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元ラーメンズ・小林賢太郎が作ってきたもの 古びない独自性

コントコンビのラーメンズ(2020年活動終了)の小林賢太郎さん(右)と片桐仁さん、2002年2月撮影。
コントコンビのラーメンズ(2020年活動終了)の小林賢太郎さん(右)と片桐仁さん、2002年2月撮影。 出典: 朝日新聞社

目次

今年のうるう日を前に自身のYouTubeチャンネル「スタジオコンテナ」に演劇作品『うるう』を公開した元ラーメンズ・小林賢太郎。彼個人やラーメンズからの影響を公言する芸人も多く、実際にそれを感じるスタイルも見られる。具体的に小林はどんなコントを作ってきたのか。改めてその特徴について考える。(ライター・鈴木旭)
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片方がまったくしゃべらない

2月20日、元ラーメンズ・小林賢太郎がYouTubeチャンネル「スタジオコンテナ」に自身の演劇作品『うるう』の公演映像を公開した。

うるう日を迎える9日前のタイミングで動画をアップし、その収益を今年起きた能登半島地震の被災地に寄付すると表明したのも彼らしい。2020年に芸能活動からの引退を発表しているが、その存在はいまだ大きいままだ。

現在のお笑い界を見渡せば、男性ブランコやダウ90000・蓮見翔などラーメンズの影響を公言する後続は少なくない。それは、小林ともう一人の元ラーメンズ・片桐仁でしか表現できない特有の世界観があったからだろう。

例えば、片方だけがしゃべり、もう一人は一言も発することのないコント。その一つである「現代片桐概論」は、教授役の小林が「教材用片桐仁」と書かれたランニングシャツと白パンツ、白靴下姿の片桐を背負ってやってきて教壇の横に置き、講義を始める。

その後は、小林が「謎の生物・片桐」について語る独壇場だ。基本的に片桐はペンギンのように手元を外側にそらせたまま微動だにせず、小林が講義の一環でパンツに手を突っ込むと何とも言えない微妙な反応を示す。そのシュールな状況がジワジワと笑いを誘った。

逆に片桐だけがしゃべり続ける「たかしと父さん」というコントもある。学生のたかし(小林)は自室で勉強に没頭している。そこに架空の父親(片桐)がやってきて、延々とたかしにかまってもらおうとはしゃぎ、勝手に話を展開してはボケ続ける。その妙な空気感に小林が笑いを堪えるものだ。

最近では、このパターンがお笑いコンビ・バッチトゥースの漫才で見られた。恥ずかしがり屋なボケが相方に耳打ちしながら展開し、口元を隠した手を避けると「耳を食べている」ことが発覚したりする。もちろんコントと漫才という違いはあるものの、いまだ片方がしゃべらないシステムが有効なのだと気づかされた瞬間だった。
 

特徴的なシステムが機能するコント

もう一つラーメンズのコントで特徴的なのが、「非日常の中の日常を描く」というコンセプトだ。

同時代に登場したバナナマン、バカリズムにもその要素を感じるが、もっとも意識的に実践したコンビはラーメンズだろう。2001年10月に放送された『トップランナー』(NHK総合)の中で、小林は前述の「現代片桐概論」についてこう語っている。

「あの教授は毎年、毎週、あの授業をやってる人なわけで、非常事態ではないんです。みなさんから見たら非常識な世界なんですけど、非常識な世界に住んでる人の常識をやってるわけですよ。ところが常識の世界の中で起こった非常識を描こうとしているものが多いし、自分もやってたなと思って(筆者注:それをやめた)」

第1回単独公演『箱式』から最後の公演となった『TOWER』まで、ラーメンズは一貫した世界観でコントを作り続けた。

現在バナナマンや東京03などの単独ライブをサポートする作家・オークラは、1990年代中盤に芸人として活動をスタートし、彼らと同じタイプのコントを実践していた1人だ。著書『自意識とコメディの日々』(太田出版)の中で、こうしたコントを個人的に“システムコント”と定義づけていたと書いている。

「『演じるコントの世界に1つのシステム(ルールや状況)を作り、そのシステムを前提としてお話を進めていく。そして、そのルールをお客さんに理解させたところで、展開のさせ方や崩し方でさらに笑いを作る』というものである。そのルール自体が笑える仕組みの場合もある」

ポテトチップスの袋を開封する専門業者とのやり取りを描くチョコレートプラネットの「業者」、木の樹液を好み懐中電灯の光に集まるおじさん虫が登場するハナコの「昆虫採集」といったコントでも、特徴的なシステムを生かして笑わせている。1990年代中盤以降、非日常的なシステムからネタを作る概念が生まれ、いまだ機能していることが興味深い。
 

ミニマルなセットと衣装

お笑いにアーティスティックな要素を盛り込んだのも、ラーメンズからではないだろうか。とくにシンプルな舞台セットと衣装は、そのイメージを拡大させたように思う。

コンビ時代のバカリズムも全身黒ずくめの衣装で舞台に立っていたが、彼らは日本映画学校(現・日本映画大学)の芝居の発表会で着ていた基本衣装(観客の想像をかき立てるよう、あえて着る地味な衣装)を気に入り、お笑いの世界に入ってからも採用したという。

一方、ラーメンズは意識的にミニマルな方向へと舵を切っている。公演内容とタイトルがリンクし、ベンチや机といったセットは箱イスで表現され、基本的な衣装は同色のセットアップ。いずれも美大出身らしいコント師のイメージを打ち出していた。

オークラは前述の『自意識とコメディの日々』の中で、出会ったばかりの頃との様変わりを「ラーメンズが化けていた」と表現し、その後、観た公演のクオリティーの高さをこう記している。

「1999年の第3回単独ライブ『箱よさらば』ではコントセット、衣装、幕間をすべて一番シンプルな状態までそぎ落し、見ているお客さんの想像力に委ねる形を完成させていた。このコントの世界観も相まってラーメンズの単独は、ほかの芸人の単独と一線を画し特別なブランドとして確立していった」

お笑いコンビ・キュウの単独ライブは、漫才公演でありながらラーメンズに近いミニマルな世界観が感じられる。暗転板付きでセンターマイクの前に登場し、ネタ終わりで照明が落ちるとピアノとセミの声が流れたりする。ネタとネタの間に幕間映像はなく、シンプルにネタを披露していくスタイルだ。

ネタ作成を担当するぴろは、2022年6月24日にFRIDAYデジタルで公開された「『必要ないものはすべて省く』お笑いコンビ・キュウが語る美学」の中で「演劇とか映画、落語とかを観て参考にした」「1本の筋で通して、構成とかストーリーに必要ないものはすべて省く」と語っている。

引き算で構成や演出を突き詰めていった結果、ラーメンズに近い単独ライブの世界観が確立されたのだろう。

映像を使ったパフォーマンス

最後に触れておきたいのが、映像を使って披露するネタだ。小林は自身のソロ公演で早くからこれを実践している。

2005年に開催された小林のソロ公演『ポツネン』では、人差し指と中指を交互に動かして映像の世界を歩いたり、泳いだり、駆け回ったり、飛んだりする「Handmime」を披露。また、続く2006年の公演『○ -maru-』では、スクリーンに映し出される「●」をベースに展開する「Paddle」が印象深い。

●は下手から飛んできたり、上から落ちてきたり、増幅したりする。これを小林が次々とラケットで打ち返せばメロディーになり、ラケットをバンっと叩けば●に足が生えて左右の端へと退散したりする。

一定のリズムで鳴り続ける音をベースに、映像と小林の行動がリンクするのが見ていて心地良い。ラストで影の強敵が現れて戦う展開も含め、まるでマジックを見ているかのような緻密なパフォーマンスが圧巻だった。

映像を使用したネタと言えば、2020年の『女芸人No.1決定戦 THE W』決勝で披露されたAマッソの映像漫才を思い浮かべる方が多いのではないだろうか。プロジェクションマッピングを使用し、漫才とリンクさせるこのネタには、放送作家・白武ときお、映像作家・柿沼キヨシが携わっている。こちらも作家性を感じさせる秀逸なパフォーマンスだった。

そのほか、基本的にナレーションによって進行していく「バースデー」(ラーメンズの公演『鯨』のコント)、マイペースで奔放な部長(片桐)と妙に数字に強い副部長(小林)の会話が光る「金部」(ラーメンズの公演『STUDY』のコント)など、その手法や要素は今でも若手のネタのどこかしらに見ることができる。

今後、演者としての活動は見られないにしろ、まだまだ小林には作家や演出家として新たな作品を生み出していってほしい。
 

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