話題
「死が終わりじゃないと思った」河瀬直美監督がテーマにした臓器移植
映画「たしかにあった幻」
話題
映画「たしかにあった幻」
「『死が終わりじゃないんだな』って思いました」――。公開中の映画「たしかにあった幻」は、河瀬直美監督の6年ぶりの映画作品です。長期間の入院をしながら心臓移植を待つ子どもたちと、突然自分の前から姿を消した恋人……というテーマで物語が進んでいきます。臓器移植と行方不明者の問題をとりあげたのはなぜなのか、河瀬さんに話を聞きました。
河瀬さんが今回の映画を着想したきっかけは、フランスの映画関係者から「日本って年間何万人もが失踪しているんでしょ」と言われたことでした。
警察庁の統計によると、2024年の行方不明者数は8万2563人です。
河瀬さんは「調べ始めると、失踪の背景には日本独特の『恥』という文化が影響していると思いました。コミュニティーの空気や常識みたいなものから逸脱した考えを持つ自分の立ち位置を見失って、いなくなってしまう人が確かにいるんだ、って知ったんです」と話します。
「それに加えて、日本では臓器移植におけるドナー数が先進国では最下位だという事実を知って『どちらも日本の課題だな』と感じました」
日本は、およそ1万7千人が臓器移植を待って日本臓器移植ネットワークに登録しているものの、そのうち移植まで到達するのは数%ほどといわれています。
「特に子どもの心臓移植では、何億円もの募金を集めて、海外に渡航して移植をしなければならない。国内でドナーが現れないのはなぜか、お医者さんや移植を待つご家族、臓器提供を決断したドナー家族といったさまざまな人に取材をして理解を深めていきました」
映画のなかには、臓器移植に関係する人びとが一堂に会して、議論するシーンがあります。
ドナー(臓器を提供した人)の家族、レシピエント(移植を受けた人)の家族、ドナーの臓器を摘出したことのある救急医、移植を担当する外科医、移植を調整するコーディネーターや政治家、厚生労働省の担当者……。
それぞれが〝本音〟を吐露しているシーンで、こんなやりとりもありました。
このシーンは、「台本なし」で、ぶっ続けで数時間にわたって撮影されたそうです。
「映画を創るにあたって取材をした人たちに集まってもらって、台本なしで語り合ってもらったんです。この人が口火を切ったら、きっとこの人が返答するだろうなってイメージができていたので、全てお任せでした」と振り返ります。
役として同席したコリーへ同時通訳を返して言葉を投げかけながら、次に話し出す人を河瀬さんが予測して、3台のカメラマンに撮影の指示を出していったといいます。
ドナーから移植された臓器は、移植を受けた人のからだの中で命をつないでいくため、「いのちのリレー」とも呼ばれます。
河瀬さんは「死は終わりではなく、その先にも命は続いていく。それが映画の出発点でもあります」と語ります。
河瀬さんは、映画「あん」ではハンセン病、「朝が来る」では特別養子縁組など、さまざまな社会問題を扱ってきました。
「光の当たらない部分に対して、映画という物語を伴って、よりリアリティーをもって人びとに伝えられたらなって思っているんです」と言います。
日本では、2024年の人口100万人あたりのドナー数(IRODaT調べ)は1.13。アメリカのおよそ44分の1、韓国の7分の1にとどまっています。
河瀬さんは「移植医療が進んでいるヨーロッパも取材しましたが、医師が地域の人たちや子どもたちと命について考える会を開いたり、病院にはドナーをヒーローとして描くアーティストの作品があったりするそうです。臓器移植が『Gift of Life(いのちの贈りもの)』として、普段からひとつの選択肢として考えられているんですよね」と指摘します。
日本でも、自分が脳死になったら「臓器を提供したい」と思っている人の割合は決して低くありません。
内閣府の2025年の世論調査(速報)では、「臓器を提供したい」が42.4%、「したくない」は23.6%でした。
ただ、運転免許証やマイナンバーカードの裏側といった何らかの方法で、「提供する・しない」といった意思表示をしていて、「家族や親しい方と話をしたことがある」のは9.7%、「家族や親しい方と話したことはない」は10.2%にとどまりました。
河瀬さんは「日本でも、なにかひとつムーブメントが起これば、臓器移植のちょっと難しそうなイメージが変わるんじゃないでしょうか」と話しています。
1/17枚