマスへ。所持金が足りなくなり、物件を売られてしまいます。
と、ここで貧乏神に恐れていた変化が。

一方、佐藤先生は「温泉につかりたい」という理由で、停車先を別府に決めていたところでした。
日本の「RYOKAN」はユニークな観光資源!?

宮田 旅館も国際経営を迫られているんですね。
佐藤 今、世界に向けて旅館を「ジャパニーズ・トラディショナル・イン」などとは訳さずに、「RYOKAN」のままでプロモーションしようとしているんです。「SUSHI」や「MANGA」のように、日本のユニークな文化として「RYOKAN」という言葉が世界に広がることを期待したいですね。
日本の旅館は独特な文化なので、外国人の目線だと、温泉の入り方や旅館での過ごし方がわからなかったり、言葉が通じなかったりといったハードルがある。そこをどんな風に魅力的な資源として磨いて、海外に伝えていくかということを考えています。
小野 旅館の原点になった施設で「旅籠(はたご)」という言葉がありますけど、旅籠・旅館・ホテルでは随分イメージが変わりますよね。逆にいま、「旅籠」って名乗ったらちょっとかっこいいですよね。
宮田 ホテルチェーンで旅籠の名前を冠したところがありますよね。あえて使われなくなった言葉を使うという構図は、マーケティング的には気になります。
そうこうするうちに、各先生たちは2年目の決算を迎えました。ちなみに、小野先生はまだボンビラス星に送られたまま……。波乱のまま、2年目を終えました。
最後までドタバタの3年目がスタート

しかし、本戦に復帰しても貧乏神の影響でサイコロが1か2の目しか出ない省エネ運転に苦しめられる小野先生……。
最初は恐る恐るプレイしていた先生たちも3年目になると、赤いマイナスのマスや、貧乏神がいるリスクを取っても前に進む小野先生、現金を残しつつ堅実に物件を買い集める佐藤先生、止まったマスで豪快に物件を買う宮田先生と、それぞれのプレイスタイルが顕著に表れるようになりました。
江戸時代に起きた「観光の大衆化」
宮田 あれ、それってまさに『桃鉄』じゃないですか!? 道中双六の令和版がこれ。江戸時代の人たちもやってることは同じなんですね(笑)。
佐藤 江戸時代の人も、現代の私たちも空想の中で旅をしている。『桃鉄』のように投資という概念はないと思いますけど、ゴールを目指すのは一緒です。
宮田 ご当地ものが増えたのも江戸時代からなんですかね?
佐藤 道中の名物は江戸時代にもたくさん生まれました。宿場町には「ここ行ったら必ずこのグルメ!」というものがたくさんあり、庶民の旅の楽しみとなっていました。日本はご当地ものがバラエティーに富んでいて、「地域ごとに少しずつ違うものがたくさんある」というのは海外から見ても魅力的なんだそうです。そういう土地土地のお土産や名物を買いながら楽しんでいくっていうのは、いまでもやりますよね。
小野 道中膝栗毛って、続膝栗毛として『宮島参詣膝栗毛』で広島まで足を伸ばしているんですよね。広島が終わると『木曽街道中膝栗毛』。あとは『西洋道中膝栗毛』まで出てる。

宮田 膝栗毛もメディアが違うだけで、メディアミックス。まさに日本のコンテンツ産業ですよね。
さて、明大教授陣とともに日本全国を旅してまいりましたが、そろそろ旅の終わり・3年目の決算が近づいてきました。
佐藤先生はマイナスマスに止まるも、現金を手元に多めに残すという堅実な経営戦略のおかげでダメージは最小限に。さらに所有しているトルコライス屋の人気で、臨時ボーナスが入ります。

次の目的地は青森。現在、全員がいる松江周辺からはだいぶ北上しないといけません。
佐藤 そろそろ終わりも近いですし……、ぶっ飛びカードを使ってぶっ飛んでみましょう。
無事に松江から、北海道の和寒(わっさむ)へぶっ飛び、順調に目的地に近づく佐藤先生。佐藤先生、「ぶっとび運」を持っています……! そしてサイコロを振って旭川へ。

「スノーモンキー」という言葉を与えられ、生まれ変わる「野猿(やえん)」
もともと「観光者のまなざし」という概念があって、それは「観光者は物(対象)をそのまま見ているわけではなく、さまざまな文化的メガネをかけた上で見ている」というものです。
具体的な例でいうと、長野県を代表する「スノーモンキー」という存在。これは「温泉につかる猿」のことで、訪日旅行客に大ブームとなりました。長野電鉄には「特急スノーモンキー号」がありますよね。
宮田 そんなものまで!?

宮田 あーーー! たしかに……!
佐藤 スノーモンキーはもともとは寒冷地に生息するサル、という意味ですが、海外からの「動物へのまなざし」によって、スノーモンキー=日本の温泉につかる猿というイメージとして定着した。日本の猿が温泉につかって寒さを耐え忍ぶ様子に、日本の温泉につかる文化が投影され、海外特有のまなざしで見られているのが、おもしろいんです。
これに限らず、海外の人から言われてはじめて「これって魅力的なのか」と気づく構図は興味深いですよね。
宮田 「ストーリーテリング」とか「ナラティブ」と呼ばれるものですよね。最近だと「ナラティブ経済学」といって、対象の持つ物語や評判、レビューを含めての言語的な部分が、経済に大きな影響を与えて動かしているということがわかってきました。

宮田 ビジネス的には「ただの野猿」だったものが、「スノーモンキー」という新しい言葉でラベリングされたことで観光資源として商品化されたと、見ることができます。
小野 「やえん」の前は「のざる」だったと思うんですよね。「のざる」というと情けない印象だけど「やえん」というとちょっと賢そうになる。さらに「スノーモンキー」なんて、それこそグローバルな印象になる。
佐藤 学生は「スノーモンキー」と「野猿」は別物だと思っていたりします。カタカナで「スノーモンキー」と新しい意味づけがされた結果、白い猿のイメージを持ったみたいで。実際、全然白くないんですけど(笑)。
小野 ……ちょっと、新しい授業のネタとしていただきますね。
宮田 この会、みんなで授業のネタ交換をしている(笑)。
いよいよ終盤。貧乏神からは抜けられたものの、マイナスマスに止まり、借金を重ねる小野先生。「どうせならマイナス50億目指してみようかな!」と、臆せずマイナスマスに止まるように。
宮田先生は貧乏神につかれるも、サイコロで出た目の数字まで目的地に近づける、「千載一遇カード」をゲット。これは大きなチャンス! 堅実な経営を貫いた佐藤先生は最後、話題にもなった「日本旅館」を一軒購入。
紆余(うよ)曲折あった3年間が終了。最終結果、優勝したのは……佐藤先生でした。


佐藤 でも収益1位は宮田先生でしたね。さすがです。

小野 結果は3位だけど、負債を50億まで増やして、キングボンビーと異界にまで行ったと学生に話したら、ウケるかな……? いやあ、キングボンビーの存在が大きすぎましたね。
それぞれの先生たちのプレイスタイルの違い、専門分野の知識などが存分に披露され、観戦しているのが楽しい試合でした。お疲れさまでした…!
3時間に及ぶ激闘を終えて……

佐藤 3時間に及ぶ戦いでしたが、あっという間でした。『桃鉄』は30年以上続いているシリーズなんですね。観光資源や取り上げられる観光地の違いを、シリーズごとに見ていくのも、おもしろそうですね。
小野 ストーリー性があって楽しめましたね。またこれまで機会がなかった、他の分野の先生たちの話を聞けたのが大きな収穫でした。
宮田 貧乏神に振り回されて異界に送られてもめげない小野先生に、企業家精神を感じました。
小野 どんなトラブルが起こっても、おもしろいとしか思わなかったなあ。
宮田 課題や問題に直面した時、できない理由を考えるのが、官僚的な管理者やマネージャーですが、そういう時に「どうしたらできるか」と発想するのが企業家です。
小野先生は、トラブルに見舞われてもポジティブに悲観せず、なんとか一発逆転を狙っていた。今回は3年でしたけど、これが10年、20年のプレイモードだったら、結果は大逆転していたんじゃないですか、おそらく(笑)。

また、自分の持っていなかった視点で物事を知る、見ることができるのはとても豊かなことだとも思います。勉強した知識や情報はゲームをする上でも人生においても、活かされる場面がたくさんあることを改めて感じました。「これはいつ、どこで役に立つんだろう」という経験や知識も、いつかどこかで必ず役に立つ。人生に無駄なことなんてひとつもない、そんなことを教えてくれるゲーム体験でした。