連載
#75 イーハトーブの空を見上げて
豊作を祈って「農はだて」小正月の風習 庭先の雪を田んぼに見立てて
![「庭田植」を再現する人々](https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/storage.withnews.jp/2025/01/16/4/41/441a208a-l.jpg)
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#75 イーハトーブの空を見上げて
Hideyuki Miura 朝日新聞記者、ルポライター
共同編集記者雪に覆われる岩手の年始め。奥州市ではこの時期、小正月の風習を再現する「全日本農はだてのつどい」が開かれる。
「農はだて」とは、正月の休みが明けて、農作業の準備を始めること。
その日は早朝から男たちが太い縄をない、朝食前には福取り餅が出された。
「つどい」では、庭先の雪を田んぼに見たて、稲わらや豆のからなどを立てて豊作を祈る「庭田植(たうえ)」や、福餅つきなどが披露され、農作業の安全と豊作を祈願する。
日本では古来、「正月」を重んじてきたが、暦の変遷により、その意味合いも微妙に変化している。
太陽暦になった明治以降は元日を重んじるようになったものの、それ以前は長らく太陰暦により月が初めて満月を迎える1月15日を重んじてきたことから、岩手における伝統行事も小正月に集中している。
岩手県教育委員会発行の「岩手の小正月行事調査報告書」(1984年)によると、この地の神には「自然の神」と「先祖の神」があり、先祖の霊は普段、神になって近くの山にいる。
先祖の霊は盆と正月の年2回、満月の光に乗って子孫の家々を訪れ、飲食を楽しんで再び山に戻ると信じられていた。
遠方で暮らす家族が盆と正月に故郷に帰省するのも、先祖をまつる団欒(だんらん)に加わるためのものだった。
小正月、雪の積もった庭にわらを植えたり、田植えの手順を学ぶ「田植踊り」を踊ったりして、楽しみながら無病息災や豊作を願った。
庭田植に参加した女性は「さあ、これで今年も始まるな、といった感じかな」と言って笑った。
すでに消えかかっている美しい風習と願いが、いまもしっかりと息づいている。
(2024年2月取材)
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