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連載

#3 #受験生のモヤモヤ 学ぶ楽しさの見つけ方

誰でもぬいぐるみが作れる時代!? 手芸×CGでモノづくりが身近に

PR by 明治大学

目次

ここ数年、盛り上がりを見せているハンドメイドマーケット。minne(ミンネ)やcreema(クリーマ)などのハンドメイドマーケットプレイスを中心に、さまざまな作品の出品・売買が盛んに行われています。コロナ禍におけるおうち時間の増加に伴って、新たに始める人や、経験者が再び始めるケースも増えているようです。
 
一方で、私のような不器用さんにとってはそもそもハードルが高い手芸の世界。まともにミシンを触った記憶は家庭科の授業くらいなもので、大人になってからは取れたボタンを縫い付ける用の最低限の裁縫道具しか持ち合わせていません。
 
今回会いに行ったのは、「高い技術がなければ手を出すのが難しい」と思われがちな手芸の世界を、数学の力でぐっと身近なものにする研究者、明治大学総合数理学部の五十嵐悠紀先生です。
 
五十嵐悠紀(いがらし ゆき)
 
明治大学 総合数理学部 先端メディアサイエンス学科准教授。
専門はインタラクティブコンピュータグラフィックス/ユーザインタフェース。
手芸と数学、一見すると結びつきがないように思われる両者ですが、これらが掛け合わされることで、ちょっとすごいことが起こるんですって。
               (聞き手/執筆:木村衣里、撮影:関口佳代)
 

職人の技術が必要になる立体作品

——「手芸」と「数学」って一見、遠い存在のように思ってしまうのですが、先生は一体どのような研究をされているのでしょう。

手芸や工芸をはじめとするモノづくりにおいて、「自分がデザインをしたものを自分で作る」ときの困りごとを解決する研究をしています。私はもともと、コンピューターグラフィックス(CG)やユーザインターフェイス(UI)と呼ばれる分野の研究者なんですね。UIというと難しく聞こえるかもしれないですが、ユーザとコンピュータの間での情報をやりとりするために、使い勝手をよくしたり、わかりやすい入力方法を考えたりしています。

——先生はそこに手芸を組み合わせている……?

はい。一番わかりやすい研究だと「自分で描いたイラストから、コンピューターが自動でぬいぐるみの型紙を生成してくれる」というものです。
 
たとえば、ぬいぐるみを作ろうと思うと、手芸屋さんに行って製作キットを買ってきたり、手芸本のふろくの型紙を使ったりする必要があります。基本的には、専門家がデザインした型紙にそって作ることが精一杯で、自分でデザインして型紙を書いて作るのは相当ハードルが高い。「思い浮かんだデザインの展開図を書いてみて!」って言われても、書けませんよね?

——無理ですね。

実際、ぬいぐるみの型紙って設計士さんもかなり試行錯誤して作っているんです。
過去にデザインした型紙からデザインの近いものを選んで試し縫いをしてみて、ここをもうすこし膨らませたいから型紙を調整して、また試しに作ってみて……というのを、経験則に基づいて細かく繰り返しながら完成させるんですね。

——とても地道で時間がかかりそうですね。

そうなんです。ですが、そこにCGを組み合わせると、コンピューター上でスケッチしたものを、そのまま3Dモデルと型紙にしてみることもできるようになります。
左のウインドウに線を描くと、自動で右のウインドウにパーツが生成される
左のウインドウに線を描くと、自動で右のウインドウにパーツが生成される
このシステムではユーザが入力したものに応じてコンピューターが型紙を作ってくれて、その型紙と縫い合わせた際のシミュレーションもしてくれるんです。例えばここをカットしたいな、と思って線を入れると、綿を詰めた後のふんわりした形までシミュレーションして、視覚化してくれるんです。
 
さきほどのデザインにカットの線を入れると……
さきほどのデザインにカットの線を入れると……
スパッとした切り口ではなく、綿が詰まった時の「ふんわり感」を再現したイメージが表示される
スパッとした切り口ではなく、綿が詰まった時の「ふんわり感」を再現したイメージが表示される
CGを組み合わせることで、二次元の線をすぐに三次元のモデルにしてくれるので、左側のイメージ図を見て「これがいい!」と思ったら、右側に表示されている型紙を印刷して、縫い合わせたら、ぬいぐるみが完成です。
 
カットが終わると同時に断面が膨らみはじめる
——へえ〜! 実際、線を描いてから3Dになるまでにぷくぷく〜っと膨らんでいく様子が見ていてもたのしいですね。その間に、裏側ではコンピューターが3Dのシミュレーションをしてくれている、ということですよね?

おっしゃる通りです。
突起をつける際には二つのパターンを提示するようになっていて、一つは腕や足などの胴体と繋がっているパターン。もう一つは耳や尻尾など、胴体と繋がっていない付属パーツで作るパターンです。耳なんかは付属パーツにして、あとからキュッってくっつけるほうがかわいらしく見えるんですよね。どちらがいいですか? とシステムがサムネイルを出してくれるので、ユーザは好きなほうを選ぶだけでデザインできます。
突起を追加すると……
突起を追加すると……
一つは本体と繋がっているパターン
一つは本体と繋がっているパターン
もう一つは胴体と付属パーツがキュッとくっついたパターンが提案される。先生はこれを「ぺちゃんこパーツ」と呼んでいた
もう一つは胴体と付属パーツがキュッとくっついたパターンが提案される。先生はこれを「ぺちゃんこパーツ」と呼んでいた
ほかにも3Dデザインをつまんで引っ張ることで、直感的に型紙を変化させることもできますし、縫製に関する知識がある人であれば、型紙のほうを調整することもできます。型紙のデザインを調整しても、すぐに3Dシミュレーションに反映されるので、型紙作りの時間が圧倒的に短縮できるんです。
 
デザインを引っ張るとそれに合わせて型紙も変化していく
制作期間を大幅に短縮できた例は、企業などのゆるキャラを大きなバルーンにしたケース。大抵イラストしかないので、まずはいろんな方向から見たイラストをもらって三次元化するんです。
 
それをもとにペーパークラフトで試作をし、その後バルーンの素材を使って縮小サイズの試作品を作り、膨らませたときの形を確認します。それで問題なければ、本番サイズの大きさで作るという工程になるので、大体完成までに2〜3カ月かかるんです。
 
しかし、このシミュレーションを使えば最初から膨らませた後の形状がわかるので、出力すればもう縫い始められます。おかげで納期は2週間に短縮できたと聞きました。
 
実際にコンピュータでデザインしたクマから作ったバルーン。大きい!
実際にコンピュータでデザインしたクマから作ったバルーン。大きい!

イラストを三次元化する難しさ

——圧倒的に作業効率が上がるのももちろんですが、手芸の知識があってもなくても直感的にデザインできるのがいいですね。

ありがとうございます。さきほど、切断面も綿が入った場合を想定してふっくらさせているという話をしましたが、ほかにもコンピューターが裏側で「いい感じ」に調整してくれている部分があるんですよ。
 
——ほうほう。どんなところですか?

実は、人の書いた線をそのまま型紙にして縫い合わせると、実際にはひと回り小さくなってしまうんです。それは縫った後で綿など詰めるからなんですけど。となると、縫い合わせた後で理想の大きさにするには、もっと大きな型紙を使わなきゃならない。そういった、経験則としてわかっていることもコンピューターに解いてもらっているんです。たとえば長方形を入力して、その線をそのままシュミレーションするとくびれた形になるんですね。
入力した長方形をそのまま出力すると、全体的にくびれた形に。完成形を長方形にしたければ、膨らみをもたせた型紙が必要となる
入力した長方形をそのまま出力すると、全体的にくびれた形に。完成形を長方形にしたければ、膨らみをもたせた型紙が必要となる
——枕の形に近いような……?

おっしゃる通りですね。大量生産しなければならない枕や座布団は、できるだけ余り布がでないよう長方形に布を裁断しているので、中身を詰めるとすこしくびれた形になるんです。
 
でも今回は縫った後の完成品を四角くしたいので、縫い合わせた後が四角くなるような型紙の形をコンピューターが裏側で計算して表示してくれます。
 
綿が中から押す力、布の戻ろうとする力など、引っ張られて押して、引っ張られて押して……といったシミュレーションを繰り返して、釣り合いのとれる部分が見つかったらそれを表示しているんですね。3Dが表示されるまでの数秒の間に、コンピューターの中では何千回も何万回もこうした計算式を解いているんですよ。
——なるほど、ようやく「数学」と「手芸」が結びつきました!

そうなんです。でも、裏側では数学や物理などの難しい計算を応用していても、システムを触る際には子どもたちでも難しくなく、ただデザインを楽しみながら作業できるように作っています。なので「ちょっと耳つけたいな〜、ここから手を生やそうかな〜」と、触っているうちにデザインも型紙もできあがるようになっているんです。

——直感的にデザインしても、型紙を「いい感じ」に整えてくれるのは、数学の力があるからなんですね。

はい。この「いい感じ」の精度も、もっと多くの型紙のデータが手に入れば、機械学習を取り入れるなどして、よりよくすることができるはずで。だけどぬいぐるみの型紙って、ほとんどデジタル化されていないんですよ。

——たしかに、手作業な部分が多いとアナログでしか保管されていないものも多そうです。

ぬいぐるみの設計事務所などでも、型紙が封筒に入れられてバーっと並んでいるような状態で。ものすごい資産なんですけどね。

技術の応用で、日本の伝統を守れる日も来るかもしれない

——先生の研究ではぬいぐるみやバルーンなどの設計・製作をCGの分野から手助けすることで、初心者でも簡単にできるようにしていますよね。この研究が進んでいくと、モノづくりの分野でさまざまな可能性が広がりそうな気がしました。

ありがとうございます。
この研究が進むことで、「ぬいぐるみってこういうもの」といった固定観念に縛られないアイデアが生まれやすくなるかもしれないですね。異素材の組み合わせや、中になにかを入れたらどんな音がするかとか、空洞にしてみたらどうなるか? とか。いろんなアイデアを組み込むとシステムはどんどん賢くなっていきますし、それにあわせて人間の発想も豊かになっていくと思います。
 
コンピューター側から「こんなこともできますよ」と提案できるようになれば、今までデザインに触れてこなかった人たちでも、デザインができるようになる。それって既存のデザイナーの仕事を奪うことではなくって、今まで知識がなくてできなかった人や、苦手だと思って敬遠していた人たち、小学生などの小さいお子さんなどに「デザインする楽しさ」を知ってもらうきっかけになると思うんです。
——デザインの裾野が広がるってことですね。

そう! 裾野を広げて、誰もが手軽にデザインできるようになればいいなと思います。
かつてVRやスマートフォンも一部の人たちのものでしたが、徐々に金額が手頃になってどんどん世間に広まっていきましたよね。そんなふうに、少しずつデザインに対するハードルも下がっていけばいいなと思います。
 
あとは、技術継承が難しい日本の伝統工芸の分野にも応用できないかと考えているんです。
 
——伝統工芸ですか。

たとえば、この「木目込み細工」。木の土台に彫刻刀で図案を彫り、その上から布を木目込んで(きめ込んで=はめ込んで)いく伝統工芸です。本来は職人さんの高い技術と豊富な経験を必要とするものですが、コンピューターでデザインして3Dプリンタで土台を出力すれば、オリジナルの木目込み細工が簡単につくれます。
小学生がデザインし、木目込んだ作品の一部
小学生がデザインし、木目込んだ作品の一部
ほかには、「籠編み」の技法を応用したクラフト作品。最近だとペーパーバンドを使用したキットが売られていたり、ペーパーバンド自体は100円均一でも購入できたりと、身近なものになってきました。
 
ペーパーバンドの籠編みで小学生が作った作品。左がだるまで、右はトラがモチーフ
ペーパーバンドの籠編みで小学生が作った作品。左がだるまで、右はトラがモチーフ
そういう伝統技法を生かしながら、自分だけのオリジナルデザインでペン立てや小物入れなどが作れたら、愛着が湧くじゃないですか。もしかすると、その道の専門家からすればタブーだと思われるようなことも、子どもたちの自由なアイデアで新たな道を拓く可能性だってありますよね。

——日本の伝統技術って一子相伝というか、一般の人たちにとっては知る機会が少ないものだと思うんです。でもこうして身近な存在になれば、興味を持つ機会にもなりそうです。

やったことがない、触れたことがないのって、最初の大きなハードルだと思うんです。それを超える最初の一歩になれれば、そこからは自然と興味の範囲って広がると思うので、そのきっかけになれたらいいなと思います。

——お話を聞くまでは、数学と手芸、ぬいぐるみの結びつきが全然想像できなかったんです。手芸は手先の作業がメインというイメージだったので。だけど、その手前の設計部分をコンピューターやCGが手助けすることで、作業が飛躍的に楽になるというのはとても興味深かったです。先生、今日はありがとうございました!
※取材は新型コロナウイルス感染症対策に配慮したうえで行われ、撮影の際だけマスクを外しています
※取材は新型コロナウイルス感染症対策に配慮したうえで行われ、撮影の際だけマスクを外しています


実は五十嵐先生、明治大学の創立140周年を記念して、大学のマスコットキャラクターである「めいじろう」の巨大バルーン人形を制作したそうです。

全長約3mにもなるめいじろうの巨大バルーン制作秘話は、明治大学140周年記念サイトで公開中。より詳細な3Dモデリングとシミュレーションの話をしているので、下のリンクからぜひ覗いてみてください!
 

五十嵐先生の研究内容は、こちらの動画でも分かりやすく紹介しています!

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