連載
#30 イーハトーブの空を見上げて
こんこんと湧き出る水の恵み 冬も夏も13度、愛される「大慈清水」
2022年4月、盛岡に転居した。地方取材網の統廃合で一関支局の閉鎖が決まり、新年度からは盛岡総局で働く。
私にとっては12年間で10回目の転勤だ。
一関では支局暮らしだったが、盛岡では新たにアパートを探さなければならなかった。
実は盛岡は入社以来、公私問わず旅行や出張で何度も訪れている大好きな街で、転勤がかなった際にはここに住もうと決めていた地区があった。
盛岡市鉈屋町(なたやちょう)である。
蔵や町屋など古い町並みが残るこの景観地区には、今も地域住民に愛されている「大慈清水(だいじしみず)」がある。
21世紀の今もなお、30万人都市の中心部から清らかな水がコンコンと湧きだし、地域の飲料水として使われているのだ。
井戸は六つに区切られている。
上流から「飲料水」「米とぎ場」「野菜、食器洗い」「洗濯物すすぎ場」「足洗い場」「野菜の土洗いなど」とそれぞれ用途が定められており、上流で使った水を上手に再利用する仕組みが採用されている。
かつては馬車の立ち入りが禁止されていた。
水温は夏冬とも13度前後。
「夏は冷たく、冬はうっすらと湯気が立つときがある。水がやわらかいのでお茶を煎れるときに良い」と住民は言う。
近くには豊かな水の恵みを受けて酒造店や豆腐店、喫茶店やそば店などが軒を並べる。
実際のアパートは近隣地区で借りた。挨拶を兼ねて訪れると、ちょうど近隣住民が集まって週に1度の清掃の最中だった。
「近くにアパートを借りました」と用水組合の理事に報告すると、理事は金歯を見せながら笑った。
「そうか、ここは住むには良いところだぞ。冬は相当に寒いが、水が良い。水が良いから、人間が良い。人間は半分以上が水で出来ているっていう話だからな」
(2022年4月取材)
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