大ヒット中のドラマ『極悪女王』(Netflix)で主演を務めるピン芸人・ゆりやんレトリィバァ。今年12月から活動拠点をアメリカ・ロサンゼルスへと移す彼女のチャレンジは、どのようなものになるのか。これまでの経歴を振り返りながら、現在ニューヨークで活動する渡辺直美との共通点を含めて考える。(ライター・鈴木旭)
9月からNetflixで配信され、今月に入っても大きな反響を呼んでいる『極悪女王』(監督・白石和彌)。そんな話題のドラマで主演を務めるのが、ピン芸人のゆりやんレトリィバァだ。
作品の背景になっているのは、1980年代、大人気タッグチーム「ビューティ・ペア」が解散し、看板を失った全日本女子プロレス。そこで頭角を現したのが、長与千種とライオネス飛鳥によるタッグチーム「クラッシュ・ギャルズ」だった。彼女たちは歌手デビューをはじめ、ドラマやバラエティーに出演するなど幅広い活動で人気を獲得していく。そんな状況をさらにブーストさせたのが、ゆりやん演じる悪役プロレスラーのダンプ松本だった。
ドラマでは、複雑な家庭で育った松本香(後のダンプ松本)が全日本女子プロレスに入団し、先輩や長与、飛鳥ら同期の仲間たちと出会い、やがてクラッシュ・ギャルズとの抗争で日本中を熱狂させていく様を描いている。全5話という限られた時間の中で、演者とストーリーがシンクロする迫力。これが感じられるのは、潤沢な制作費と長い制作時間をかけるNetflixシリーズならではだろう。
2021年のオーディション合格後、出演者たちは撮影に入る前から毎日のように集まってトレーニングを行った。ゆりやんは1年半かけて45kgダイエットを成功させた矢先に、ドラマのために体重を増加、その後再び減量している。
今月4日放送の『あさイチ』(NHK総合)に出演したゆりやんは、「45kg減らして、40kg増やして、今30kg減らしました」と笑い、トレーナーの指示を受けながらじっくりと筋肉をつけていったと言及。加えて、ドラマのプロレス監修を担当した長与本人から「プロレスのことから当時の状況とか、実際のご本人たちのお気持ちとかまで教えてくれて」と感謝していた。
こうした念入りな準備が作品のクオリティーにつながったのだろう。全日本女子プロレス入団前後のピュアな少女から悪役レスラー・ダンプ松本へと豹変するゆりやんの姿には、得も言われぬ説得力があった。
今年12月から活動拠点をアメリカに移し、「ハリウッドスターを目指す」というゆりやん。ドラマ制作をともにした白石監督の映画『十一人の賊軍』(東映)への出演、自身が監督を務めた映画作品の公開が控える中、世界で視聴可能な『極悪女王』のヒットは追い風になったのではないだろうか。
これまでの経歴を振り返ると、ゆりやんの渡米は「意外」というよりも「有言実行」という言葉がしっくりくる。
幼少期にマイケル・J・フォックスが主演を務めるSF映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を見てアメリカへのあこがれが強まった。一方で、小学校2年のときに笑いに目覚め、発表会でクラスメイトと「吉本新喜劇」をそのまま真似たコントを披露している。
中学時代には、英語のスピーチコンテストに出場したり、姉の影響で洋楽を聴き始めたりと具体的な行動が現れる。高校受験時には、第一志望の学校に進学できたものの、受からなかった場合はアメリカ留学も考えていたという。
大学時代は文学部の「映像文化専修」を専攻。好きな洋画を観たり留学した友人と英語を話すようになったりして、自然と英会話を上達させていった一方で、ダンスサークルに入って踊りとヒップホップにもハマっていく。2012年、大学4年でNSC大阪校に入学し、翌2013年に首席で卒業。程なく2015年の『R-1ぐらんぷり』で3位になった。
一方、同年放送の『ナイナイの海外定住実験バラエティー 世界のどっかにホウチ民』(TBS系)出演時には英語力が生きた。番組から資金10万円を渡されアメリカ・ニューヨークに3カ月間滞在するというもので、同居人にアルバイト先を紹介してもらい、コメディーショーの舞台に立ち、ほのかな恋も経験するなど充実した生活ぶりがうかがえた。
その後、2017年の『女芸人No.1決定戦 THE W』、2021年の『R-1グランプリ』で優勝するなど賞レースで結果を残しつつ、バラエティーやドラマ・映画、CM出演のほか、NHKの『知りたガールと学ボーイ』(2019年~2022年レギュラー放送終了)に見られるような得意の英語を生かした番組も並行して進めていったゆりやん。
お笑い、英語、映画と、どの分野でも存在感を示す姿には風格さえ漂う。当然ながら、アメリカを拠点に活動するには現地語を扱える方が都合はいい。ゆりやんのキャリアは、すべてがアメリカ進出の布石にも思えるほど土台がしっかりしている。
以前から、アメリカ進出に向けての動きは見受けられた。その1つが、米NBCテレビのオーディション番組『アメリカズ・ゴット・タレント』への出演だ。
ゆりやんが出場した2019年以前は、ゴンゾー、ゆんぼだんぷ、ウエスPらがアジア版やフランス版などの『ゴット・タレント』に出場し注目を浴びていた。そんな潮流を読んでのことか、ゆりやんは自ら志願してアメリカ版に挑戦している。
黒づくめの衣装を脱ぎ捨て、角刈りのカツラ、星条旗の水着姿となったゆりやんは、ロックバンド・ヨーロッパの楽曲「ファイナル・カウントダウン」をバックに首や手首を機敏に動かす奇妙な踊りを披露。残念ながら落選してしまったが、パフォーマンス終了後に審査員と流暢な英語でやり取りする姿は堂々たるものだった。
前述の『あさイチ』で、ゆりやんはこの件に触れ「オーディション(筆者中:の映像素材を)出したときはぜんぜん違うコントを英語に直してやってたんですけど、現地でオーディションするときに、この水着とこのカツラで暴れるの楽しくて。直前で変えました」と語っている。どんな状況でもマイペースな姿勢を失わないのが彼女の凄さだ。
もう1つは、アリアナ・グランデに扮した“ゆりやな・グランデ”としての活動だ。
2017年にアリアナ・グランデのベストアルバム「THE BEST」の発売記念で公開されたアカペラ動画「デンジャラス・ウーマン」から始まり、今年3月に第4弾となるパロディー企画を実施している。
とはいえ、もっとも注目を浴びたのは2020年に渡辺直美とコラボしたレディー・ガガとアリアナ・グランデの楽曲「レイン・オン・ミー」のパロディー動画だろう。
この動画は、渡辺がレディー・ガガの制作チームの許諾を得てオリジナルの世界観を忠実に再現し、自身のYouTubeチャンネルで公開した本格的なパロディーだ。レディー・ガガ役の渡辺の太ももに刺さるナイフが串団子になっていたりと笑える場面もあるが、何より本家になり切った2人のダンスパフォーマンスが圧巻だった。
レディー・ガガ本人がTwitterで「Love this!!!(これ、大好き!!!)」と動画にコメントし、公開して1週間で1000万再生を突破するなど国内外を賑わせた。翌2021年に渡辺が本格的にニューヨークでの活動をスタートさせた背景を考えると、このコラボがゆりやんの海外志向を後押ししたことは想像に難くない。
渡辺とゆりやんに共通するのは、イメージを具現化する力ではないだろうか。今年8月に放送された『スイッチインタビュー』(NHK Eテレ)の「ゆりやんレトリィバァ×西剛志」EP1の中で、ゆりやんは自身がお笑いに目覚めた幼少期をこう振り返っている。
「私8歳のときに『吉本に入って芸人になりたい』って思ったんですよ。(中略)『なりたいな』『なれたらいいな』じゃなくて、『私お笑い芸人になるんだ』って思い描いたし、それを疑いなく『私は芸人になるもんなんだ』っていう。おごりではなくてナチュラルに『木曜日の次は金曜日になるんだ』みたいな感覚やったんですよ」
自分の感覚を信じて実行する姿勢は、芸人になってからも同じだ。昨年11月に放送の『情熱大陸』(TBS系)では、単独ライブの本番30分前に披露するネタを考え、8分前に食事するゆりやんの豪胆さが見られた。
また、ライブの舞台監督を務めるスタッフがゆりやんの芸風について「自分の感性だけって感じがしますね。お客さんに理解させようとかそういうことではなく、私はこれが面白いんだっていうことの追求な気はするんですけどね」と語っていたのが印象深い。
一方の渡辺は、アメリカのファンと全編英語でトークするPodcastの冠番組『Naomi Takes America』(2022年2月~)をスタートさせるにあたって、自身のアドリブトークにこだわったという。渡辺の英語力を心配したスタッフから「台本あったほうがいいんじゃない?」と提案されたが、彼女は「台本ないほうが絶対面白いから」と押し切り、“英語力のなさを生かしたトーク番組”として人気を獲得していった。<2022年6月に放送の『しゃべくり007』(日本テレビ系)より>
そんな渡辺の背中を追いかけるゆりやんもまた、チャレンジ精神と好奇心にあふれている。前述の『情熱大陸』の中で、ロサンゼルスにあるコメディ専門の小劇場でスタンダップコメディーのオーディションを受けた後のゆりやんの言葉が忘れられない。オーディションには合格したものの、爆笑を起こしたとは言い難い現実を受け、彼女は高揚した表情でこう語った。
「ぜんぜんウケないこととか、とんとん拍子に進んでないこととか……いいですね、これです。これこれ、この感じだよって思います。ゾクゾクさせてくれやって思いますね」
彼女の言う「ハリウッドスター」になれるかは未知数だが、彼女にアメリカのフロンティア・スピリットにも似たバイタリティーがあるのは、間違いないだろう。