コロナ禍が明け、海外アーティストの来日公演や、日本に向けたキャンペーンも増えてきた昨今。中には有名アーティストがゲームや飲食、フィットネスなど“異色”とも言える他業界とのコラボをする例も見られます。なぜこのようなコラボを展開するのか、レコード会社や専門家、コラボ相手の事業者を取材すると、最近の音楽業界のマーケティングの変化が垣間見えました。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)
2024年11月に6年ぶりとなる来日公演を開催したDua Lipa(デュア・リパ)。イギリス出身のシンガー・ソングライターで、グラミー賞を複数回受賞する、ミレニアル世代の国際的ポップスターです。
そんなデュア・リパは2024年11月、最新アルバム「Radical Optimism」のヒット曲「Illusion」に乗せて、人気ゲーム『Pokémon Sleep(ポケモン スリープ)』のキャラクターの寝顔が流れるコラボ動画をYouTubeで公開したことも話題になりました。
デュア・リパは以前から日本のカルチャーに親しんでいることでも知られ、これまでにもポケモンのピカチュウがあしらわれたファッション小物を身につけている姿や、上記のコラボにあわせてカビゴンのぬいぐるみを抱きしめて目を閉じる姿をSNSに投稿していました。
また、同じ時期、同じくイギリス出身で、現在グラミー賞9部門にノミネートされるシンガー・ソングライターのCharli xcx(チャーリー・エックス・シー・エックス)も、ビリー・アイリッシュやアリアナ・グランデらが参加した最新アルバム『brat and it’s completely different but it’s also still brat』のプロモーションを日本で実施。
こちらは「抹茶をカジュアルに楽しむ」ことをコンセプトにした専門店「THE MATCHA TOKYO」とコラボ。抹茶パウダーのプレゼント企画などが実施されました。
このチャーリー xcxは、2024年夏のアメリカ大統領選挙の選挙期間に、候補者で当時の副大統領だったカマラ・ハリスについて、X(旧Twitter)で自身のアルバムのタイトルにもつけた“brat”という言葉を使って“kamla IS brat”と投稿。
“brat”は辞書では「行儀の悪いガキ」という意味のスラングですが、チャーリー xcxは「固定観念にとらわれず、ありのままの自分でいる」などの意味合いで使ったとされ、「周囲に流されないカッコいい女性」を指す言葉として、ネットで爆発的に拡散されました。
ハリス陣営もこの言葉やテーマカラーの緑を選挙戦に利用し、支持を拡大したことから、“brat”ムーブメントが世界的に注目されることに。「THE MATCHA TOKYO」とのコラボでは、抹茶の色にも近い、この“brat”カラーの緑をテーマにした装飾が店内に施されました。
海外アーティストのコラボでは、これまでにファッションのように、音楽業界と親和性の高い業界との取り組みが話題になってきました。
実際、デュア・リパはファッションアイコンとしても「VOGUE」や「ELLE」など雑誌の表紙を飾るほか、VERSACE(ヴェルサーチェ)のコレクションの共同デザインなどを手がけています。
他方、例えばアメリカのロックバンド・RED HOT CHILI PEPPERS(レッドホットチリペッパーズ)の名前をシンプルにもじったと思われる「レッドホットチリペッパーソース」などの、意図がわかりやすいコラボ商品もあります。
しかし、今回のゲームや飲食といったコラボは、こうした従来の取り組みからすると“異色”にも思われます。どうしてこのようなコラボに取り組んだのか、両アーティストが所属するワーナー・ミュージックの日本法人であるワーナー・ミュージック・ジャパンを取材しました。
まずは、いつ、どこでも音楽を楽しめるストリーミングなどの普及により「音楽はこれまで以上に毎日の生活に欠かせないものになっている」と同社。その上で、コラボの目的や背景をこう説明します。
「ワーナーミュージック・ジャパンは、さまざまな趣味や生活場面などを通じて音楽との新たな出会いを生み出し、アーティストや作品の魅力を発見できるような機会を増やすために、ライフスタイルやカルチャー分野のブランドとのコラボレーションを積極的に展開しています」
また、日本の「国内でアーティストが稼働できる機会が限られている」という、洋楽特有の課題もあると言います。
「そのため、既存の洋楽ファン以外の方に対しても新たにアーティストや作品に触れていただけるようなきっかけを作ることが大事だと考えます。
アーティストの世界観やメッセージ性に対し、親和性の高いブランドとコラボレーションを行うことで、単にオーディエンスへのリーチを広げられるだけでなく、自然と興味関心や愛着を生み出すことができるという手応えを感じます」
ポケモンとのコラボについては「広く愛されるキャラクターとのコラボレーションを通じて、デュア・リパとポケモンの双方のファンにとってユニークな体験をお届けし、意義のある形で彼女の作品に触れていただく新たな機会を創ることを目指しました」とのこと。
THE MATCHA TOKYOとのコラボについては、新しい切り口で日本の抹茶文化を発信する同ブランドの理念と、チャーリー xcxの言う“brat”のイメージが一致した、と説明しました。
こうしたコラボは、音楽の新しい楽しみ方や、そのカルチャーも創出しています。2024年にデュア・リパ、チャーリー xcxとコラボした「暗闇バイクフィットネス」のFEELCYCLE(フィールサイクル)もその一つです。
フィールサイクルでは、屋内のクラブのような空間で流れる音楽に合わせて、インストラクターの指示で行う「コリオ」と呼ばれる腕立て伏せや腹筋のような振り付けの動作をしながら、フィットネスバイクを漕ぎます。
同サービスは2012年の立ち上げから、一貫して洋楽のセットリストでプログラムを作成しており、運営のFEEL CONNECTIONによれば、2025年1月現在、都度利用を含めて約20万人の会員がいます。
デュア・リパ、チャーリー xcx共に、それぞれ最新アルバムをベースにしたプログラムが作られ、期間限定で利用者に提供されています。
フィールサイクルでは近年「映像店舗」として、レッスンが提供されるスタジオに映画館のように巨大スクリーンを設置。音楽だけでなく、流れる映像にも合わせてレッスンが展開されます。
通常店舗では、インストラクターはレッスンの参加者を、コリオの指示や投げかけるメッセージ、歌、ダンスなどで励ましますが、映像店舗では上記のレッスン時、さらに公式のミュージック・ビデオの映像なども交えながら、レッスンが進行します。
これらのレッスンを受講した利用者からは、SNSに「運動しているというより、クラブで踊っているような感じ」「音楽と一体になるこの感覚、やっぱり良い」など、一般的なフィットネスとは異なる感想が書き込まれています。
これまでもブルーノ・マーズやエド・シーランといった著名アーティストについてフィールサイクルとコラボしてきたワーナー。
「音楽とフィットネスは親和性が高く、相乗効果によって没入感が高まります。特に音楽を浴びながら思い切り身体を動かすFEELCYCLEは、音楽フェスにも似た体験を楽しむことができるので、音楽との出会いの場として非常に適していると感じます。
レッスンで使用する曲はプレイリストとしてApple Music上に公開されるため、レッスン前後に予習や復習を兼ねて繰り返し聴いていただくことができ、使用されている音楽への興味や愛着を自然と深めてもらえるのではないでしょうか」
フィールサイクルのインストラクターで、チャーリー xcxのプログラムを提供するN.Kannaさんは「チャーリー xcxの言う“brat”の意味を、ぜひ体を動かしながら感じてほしい」と話します。
「運動効率が高いので、強度が高く感じる人もいるかもしれません。フィールサイクルは完ぺきに漕ぐことがゴールではないので、ぜひ、音楽の楽しみ方の一つとして、フィットネスを生活に取り入れていただきたいと思います」
このような海外アーティストのマーケティングの近年のトレンドについて、東京音楽大学のミュージック・メディアコース、ミュージックビジネス・テクノロジー専攻で、音楽制作の基本から応用までの演習を担当する講師の石川晃士郎(いしかわ・こうしろう)さんに話を聞きました。
石川さんは、音楽業界でも従来的な“マス”を対象にしたマーケティングだけでなく、「インターネットの普及を背景にした、より“ニッチ”なマーケティングが並行して展開されるようになっている」と指摘します。
デュア・リパやチャーリー xcxの“異色”コラボは「日本にローカライズ(その国の言語や文化、習慣などの特性に合わせて調整すること)されたマーケティングの一環」とした上で、その特徴をこう説明します。
「それぞれ異なるファンを持つアーティストとブランドがコラボすることにより、認知が広がるだけでなく、例えばポケモンの場合であれば『デュア・リパが好きなポケモン』『ポケモンがコラボしたデュア・リパ』というように、コラボ相手に対してそれぞれのファンが愛着を形成しやすいという特徴があります」
また、アイコンとしてのアーティストの持つ「健康的」「型にはまらない」といったイメージは、フィットネスや飲食といった領域で新しい形態に取り組む事業者と相性が良いと分析します。
その際に近年、より重要になっているのが「アーティストとコラボ相手の双方の持つ思想やこれまでの活動の文脈が一致していること」と石川さん。
「デュア・リパとポケモンがコラボすることで、それぞれのファンがもう一方を好きになるだけでなく、ポケモンが好きなデュア・リパ自身もコラボできてうれしい。そんなある意味で『三方よし』なコラボは、マーケティングとして見たときにも成功事例と言えると思います」
もちろん、ターゲットにする属性によって、アプローチは異なり「例えば『レジェンドアーティストの数十年ぶり来日ライブ』など、マスへの働きかけが重要な場合もある」とし、近年の傾向として「マスとニッチの施策を使い分けながらマーケティングが行われるようになっている」そうです。
「経済産業省の報告書でも紹介されているように、日本の音楽市場の規模は69億ドル(約0.9兆円)で世界第2位と、第1位のアメリカの263億ドル(3.5兆円)からは引き離されているものの、決して小さくありません。この先も日本市場や、その拡大を狙った海外アーティストのマーケティングが続くのではないでしょうか」