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200年以上前のピアノが、誰でも弾ける?木製で、ふわっとした和音

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200年以上も前のピアノが、誰でも弾ける――? そんな施設があると聞いて、記者が向かうと……。ベートーベンやショパンが弾いたのと同じ型のピアノを弾いてみた記者が、取材を振り返ります。(朝日新聞記者・魚住ゆかり)
扉を開くと、遠くから、近くから、いろいろなピアノの音が聞こえます。
現代の黒く光るピアノとはひと味違う、小さいけれども柔らかな音。モーツァルトやベートーベンが生きた200年以上前の楽器が「現役」でそこにありました。
「200年以上も前のピアノが並び、素人でも誰でも弾けるらしい」と聞いて、記者が向かったのは、三重県菰野町の「菰野ピアノ歴史館」です。
目の前にあったのは、どっしりとした木のピアノ。アップライトにしては背が低く、オルガンのような形をしていました。
一回り小さくて軽い鍵盤をそっと押すと、ふわっとやさしい和音が響きました。
「いい音でしょう?」
声をかけてくれたのは、ピアノ調律師で「菰野ピアノ歴史館」の代表理事、岩田光義さん(83)でした。
「金属のフレームが使われていなくて、全部木でできているんです」
ピアノに鈍く光るフレームが導入され、鋼鉄製の弦を強い力で張ることで響きが力強くなったのは19世紀後半だといいます。
超絶技巧で知られるリストが活躍するようになった時代です。
モーツァルトやショパンならわかるけれど、パワフルなベートーベンもやさしく繊細な響きのピアノで作曲していたことになります。私が勝手につくっていたベートーベン像が、がらがらと崩れました。
歴史館には、ピアノ史を彩った楽器37台が並びます。
どれも、岩田さんら技術者が当時の音を忠実に再現しようと修復したもので、録音がなかった時代の音を実際に出すことができる「現役」です。
「悲愴(ひそう)」や「テンペスト」など、ベートーベンの初期のピアノソナタや、「熱情」など中後期のソナタを、その時代の楽器で弾いたら、きっと、これまでと全然違う風景が見えるんじゃないか――。
もっとピアノを練習して、楽譜を持って、ここへ戻って来たい。取材の帰り道、なんだかどきどきしていました。