話題
万博の「壁のない子ども用トイレ」はなぜ? 裏に保育の「当たり前」
保育現場では当たり前?子どもの人権は?

話題
保育現場では当たり前?子どもの人権は?
「仕切りもなくて丸見えすぎる」。大阪・関西万博の会場にある子ども用のトイレがSNSで話題になりました。いくつかの便器が並んでいますが、壁や間仕切りのような目隠しはありません。このトイレが設置された経緯と背景について取材しました。(朝日新聞withnews編集部、川村さくら)
子ども用トイレが話題になったのは、開幕に先立って行われた関係者や一般客を入場させて試験的に運営する3日間の「テストラン」でした。
夫と3歳の娘を連れ、家族3人でテストランに参加した女性は、子ども用トイレを見てその驚きを「仕切りもなくて丸見えすぎる」とXに投稿しました。
写真のトイレでは子ども用の小さな便器と小便器が全部で5つ横並びに置かれていますが、その間にあるのは手すりのみで、視線を遮る物はありません。
女性に話を聞きました。
このときは他に人がいなかったので娘にトイレを使用させたそうですが、そのオープンな状況に驚いてトイレの様子を撮ったそうです。
「娘は、通っている保育園でも2歳児クラスまでは同じようなオープンなトイレだったので、慣れていたような印象は受けました。しかしもう3歳でいろいろ物事もわかってきているので、全く知らない親子が来た場合には羞恥心から『嫌』と言いそうです」
「0〜3歳であってもプライバシーへの配慮はしてあげたく、背の低い仕切りがあると嬉しくは思います。保育園や幼稚園での顔馴染みの先生や友達がいる環境と、どんな親子が一緒になるかわからない環境とは子どもの感じ方も違うと思います」
女性はテストランに行く前に子ども向けの設備を調べましたが、具体的な情報を見つけられず困っていたそうです。
今後万博に行く子ども連れの参考になればと、「他のトイレにもキッズトイレがあったから、他に行ったほうがよいと思う」などの文言を添えて投稿しました。
しかし、この子どもトイレの画像は繰り返し転載されるなどX上で一人歩きし、批判の声はどんどん大きくなりました。
なぜオープンな子ども用トイレが設置されたのでしょうか?
万博の主催者である「2025年日本国際博覧会協会」によると、女性が撮影したトイレは、会場の東西2つのゲートの脇にある「迷子/ベビーセンター」内に1カ所ずつ設置されているそうです。
迷子/ベビーセンターは、保護された迷子を一時的に預かるサービスをしているほか、授乳やおむつ交換など小さな子ども連れの人が使える施設です。話題になったトイレは0~2歳児の利用を想定してつくられました。
協会は施設が「一時的に保護した迷子を預かる機能を有している」ことから、トイレメーカーTOTOのカタログ「学校・幼児施設トイレブック」を参考にしたと言います。カタログには「先生のお手伝いが必要な2歳児ではオープン空間に」などの記載があります。
協会の担当者は「(TOTOのカタログで)0~2歳児のトイレ空間はトイレ介助の必要性や事故防止の観点からオープンなしつらえが推奨されており、これを参考としています」と答えました。
ただ、迷子/ベビーセンターには、子ども連れであれば受け付けなどなしに誰でも入ることができます。子どもを連れていない人が入ろうとした場合にはスタッフが声をかけます。
「丸見え過ぎる」という懸念の声が上がりましたが、「トイレを使う際に他人の目が気になる場合には隣にある個室のバリアフリートイレが使えます」と答えています。
会場内にはほかにも子ども用のトイレがあり、3~5歳の向けのトイレには低いパーテーションがついていたり、親子で利用できるように幼児用便器を併設した大人向けトイレブースもあったりするそうです。
今回の子ども用トイレの製造元でもあるTOTOにも聞いてみました。
幼児用の便器や手すりは、普段は幼稚園や保育園といった教育保育施設や、動物園やショッピングモールなどの商業施設に使われることが多いそうです。
広報担当者はまず一般論として「保育園のように保育士や保護者などに出入りが限定され、日常のトイレトレーニングをする場所と、見知らぬ人どうしが出入りするトイレとではまったく状況が異なる」と教えてくれました。
その上で「各製品をどのように設置するかは設計者やそのクライアントの意向次第になります」と言います。
TOTOは「会場整備参加協賛企業」として万博会場にトイレ関連の製品を提供しています。
ただ今回話題になったトイレは協会が購入したもので、TOTOは「カタログは幼稚園・保育園を想定した参考プランを掲載しているものです」「弊社はトイレ空間の設計プロセスには関わっておりません」とコメントしています。
「保育園では普通に使われている」など、Xではオープンなトイレを擁護する声も上がりました。
日本の保育教育施設のトイレ環境について、私立和光小学校・和光幼稚園(東京)の前校園長で一般社団法人”人間と性”教育研究協議会の代表幹事などを務める北山ひと美さんに聞きました。
北山さんは、確かに保育現場ではオープンなトイレが普通であったと言います。
「保育の現場は毎日を安全に進めていくことで精いっぱいです。人手は足りず、大人1人で同時に複数の子どもの世話をしなければなりません。だからいままでは、世話がしやすくて何かあったときには助けられるよう、0~2歳児のトイレは全部見える構造になっていました」
幼児期から子どもたちのからだの権利を守るため、見直す必要性を訴えます。
「これ(オープンなトイレ)では子どもたちのプライバシーを守ることはできません。性教育の観点からも、自分のからだの権利を知るためには『プライベートパーツである性器は他の人に見られることはない』という感覚を養うことが重要です」
「今回の万博のトイレをきっかけに子ども用のトイレについて議論がされていることにはすごく意義があると思います。『いままで当たり前だと思っていたけど、どうなんだろう』と立ち止まって考えるきっかけになることを願います」
子どもの人権問題に詳しい立教大名誉教授の浅井春夫さんは「子どもが使用する際に不特定多数に姿を見られる恐れがあり、プライバシーを侵害する環境です」と指摘します。
「子どもは裸を見られてもかまわないだろう、という子どもへの観念は誤りで、大人がいやに感じることは子どもだって当然いやです。乳幼児にもプライバシーがあり、感じ取る力もあります」
「万博という国際的なイベントでは日本の価値観も試されますが、このトイレでは日本は子どものプライバシーを尊重していないと見られてしまいます。設計者や主催者に子どもの権利への視点が欠けています。子どもも人権の主人公としてとらえるべきです。仕切りを付けるなどの改修にそうお金はかからないでしょうし、今からでも改良すべきです」
1/4枚