IT・科学
「水道水を飲まないで」隣人からチャット 住民を襲った健康への不安
「PFASなんて知らなかった」 全米で危機感高まる契機に

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「PFASなんて知らなかった」 全米で危機感高まる契機に
「蛇口の水を飲まないで」。そんな忠告を突然受ける日があなたにもやってくるかもしれません。健康への影響が懸念され「永遠の化学物質」とも呼ばれる物質に汚染していることが、これから発覚するかもしれないからです。日本でも水道水の規制が強化される見通しで、検査が広がって汚染が見つかれば大きな混乱が予測されます。約7年前、そんな危機に見舞われた経験があるアメリカの町を訪ねました。(朝日新聞記者・合田禄)
アメリカ中西部ミシガン州にある、人口約2千人の小さな町に衝撃が走りました。
住民のタミー・クーパーさん(39)が隣人から「水道水を飲まないで」とテキストメッセージを受け取ったのは2018年7月26日の夕方のこと。
水道のパイプが壊れて細菌が混入したのかと思い、「煮沸するようにってこと?」と尋ねると、「いいえ、水は一切使えないよ」と返ってきました。
すぐに検索し、市のFacebookで「PFAS(ピーファス・有機フッ素化合物の総称)」が水道水に混入しているというお知らせを目にしました。
「PFASって何?」
その晩に地元自治体の記者会見もあると知り、タミーさんは感じました。「これは大変なことが起きている」
この有機フッ素化合物(総称PFAS〈ピーファス〉)と呼ばれる化学物質は、日本では2026年4月から水道水の「水質基準」となり、規制が強化される見込みです。
生活にとても便利な物質なので活用されてきたものの、人間に害があることが徐々に分かってきたものです。
あくまで「総称」で、化学物質としては1万種類以上あるとされています。代表的なのはPFOS(ピーフォス)やPFOA(ピーフォア)といった物質です。
水や油をはじくといった性質が重宝され、古くから靴や服の防水加工、泡消火剤などとして使われ、フライパンのコーティングにも応用されてきました。
しかし、生きものの体内に蓄積されやすく、人の健康に影響が及ぶことも指摘されるようになってきています。
米疾病対策センター(CDC)は、どれだけ体内に入ったかなどによってリスクは異なるものの、これまでの研究でPFASのいくつかの種類は、コレステロール値の上昇や、肝臓の機能、生まれた子どもの体重低下、腎臓がんや精巣がんなどとの関連が示唆されていると結論づけています。
規制強化で検査がしっかり行われるようになれば、新たな汚染が見つかる可能性も高まります。
アメリカでは10年弱前から水道水をより詳しく検査する地域が増え、それによって、高濃度のPFAS汚染が発覚するという事態が相次ぎました。
その現場を訪ねて、当時の「危機」を経験した人たちから話を聞こうと思いました。彼らの経験は、きっと私たちの今後の対応方法の参考になると考えたからです。
そして選んだのが、冒頭のミシガン州のパーチメントという人口約2千人の町です。市長もパートタイムという小さな自治体です。
この町では2018年夏、初めてのPFASの水質検査が行われ、高濃度で検出されて大きな騒ぎとなり、全米でPFAS汚染への危機感が高まる契機の一つとなりました。
そのとき市民はどう対応したのか、行政は何をしたのかを取材しました。
この取材で何度も聞いたのは、「PFASなんて知らなかった」という当事者たちの声です。
住民のタミーさんは、市がFacebookでPFAS汚染を発表したのを見て、深夜までインターネットで「PFAS」を調べたと話していました。
幼い子どもがいたので、PFASが蓄積しているかもしれない自分の母乳を飲ませてきたこと、子どもの体重がなかなか増えないことがとても心配だったと打ち明けてくれました。
住民たちが直面した最大の不安は、汚染された水道水を飲んだり、食器を洗うのに使ったり、シャワーを浴びたりしてきたので、「自分や家族の健康は大丈夫なのか」ということです。
そこで別の地域の住民で、PFAS汚染による健康影響と向き合っている女性も訪ねて話を聞きました。
同じミシガン州のベルモントという町の山道沿いにあるサンディ・ウィンさん(65)の自宅まで車を走らせました。
PFASがどれくらい体内に蓄積しているかを知る方法の一つが血中濃度の測定です。
ただ、血中濃度が高くてもすぐに健康被害が出るというわけではありません。その検査結果とどう向き合うのかというのは簡単な問いではありません。
PFASで汚染された水を摂取することを避け続ければ、時間の経過とともに血中濃度は下がっていきますが、すぐに取り除くことはできません。
ウィンさんの場合、自宅用に使っていた井戸水の汚染が発覚し、その後、血液検査で血中のPFOS濃度が全米平均の750倍という衝撃の結果が出ました。
ウィンさんにはその後、甲状腺にがんが見つかります。ただ、その発見のきっかけは、ウィンさんの血中のPFOS濃度が高いことを知っていたかかりつけ医が、追加の検査を進言したことでした。
ウィンさんはいまPFAS汚染に直面した地域を支援する全米でも有名な活動家です。それでも自宅に水質検査員がやってきた2017年まで、「PFASなんて聞いたこともなかった」と言います。
日本でも自治体が地下水などの水質調査を始め、基準を超える汚染が検出される事例が出てきています。
世界の事例から何か学べることはないか。朝日新聞ではPFAS汚染と先んじて向き合ってきた世界の地域を訪ねた記事を連載しています。