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突然、母が殺害され…娘は「職場に後ろめたさ」裁判や聴取で有休

被害者家族への支援は? 取材した記者が感じたこと

殺害された母が使っていた腕時計を手にする、娘の穂瑞さん。時計の針は、動き続けています=2025年9月15日
殺害された母が使っていた腕時計を手にする、娘の穂瑞さん。時計の針は、動き続けています=2025年9月15日

母から「早く来て!」という電話を受けて駆けつけた娘が見たのは、白いブラウスが真っ赤に染まって倒れていた母の姿でした。突然、母を殺された娘と息子に待ち受けていたのは、記者の想像をはるかに超える過酷な日々でした。ニュースで報じられるような事件の裏で、被害者の身に何が起こっているのでしょうか。「被害者支援」について考えました。(朝日新聞記者・折井茉瑚)

事件を境に「異世界のような日々」

「事件ってこんなに起こっているんだ」

4月に記者になった私が、まず初めに驚いたのは、社会で起こっている「事件」の多さです。

事件に巻き込まれた人を支える制度は十分なのかを知りたいと、「犯罪被害者支援」の取材を始めました。

そこで、2012年にあった強盗殺人事件で母を失った栗原一二三(ひふみ)さん(64)と、穂瑞(ほずえ)さん(61)の兄妹に出会いました。

【もっと読む】母を殺された娘は「コソコソ休んだ」 被害者休暇つくる企業1%未満

事件が起きたのは2012年8月。穂瑞さんに母の秀子さん(当時77)から、「早く来て!」という電話がかかってきました。

穂瑞さんが急いで駆けつけると、室内で倒れた秀子さんを発見しました。白いブラウスが真っ赤に染まっていました。

容疑者は逃走していて、直後から、警察捜査への協力や葬儀の準備に追われました。

2012年8月の事件を境に、様変わりした生活を穂瑞さんは、「異世界のような日々」と表現しました。

亡くなった秀子さんの写真をもつ穂瑞さん=2025年9月15日午後7時21分、さいたま市
亡くなった秀子さんの写真をもつ穂瑞さん=2025年9月15日午後7時21分、さいたま市

事件当日、2人は警察署で被害者の遺族として事情聴取を受けます。

捜査のため、靴や靴下は押収されました。

穂瑞さんはその日、「代わりに渡された『おべんじょサンダル』を裸足で履いて、家に帰ったんです」と語ります。

遺族になった日、足元は裸足にトイレで使われているようなサンダル。穂瑞さんはどんな思いだったのかと想像すると、心が痛くなりました。

犯罪被害に遭った職員への「休暇制度はない」

よく耳にする「現場検証」にも、実はあまり知られていないことがあります。

指紋のように現場に残る証拠を集めていきますが、それが警察の捏造でないことを示すために、「立会人」が一つ一つにハンコを押します。

多くの場合は、「立会人」は被害者本人や、被害者の親族、難しいときは消防士などが担うそうです。

栗原さん兄妹の場合、立ち会ったのは一二三さんでした。朝から晩まで警察車両で待ち、ハンコを押し続けます。これが2週間続いたそうです。

穂瑞さんも時間に追われます。母親の銀行や郵便局の手続きに葬儀社との打ち合わせ……。やることを書き出したはがきサイズのメモ帳はびっしり埋まっていきました。

「膨大な時間の負担だった」と穂瑞さんは言います。

家族を突然奪われた苦痛に加え、体力も時間も奪われる被害者側の現実を、初めて知りました。

事件直後、穂瑞さんが自分の動きを書き出したメモ帳。鉛筆で書かれた文字は、乱れています=2025年11月22日
事件直後、穂瑞さんが自分の動きを書き出したメモ帳。鉛筆で書かれた文字は、乱れています=2025年11月22日

取材のなかで、必要だと強く感じたのは周囲の理解、とりわけ職場のサポートです。

当時、一二三さんは会社員、穂瑞さんは派遣社員として働いていました。

一二三さんは「こんな目に遭っているのだから、会社や社会が手助けしてくれるだろう」と考えていたそうです。

しかし、仕事に行けなかった期間を埋める特別な休暇はないのかを上司を通じて会社に相談すると、回答はこうでした。

「犯罪被害にあった職員への休暇制度はない」

裁判で有休「職場に後ろめたさがあった」

事件直後だけではありません。犯人が逮捕されると、今度は裁判が始まります。

栗原さんの場合、1年半後に開かれました。

栗原さん兄妹は有休を取って裁判に参加しました。平日に7回、とびとびで休みを取ります。

職場に気を遣って菓子折りを持っていった穂瑞さんは、「後ろめたさが常にあった」と言います。

事件発生から時間が経った裁判では、職場に事件を忘れた人や事情を知らない人もいるなかで、休みを申請することにストレスが生じるのだと感じました。被害者側なのに……。

実家の台所のカレンダーは、今も2012年8月のままです=栗原一二三さん提供
実家の台所のカレンダーは、今も2012年8月のままです=栗原一二三さん提供

結局、2人は1ヶ月以上、仕事を休みました。もし有休が無かったら、殺された母親の裁判に出られないことになっていたのでしょうか。

被害者の自助グループを取材してみると、実際に、長期欠勤を余儀なくされて仕事を失った人がいると聞きます。

被害に遭った後、仕事の復帰までにどうしても時間が必要な人がいます。ただ、厚生労働省の2024年度の調査によると、「被害者休暇」制度を設ける企業は0.9%にとどまっています。

「母は死んじゃったのに、なに楽しんでるの」

事件から時間が経った今でも、穂瑞さんは、仕事から帰って自宅で缶ビールを開ける時に罪悪感を覚えることがあるといいます。

「母は死んじゃったのに、私ってなんて冷酷なやつなんだって」

自分のなかのもう一人の自分がこう言うそうです。

「なに楽しんじゃってるの」

事件を境に、被害者の日常に起こることは何でしょうか。私はこう思います。

その後の人生のささやかな幸せさえ、奪われるのです。
 
記者になってもうすぐ1年が経ちます。

短い期間ですが、たくさん事件が起こりました。でも、取材したなかで私が感じた最も大きな「ニュース」は、事件のあとに起こったことでした。

【もっと読む】母を殺された娘は「コソコソ休んだ」 被害者休暇つくる企業1%未満

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