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#16 コウエツさんのことばなし

大谷翔平選手のホームラン「ムーンショット」 由来は〝月〟じゃない

ドジャースの歴史と深い関係が…

MLBのYouTube動画のサムネイルでも、大谷翔平選手の本塁打を「MOON SHOT」として紹介しています=MLBの公式YouTubeチャンネルから
MLBのYouTube動画のサムネイルでも、大谷翔平選手の本塁打を「MOON SHOT」として紹介しています=MLBの公式YouTubeチャンネルから

「オオタニ ムーンショット!」
ドジャースに移籍した大谷翔平選手が放ったホームランが、こんな風に表現されていました。その由来は、月(ムーン)まで届くような……ではありません。実は、大谷選手が今季から所属するチーム・ドジャースと、深い関係があるというのです。言葉の意味を深掘りしてみました。(朝日新聞校閲センター記者・本田隼人)

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実はニューヨーク生まれのドジャース

大谷選手が放ったホームラン。大リーグ機構(MLB)の公式X(旧Twitter)やYouTubeチャンネルでは「オオタニ ムーンショット!」と表現されています。

みなさんも目にしたことがあるのではないでしょうか。

「ムーンショット(Moon Shot)」は「高々と上がった大きな当たり」という意味ですが、その由来は「月」ではないというのです。

MLBやドジャース球団の資料から、「ムーンショット」という言葉と、ドジャース球団の歴史をひもといてみました。

ドジャースといえば、アメリカ西海岸・ロサンゼルスの名門球団。しかし、創設から一貫してロサンゼルスを本拠地にしているわけではありませんでした。

今から140年前、前身の球団がニューヨークで誕生しました。

何度かホーム球場を移転し、1913年からはブルックリン地区にあるエベッツ・フィールドを使用。当時としては珍しい、劇場のような豪奢(ごうしゃ)な球場だったようです。

1913~1957年にドジャースが本拠地としていた、ニューヨークのエベッツ・フィールド=ロサンゼルス・ドジャース提供
1913~1957年にドジャースが本拠地としていた、ニューヨークのエベッツ・フィールド=ロサンゼルス・ドジャース提供

ちなみに「ドジャース」が正式な球団名になったのは、創設から50年後の1932年。

ニューヨークの街を走る路面電車を“dodge=かわす”ようにして行き来するファンらが”dodgers”と呼ばれていたことに由来します(ちなみにドッジボールの「ドッジ」も、“dodge=かわす”の意味です)。

そんなエベッツ・フィールドも、徐々に老朽化が進んでいきます。

1950年に筆頭オーナーとなったウォルター・オマリー氏は、新球場の建設計画を立てます。5万5千もの観客席を備えた巨大なドーム球場に、映画館なども設置する壮大な計画でした。

しかし、計画は難航します。新球場は「交通渋滞の原因になる」と、当局が難色を示したのです。交渉は数年にわたったものの、業を煮やしたオマリー氏は、ほかの都市に目を向けました。

それがロサンゼルスでした。

ロサンゼルスの「変な球場」

1957年にロサンゼルス移転を発表し、名称も「ロサンゼルス・ドジャース」となりました。

ただし、新球場となる現在のホーム球場「ドジャースタジアム」で試合が始まったのは1962年。それまでの1958~1961年シーズンは、車で10分ほど離れた「ロサンゼルス・メモリアル・コロシアム」で試合を行っていました。

ロサンゼルス移転後から現在の本拠・ドジャースタジアムが完成するまで本拠地としていた、ロサンゼルス・メモリアル・コロシアム=ロサンゼルス・ドジャース提供
ロサンゼルス移転後から現在の本拠・ドジャースタジアムが完成するまで本拠地としていた、ロサンゼルス・メモリアル・コロシアム=ロサンゼルス・ドジャース提供

ロサンゼルス・メモリアル・コロシアムは、昨年に100周年を迎えた、街のシンボルともいえるスタジアムです。1932年と1984年に開かれたロサンゼルス五輪のメイン会場にもなりました。

ただしこのスタジアム、野球場にしては、なんとも「変な球場」でした。

本塁からライト(右翼)ポールまでの距離が134メートルあるのに対して、レフト(左翼)ポールまでの距離は76メートルと、極端にいびつな形をしていたのです。

日本のプロ球団のホーム球場が、本塁からセンター(中堅)まで118~122メートル、両翼94~101メートルであることを考えると、ライトスタンドがどれほど深く、逆にレフトスタンドがどれだけ浅いかが分かります。

もっとも、これほどアンバランスなのには理由がありました。この球場、もともとは大学のアメリカンフットボールチームの本拠地なのです。これを野球場として使うほうに、無理があったというわけです。

逆方向に本塁打連発…いつしか「ムーンショット」

このような状況では当然、レフト方向に打球を飛ばしてホームランを狙うバッターが出てきます。

その一人がドジャースの、ウォーリー・ムーン選手(1930~2018)でした。

ムーン選手は左バッターでしたが、それまでの打撃フォームを改造し、引っ張ってライト方向に打球を飛ばすのではなく、反対のレフト方向へ高々と飛球を放つようになりました。

1959~1965年にドジャースに所属していたウォーリー・ムーン選手=ロサンゼルス・ドジャース提供
1959~1965年にドジャースに所属していたウォーリー・ムーン選手=ロサンゼルス・ドジャース提供

彼はロサンゼルス・メモリアル・コロシアムを本拠としていた3シーズンに、ホームランを19本(1959年)、13本(1960年)、17本(1961年)と、合計で49本放っています。

野球記録の専門ウェブサイト「ベースボール・レファレンス」によると、そのうちコロシアムでレフト方向に放ったアーチの合計が26本で、実に半数以上を占めています。

いつしか左バッターであるムーン選手の「逆方向」への大きな飛球は、野球記者の間で、こう呼ばれるようになりました。

「ムーンショット!」

そして現在では、これが「大きな当たり」という意味に転じて、大リーグでおなじみのフレーズになっているのです。

現在のドジャースの本拠、ドジャースタジアム=2018年、朝日新聞社
現在のドジャースの本拠、ドジャースタジアム=2018年、朝日新聞社

偶然とはいえ、ムーン選手の英語のつづり「Moon」と、月のムーン「Moon」のつづりは全く同じです。

そのこともあってか、「ムーンショット」が「月まで届く」ような大飛球のことだと誤解してしまっている人がいるかもしれません。かくいう私も、今回の取材をするまではそう思い込んでいました……。

3月20日開幕の大リーグ。今シーズンはバッターに専念する大谷選手ですが、昨年の44本を超える「ムーンショット」が見られるよう、期待を込めて応援していきたいです。

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