お金と仕事
海外駐在断る社員、悩む企業 「家族のキャリアに無理解」も要因?
企業を通じて帯同者のキャリアサポートするサービスも

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企業を通じて帯同者のキャリアサポートするサービスも
社員に海外駐在を打診すると、「家族のキャリアを考え、海外駐在はできません」――。
共働き家庭が約7割になる中、海外駐在を断る社員や、帯同を機にキャリアに悩む家族の声に、企業側も問題意識を持ち始めています。人材サービス大手の「パソナ」は、企業側とキャリアに悩む「駐妻・駐夫」側の声に応える形で9月、海外駐在員を派遣する企業を通じた帯同者向けのサービスを開始しました。
国勢調査によると、共働き世帯が約7割となる中、海外に支社などがある企業では、社員が駐在の打診を断ることがひとつの課題になっています。
人材サービス大手の「パソナ」の常務執行役員で、グローバル事業本部長・小林景子さんは「駐妻のキャリア断絶問題は、10年以上前から問題だと認識されてきたと思います」と、特に多い、夫の駐在に妻が帯同するケースについて話します。
駐在員に帯同する家族は、ビザや就労環境などの問題、時には配偶者側の会社規定などの事情から、休職したり退職したりするケースも少なくありません。駐妻・駐夫がキャリアの断絶に悩んだり、それまでの社会的立場がなくなることで喪失感を抱いたり、その悩みに寄り添う当事者団体も多数あります。
パソナによると、当事者側の問題意識に加え、ここ数年は企業側からも「社員が駐在に行きたがらない」という悩みを聞くようになってきたといいます。
パソナでは10年以上前から、企業の海外人事担当者らが「横のつながり」を持てるようにするためのコミュニティー「海外人事研究会」を運営しています。
現役で海外人事を担当している人はもちろん、かつての担当者など、社内でも「ニッチ」な仕事になりがちな海外人事担当者のノウハウや悩みを相談したり共有したりする目的で組織されていて、現在100人ほどが緩やかにつながっているといいます。
普段は、ビザや各国の生活状況、不測の事態が発生した際の帰国対応などについての情報交換などをしているそうです。
その中でも、最近では駐在員の配偶者キャリアについての話題もあがるようになってきたといいます。
「社員から『配偶者が海外赴任になったので、自分も帯同しそこで働けないか』という相談を受けたが、どうしたらいいか」という相談もあったそう。
パソナでは、そのような声を企業側から聞いたり、社内の駐在帯同経験のある社員が問題意識を持ったりする中で2023年、個人を対象に、帰国後のキャリア構築を支援する『Returnee Career(リターニーキャリア)プログラム』を開始。
国内企業の働き手の中でも、海外駐在員として働く人は一部であり、必ずしも対象者が多い問題ではありません。そのため、ビジネスにはなりにくいと判断しつつも、「なにかせずにはいられなかった」(小林さん)と、CSRの側面からネット上にページを開設し、検索流入などでたどり着いた人に向けて、無料でキャリアカウンセリングをしてきました。
プログラムの主軸となって活動してきた、グローバルサーチ事業部・シニアマネージャーの山本淳さんによると、「帯同を機に前職を辞めてからブランクがある人たちにとって、『日本に帰ってきたときにどんな仕事があるのか』『なにができるのか』が気になるポイントだったように思います」。
「ケースバイケースではありますが、帰国してからどこかで勤務を始められたら、ブランクはなくなると考えます。雇用形態は色々とありますが、まずは一歩を踏み出してみると、その先につながるということを伝えてきました」
「リターニーキャリアプログラム」を通じて、駐妻・駐夫の声を聞いてきた一方で、小林さんは「このプログラムだけでは、サステナブルではないという気持ちがありました。つまり、キャリアに関して何らかの『気付き』を持った人にしか手を差し伸べられない。そうではなく、企業側にアプローチすることが必要だと考えました」。
山本さんも、「もっと社会全体の課題とするために、我々ができることは企業に働きかけることだと考えた」と話し、9月から始まった、企業を通じて帯同家族にアプローチする仕組みである「海外駐在帯同者キャリア支援サービス」へとつながりました。
このサービスは、海外駐在員を置く企業を対象にしたもので、駐在が決まった社員の配偶者に対し、キャリアカウンセリングや、就労に向けた応募書類作成の支援などを行うものです。
希望者は、駐在員を派遣する側の企業を通じて申し込む仕組みです。
実は、小林さんも山本さんも、駐在帯同の経験があります。
小林さんは、自身の経験や、これまで聞いてきた駐在に帯同した人たちの経験を踏まえた上で、駐在帯同の制度について「時代に合わせた見直しが必要だと思う」と話します。
「駐在員の制度は、配偶者が専業主婦であることを前提にした形で残っていて、昭和のままだと感じます。それが課題だと思う一方で、駐在員の家族にまで保険を適用するなど、赴任先の海外で何かあったとき、家族まで守ることを考えられている制度でもあり、それは日本企業のいいところだとも言えます」
しかし、共働きの家庭が大多数になった現在においては「時代に合わせた制度設計の見直しが必要だと思う」と話します。
また、「帯同する本人がキャリア意識をしっかりと持つことも必要」と付け加えます。
帯同するのが女性の場合、社会も本人も「妻は配偶者に帯同しなければならない」と思いこんでしまう、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)の影響があることを踏まえ、寄り添いつつ、「あくまで『キャリア』という視点だけでいえば」と前置きをし、こう話します。
「帯同のために仕事を休むのであれば、それが『自分の意思』で決められるといいと思います。『自分の意思に反して』という思いが強いのでは、キャリアの自立意識が低いように感じます。自分で自分のキャリアを築くという意識を持ってほしい」
駐在員に帯同する人へのキャリア支援などを手がけてきた「CAREER MARK」(株式会社ノヴィータ運営)の小橋友美さんは、「大手企業が、駐在員を派遣する企業側へのアプローチを担ってくれることはとてもうれしい」と話します。
CAREER MARKは2020年から、駐妻・駐夫へのキャリア支援を展開してきました。コロナ禍を経て働き方の柔軟性が高まったことで、帯同する側はもとより、駐在員を派遣する企業側へのアプローチの重要性を強く感じるようになってきたといいます。
今年、他団体と共催で、駐在員やその家族を対象に働き方についてのアンケートやインタビューをとったうちの一つの声として聞かれたのが、男性駐在員による「所属企業が、配偶者のキャリアに無理解だった」という訴えでした。
その駐在員は、帯同した妻の働き方を所属企業に相談する中で、「妻のキャリアへの無理解を感じ、会社は自分のことを軽んじていると感じた」と話していたといいます。
小橋さんによると、同様の声は別の機会で聞くことも多く「かつては『駐在員は好待遇である』などのイメージで、社員の会社へのエンゲージメントをあげられてきたかもしれません。しかし、共働きが普通になっている若い世代は『家族のキャリアへの理解』という、まったく別の視点で、会社への信頼感をはかっている」と話しています。
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