医師が自宅を訪れる“往診”をアプリで気軽に頼めるサービスが岐路に立たされている。複数の事業者が、提供を終了することや、利用者に負担増を求めることを相次いで発表。理由として挙げられたのは「診療報酬改定」だった。何が起きているのか。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)
2月29日、株式会社ノーススターが運営し、「育児のそばに、寄り添う医療を」とうたう「キッズドクター」が、往診サービスの終了を発表した。地域ごとに4〜5月頃にかけて順次、対応を終了するという。オンライン診療サービスについては継続するとした。
往診サービス終了については「提携している往診事業者のサービス終了に伴い、キッズドクターでも往診サービスのご提供を終了することとなりました」と説明した。
同日、ファストドクター株式会社が運営する往診サービス「ファストドクター」も、「夜間休日の救急往診事業の今後に関しまして」と題したステートメントを発表。
「大変心苦しいながらも令和6年3月1日より、診療費以外の一部の費用については患者様に直接自己負担をいただく取り組みを開始することにより、救急往診事業の存続を模索してまいります」として、利用者に負担増を求める予定であることを明かした。
理由としては「令和6年2月14日に厚生労働省から発表された令和6年度 診療報酬改定において、救急往診事業に関して厳しい評価の見直しが発表され」「この大幅な減額により、医療機関が医師・看護師の人件費を含む多くの支出を支えることが困難」になったことを挙げた。
2月16日には、株式会社コールドクターが運営する「みてねコールドクター」が、往診サービスの終了を発表していた。
終了理由について「今後の往診に関する診療報酬改定に伴う市場の変化を見据え、 『みてねコールドクター』の往診を終了することを決定いたしました」と説明。往診サービスの利用は2024年3月31日20時59分までは受け付け、オンライン診療、医療相談は引き続きサービスを継続するとした。
では、往診サービスの提供終了につながった「診療報酬改定」の内容とはどのようなものだったのか。
2年に1度、見直され、医療機関の収入を左右する診療報酬。その改定案が、2月14日の厚生労働省の中央社会保険医療協議会総会で了承された。
幅広い医療従事者の賃上げに充てるため、初・再診料や入院基本料などの基本的な報酬を引き上げられたことが注目された。マイナンバーカードを健康保険証としても利用する「マイナ保険証」を後押しする報酬などが新設されたほか、患者にも負担を求める形だった。
その中で、往診に関する診療料にも変化があった。「普段から訪問診療を受けていない患者等」、つまり前述の往診サービスの利用者層の緊急往診や夜間等の往診は厳格化され、低い設定になった。
そのため、改定案の発表後、前述の往診サービスの動向が、SNSなどで注目を集めていた。「みてねコールドクター」は、その迅速な反応がかえって話題を呼び、それから2週間ほど経って、他の事業者が方向性を示したという流れだ。
東京都で訪問診療を主とする「おうちの診療所」を運営する石井洋介医師は、今回の診療報酬の改訂内容について「保険診療で後押しするべきは、具合が悪くなったときにだけ駆けつける医師ではなく、日常を守るかかりつけ医、というメッセージだと感じた」と話す。
「緊急往診や夜間等の往診の診療報酬を手厚くすることで、不必要な救急搬送を減らし、医療現場の負担が軽くなることが期待されていましたが、実際には救急搬送は減らず、ほとんどが小児科領域の往診だったというデータもあります。コロナ禍という特殊な環境下では助かった人も多いと思いますが、以後も保険診療で行う意義は以前から議論されてきました。
本来、医療制度の設計で問われるべきは、いかに地域の医療の負担を減らすかということ。どれだけ往診をこなせるかではなく、予防的アプローチや情報共有など日中にできることをかかりつけ医が徹底することで、往診の負担を減らす方向性が望ましいと感じます」