動物などが「何をやっているかは知らない〜」と歌うCMを10年以上継続する日清紡ホールディングス(HD)。自社のPRにおいて、事業の説明を省き、社名だけを訴えるという大胆な施策は、どのような効果を上げているのでしょうか。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)
日清紡HDが「何をやっているかは知らない〜」と歌うCMを放送し始めたのは2012年から。広報の宮木裕子さんは、当初から「若年層への認知度を高めること」「採用活動を有利に進めること」が狙いの一つだったといいます。
同社は現在、東証プライムに上場する大企業。綿紡績を祖業とし、年配の人の知名度は高い状況です。
2000年代中盤以降、企業買収で事業再編および企業規模の拡大を繰り返してきた経緯があり、現在の事業内容は「無線・通信」「マイクロデバイス」「ブレーキ」「精密機器」「化学品」「繊維」「不動産」その他と多岐にわたっています。
そのため、まさに同社CMが歌うように「名前は知ってるけど~」「何をやっているかは知らない〜」(知られていない)という課題感がありました。そして、それが直接的に影響するのが、新卒学生の採用活動の場でした。
人事・採用を担当する田邉菜々子さんは、採用活動での苦労を「やはり、知名度が高くないと、そもそも学生が就職先候補として挙げてくれない」と説明します。
「現在は就活情報サイトで就活をする学生さんがほとんどですが、そうしたサイト内で企業を検索するとき、当然、社名を知っている企業から見ていくことになります。応募する企業数にも限りがある中で、知名度が低いのは大きなハンデです」
そこで生まれたのが、社名のPRに振り切った前述の「何をやっているかは知らない〜」のCMでした。同社の調べによると、実際、CMの放送開始から2年後の2014年には、テレビCMがきっかけで応募してきた学生の割合が44%と過去最高を記録しました。
2015年、2019年にも33%と高い数字をマーク。コロナ禍の2020年はテレビCM未放送でしたが、再開した2021年以降と変わらず、近年は20%台をキープしています。5人に1人以上は、あのCMがきっかけで同社に応募していることになります。
日経企業イメージ調査の企業認知度も、2011年の約85%から、CM開始の2012年には約90%に上昇しています。2018年には過去最高の94%をマーク。継続してCMを放送することで、企業認知度も上がることになります。
同社のような企業間取引(B to B)企業であっても、これは大きなメリットです。取引先の信頼や投資家の関心を集めるだけでなく、従業員にとっても、社名が世の中に広く知られることはモチベーションにつながるからです。
同社はこのCMを、著名なCMのクリエイティブディレクターに依頼して制作。当時の広報担当者らの案に、当時の経営陣がゴーサインを出したことで実現したものでした。
最初に放送されたのは「犬」。以来、著名人以外は基本的に動物を起用していますが、もともと犬を選んだことに大きな意味はなかったそう。「犬と人が二人羽織をしていたらおもしろいのでは」というクリエイティブディレクターの案を全面的に信頼して制作されたものでした。
「関係者の中には、『何をやっているかは知らない〜』ではなく、事業内容を訴求すべきと考える者もいたようです。大胆な施策ですが、そこは当時の経営陣がチャレンジを応援し、結果的にこうした成果に結びつきました」(宮木さん)
いまだに同じ意見を持つ関係者もいるそうで、社員間や関係者とのコミニュケーションを充実させていくことは課題ですが、「現在はまだ引き続き社名のPRを続ける段階」であり、このCMをすぐに変えるつもりはないとします。
「就職説明会でも、一つひとつの事業内容を簡単に紹介するだけで、かなりの時間がかかってしまいます。弊社は充実したホームページを制作しており、『サイトをチェックしてください』と伝えるためにも、まず社名を知ってもらうことは引き続き重要だと考えています」(田邉さん)