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絵本「バツくん」に込めた思い 脳腫瘍と闘い18歳で逝った春香さん

父の貴宏さんと母の和歌子さんにお話を聞きました

家族で撮影した写真。右から父の坂野貴宏さん、母の和歌子さん、春香さん、姉の京香さん
家族で撮影した写真。右から父の坂野貴宏さん、母の和歌子さん、春香さん、姉の京香さん 出典: 坂野貴宏さん提供

目次

 脳腫瘍と闘い、18歳でこの世を去った坂野春香さん。亡くなる1カ月ほど前に描いた「x(バツ)くん」が絵本として出版され、両親の手記は本になって映画化も進んでいます。父・貴宏さん(53)と母・和歌子さん(51)にお話を聞きました。

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坂野春香さんが描いた「xくん」。右は父貴宏さんがネットで発注した家族向けの冊子、左は三恵社から出版された絵本
坂野春香さんが描いた「xくん」。右は父貴宏さんがネットで発注した家族向けの冊子、左は三恵社から出版された絵本 出典: 坂野貴宏さん提供

11歳で1度目の手術


 春香さんの脳腫瘍が見つかったのは2013年10月。11歳のときでした。

 頻繁に頭痛を訴えたため病院を受診したところ、診断は「自律神経の乱れ」。

 別の病院で「片頭痛」と診断された日の夜、激しい頭痛に襲われて嘔吐し、「目が見えない」と叫んだため、救急搬送されます。

 CT検査の結果、左頭頂葉に6センチの腫瘍が見つかり、手術を受けることに。

 医師から「スーッときれいに取れました」と言われ、貴宏さんと和歌子さんは安心しました。

 しかし、病理検査の結果は、脳腫瘍の中でも悪性度の高い膠芽腫(こうがしゅ)。

 「10年生存率は0%」と告げられます。

入院中の坂野春香さん
入院中の坂野春香さん 出典: 坂野貴宏さん提供

2度目の手術は「覚醒下手術」


 放射線治療や化学療法を終えて、自宅での服薬治療に移行。

 頭痛や右手のしびれなどはあったものの、中学校では修学旅行にも行き、高校は特進クラスに入ります。

 「0%は2013年時点の話。医学も進歩しているんだから大丈夫。突破できる」

 学校生活を送る娘を見て、貴宏さんはそう思っていましたが、高校3年生の時に医師から再発を告げられました。

 2度目の手術は「覚醒下手術」を行うことに。

 頭蓋骨を開けた状態で麻酔から覚まし、言葉をかけながら腫瘍を取るという手術です。

 脳機能を温存しながらできる限り腫瘍を取り除くものの、言語障害や麻痺などの後遺症が残る可能性がある手術。

 父と母が「言語機能だけは残してほしい」と医師に伝える中、春香さんはこう言います。

 「私は生きたいので、障害が残っても、腫瘍を全部取ってほしい」

 大好きだった絵が描けなくなるかもしれないし、話せなくなるかもしれない。

 それでも「生きることを選びたい」という娘の覚悟に、貴宏さんは「何があっても支えていこう」と決めました。

坂野春香さんが左手で描いた「美しいひと」
坂野春香さんが左手で描いた「美しいひと」 出典: 坂野貴宏さん提供

「ありのままを全て記録してほしい」


 覚醒下手術は無事に成功しますが、右半身に麻痺が残り、障害者手帳を取得。

 手術から半年以上経ったころ、春香さんに異変が生じ始めます。

 立体駐車場の屋上から飛び降りようとしたり、未明に家から飛び出して保護されたり。

 医師の診断は「症候性てんかんと精神症状をともなう発作」で、脳の腫瘍が原因とのことでした。

 発作的に自傷行為を行ってしまうけれど、落ち着くといつもの様子に戻り、荒れた時の記憶も残っている。

 そんな状況の中で、春香さんは「私のありのままを全て記録してほしい」と両親に頼みます。

 娘の願いを受けて、日記をつけはじめた貴宏さん。

 春香さんは毎日、内容をチェックして「ちゃんと書いて」と、起こった出来事をそのまま書くように求めました。

 その理由について、貴宏さんはこう推測します。

 「自分の生きた証しをそのまま残してほしかったのだと思います。そして、膠芽腫と闘っている人やその家族に『道しるべ』を残したかったのではないでしょうか。どんな症状で、どんなことが起こり、家族はどう対処したのか。そのすべてを役立ててほしいと思っていたのだと思います」

ハンギングチェアに腰掛ける坂野春香さん
ハンギングチェアに腰掛ける坂野春香さん 出典: 坂野貴宏さん提供

xくんが絵本に


 2020年12月20日に、18歳でこの世を去った春香さん。

 亡くなる1カ月ほど前に描き残していたのが「x(バツ)くん」です。

 間違いにバツをつけることが仕事のxくん。

 一生懸命働いているのに、人間からは「バツなんて、なくなってくれればいいのに」と疎まれます。

 「僕はいない方がいいのかな」と悩んでいた時、子どもから声をかけられます。

 「あ、間違えた。でもバツは成功のもと。xくん、ありがとう」

 その言葉を聞いて、xくんは自分の仕事に価値を見いだす――という物語です。

 春香さんに読ませたくて、ネット注文で家族向けに5冊だけ作った冊子。

 それが2023年6月に、一般向けの絵本として三恵社から出版されました。

 きっかけとなったのが、前年8月に出版された両親の手記「春の香り」。

 貴宏さんと和歌子さんそれぞれの視点で、春香さんと過ごした日々をつづった本です。

 これを読んだ人が三恵社の編集者を紹介してくれて、絵本化が実現しました。

 さらに、「春の香り」の映画化も決まり、今年4月にクランクイン。

 春香さんが暮らした愛知県江南市を舞台に撮影し、来春の公開に向けて制作が進んでいます。

 「すべて春香の強い意思がつなげてくれたんだと思います。xくんからは『脳腫瘍になってバツをつけられた自分も、誰かの役に立てる。どんな人にも存在価値はあるんだから、自分らしく生きていいんだよ』というメッセージが伝わってきます」と貴宏さん。

 春香さんの願いが続々と形になっていることについて、和歌子さんはこう話します。

 「『春の香り』は個人的なことも書いていたので、本にするのに少し抵抗があったんです。でも、xくんを絵本にするための本だったのかな、と今は思っています。読んだみなさまの心に春香の思いが届けばうれしいです」

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