連載
#32 イーハトーブの空を見上げて
壁一面の「五百羅漢」無数の視線に射抜かれ…聖者の見せる多様な表情
見知らぬ土地に転居した際には必ず、周辺の神社仏閣を訪ねて回る。
そこには地域の歴史や人々の願いが凝縮された形で詰め込まれている。
盛岡市名須川町にある報恩寺。
土蔵造りの羅漢堂に入ると、耳が痛くなるほどの静寂さと無数の視線に射抜かれて、一瞬、金縛りに遭ったように身動きが取れなくなった。
周囲の壁をぐるりと埋め尽くしているのは「五百羅漢」と呼ばれる約500体の仏像だ。
1731年(享保16年)から4年間かけて京都で9人の仏師によって作られた。
仏像が乗っている台座はすべて箱形であり、その裏側の文字から輸送の際に用いた箱がそのまま使われている。
当初、500体が納められたとみられているが、499体のみが現存している。
木彫の上に漆が塗られ、金箔(きんぱく)が施された仏像たちは、実に様々な表情を見せている。
泣き、笑い、嘆き、悲しみ、怒り、苦しみ、嫉妬、いらだち……。
来訪者に向かって何かを訴えかけようとしているように見える仏像もあれば、一人居眠りをしたり、隣と楽しそうに世間話に興じていたりするように見える仏像もある。
羅漢とは悟りを得た聖者を指し、「五百」とは「多数」を意味する。
499もの聖者たちは、聖者という位に上り詰めながらも、苦しみ、悲しみ、何かに必死にもがいているようにも見える。
極楽は存在しないのか。
生きるということはそれ自体が苦行なのか。
静寂の中、聖者たちが無言で語りかけてくる。
(2022年4月取材)
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