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IT・科学

医療機器が入手できなくなる?未来の危機 世界との競争力を育む挑戦

医療機器に特化した学科を設置予定の神戸大学医学部の附属病院
医療機器に特化した学科を設置予定の神戸大学医学部の附属病院 出典: 朝日新聞社

目次

過去最大の貿易赤字が問題になる中、私たちのライフラインである医療の分野にもその影響が及んでいます。実は現在、年間1.8兆円の輸入超過となっているのが、検査・診断や治療のための医療機器。輸入に頼りすぎると、国内での技術の研究開発が滞るだけでなく、世界情勢の変化などにより、必要な医療機器を日本が継続して入手できなくなるおそれもあります。世界との競争力を育む試みを取材しました。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎)
 

貿易赤字は年間1.8兆円までに

厚生労働省医政局は「世界の医療機器産業市場は今なお成長を続ける産業の一つ」としています。しかし、同局によれば、その貿易収支はいま約1.8兆円の輸入超過(令和3年『薬事工業生産動態統計年報』より)、赤字となっています。

経済産業省の資料『我が国医療のイノベーション加速化に関する研究会資料 我が国医療機器産業の現状』(2017)では、日本と世界の市場規模の差が下記のように紹介されています。

“世界の医療機器産業は2016年においては約3,400億ドル(約37兆円)と推計されている”
“日本は200-300億ドル(2-3兆円)前後を推移しており、世界全体の8%程の市場規模となっている”

売上高ベースでは、オリンパス社やテルモ社が、国際的な調査で20位台につけていますが、上位はほとんどが欧米の企業です。というのも、国内の企業が大きなシェアを占めるのは内視鏡やカテーテル、人工心肺など限られたいくつかの医療機器のみで、世界的には市場規模が小さいという特徴があります。

一方、市場規模が大きいのはCTやMRI、人工関節や放射線治療装置などの分野で、これらにおいては欧米の企業のシェアが大きく、したがって売上高も大きくなっています。

現在、医療機器については、輸入に頼りすぎることで、国内の技術の研究開発が滞っていると指摘されています。画期的な医療機器を開発できれば大きなチャンスがあるのに、その芽が育ちにくいのです。

また、特に治療に必要な医療機器が、世界情勢の変化などにより、継続して日本で入手できなくなれば、私たちの生活に直接の影響を与えかねません。

こうした事情を背景に、厚労省は「将来にわたり国民に安定的に質の高い医療が提供される環境を整備するためには、質の高い医療の提供に資する革新的医療機器を我が国において創出できる体制の整備が重要である」と提言しています。

また、経産省は「医療機器産業を取り巻く課題について」という2023年6月の研究会の資料の中で、一つ目の課題として「人材育成(若手研究者支援、異業種人材リスキリング)」を挙げ、下記のように述べています。

“医療機器分野の更なる成長に向けては、臨床開発、薬事・保険戦略、製造、ITなどさまざまなスキルが必要であり、多様な人材育成が不可欠”
“破壊的イノベーションの創出には、優れたシーズをもつ若手研究者の活用が重要であるが、諸外国と比べて若手と企業の共同研究への取り組みが少ない”
 

国産手術支援ロボットの登場

そんな中、国産の新しい医療機器を開発する動きもあります。その一つが「手術支援ロボット」です。

手術支援ロボットの分野では、米インテュイティブサージカル社の「ダビンチ」が有名で、国内でもシェアを独占している状態です。

ロボット手術は、腹や胸に小さな穴を開けて内視鏡や手術器具を入れて行う鏡視下手術を発展させたもので、術者は3Dモニターを見ながら遠隔操作します。このとき、術者の手の動きがコンピュータを通じてロボットに伝わり、手術器具が連動して手術します。

そもそも腹腔鏡手術や胸腔鏡手術は開腹手術に比べて傷が小さく出血も少ないため、体への害の程度が低いとされますが、手の動きが難しく、トレーニングを積んだ熟練の技術が必要だという課題がありました。ロボットは手ぶれを防ぎ、精緻な動作を可能にします。

このような理由で大きな話題を集め、世界的にも、そのシェアはダビンチ一強の状態が続いています。

このような状況の中、日本発でダビンチに挑むのが、「ヒノトリ」という手術支援ロボットです。産業用ロボットの大手メーカーである川崎重工業と、医療機器メーカーのシスメックスが共同出資し、2013年に設立したメディカロイド社が開発しています。

開発には神戸大学が協力。2015年の開始から5年をかけ、2020年8月に国産手術支援ロボットとしては初めて製造販売承認を取得しました。その後、現在は同大の学長である医師の藤澤正人教授(当時)たちが、2020年12月にヒノトリを用いた初めての手術を行い、成功したと発表しています。

手術が実施された同大の国際がん医療・研究センター(ICCRC)は神戸市の先端医療産業特区である人工島「ポートアイランド」に位置し、ヒノトリを商用の5G通信で遠隔操作する世界初の実証実験の舞台にもなりました。

当時、藤澤教授は朝日新聞の取材に「医療機器開発は、技術者だけではできない。医療者と技術者の密接な連携が必要」「ニーズを伝えて、いっしょに開発してきた。社会実装まで漕ぎつけることができた」と、ヒノトリ開発を振り返りました。
 

全国でも極めて珍しい新学科

その神戸大学で、医療機器開発において、世界との競争力を育む新しい取り組みが始まっています。

神戸大学は2023年3月、医学と工学を融合した医学部の新学科「医療創成工学科(定員25人予定)」を2025年4月に設置する計画を発表しました。大学院には2023年4月にすでに「医療創成工学専攻(定員15人/修士・8人/博士)」が設置されており、一貫教育を想定しているといいます。

新学科で育成するのは、医学と工学の知識を併せ持ち、医療現場で自らニーズを見つけ、その解決のためのものづくりができる人材。同大は、医学部の中に「医療機器の開発」に特化した学科を設けるのは、全国でも極めて珍しい事例だとします。

すでに設置された専攻では、多様なバックグラウンドを持つ学生が集まって、医療現場を重視した教育環境で演習・実習が行われており、実使用に堪える医療機器を開発するための複数の開発プロジェクトが動き出しているそう。

ものづくりの素養を身につけることを目標とする新学科に対して、専攻では市場に流通する医療機器開発を目標としているということでした。

有望な開発プロジェクトが生まれれば、地元を中心とした企業への技術移転や起業により、医療機器開発のエコシステムが構築できるとうたう同大。大学だけでなく、神戸市中心として、自治体とも協力したプロジェクトです。

新学科では実践にも取り組みながら、ものづくりの考え方を育み、臨床工学技士の国家資格の受験資格も得られる予定です。また、卒業後の進路は医療機関以外に、医療機器メーカーや一般企業、そして起業や、規制当局への入局も想定されているということでした。

今後、開発の場となるのは前出のICCRCと直結する7階建ての新しい建物で、2024年度中に完成する予定です。ICCRCの医師や研究者、ポートアイランドの医療関連企業と連携して開発することを想定しています。

いわゆる「医工連携」はこれまで度々、叫ばれてきた日本の医療の課題です。一方で、大きな成果が挙げられていないのも実情。そのため、政府も医療機器開発を支援する取り組みを強化しようとしています。

その点では、ヒノトリ開発という前例がある神戸で、新専攻・新学科、そして新拠点を設置して取り組むというのは、本気度の高い挑戦であるとみることができます。
 

国内に強いプラットフォームを

新学科と専攻での取り組みについて、同大の村垣善浩教授と向井敏司教授に話を聞きました。

村垣教授は主に医学を専門とし、「悪性脳腫瘍の新治療開発」「スマート治療室での手術ナビゲーション」「新規治療機器やスマートロボット開発」などのアプローチをしてきました。

向井教授は主に工学を専門とし、「材料工学に基づく低侵襲治療用材料開発」「締結用クリップ、骨固定用インプラントの開発」などのアプローチをしてきました。

医学と工学の専門家をそろえ、双方向から医療機器の開発を推進するという構図です。このように、医学部の中に工学系の学科を設置するメリットを、村垣教授は「アンダー・ワンルーフ」という言葉で表現します。一つ屋根の下で共に開発に取り組むことで、新たに生まれるものがあるということです。

村垣教授は「医学系の教室と工学系の教室とでは、どうしても文化の違いが生じます。根本的に新しいことをするためには、まずこの垣根を取り払うことが大事だと考えました」と話します。

向井教授は「ニーズ起点でものづくりをするにあたり、工学部の中に設置すると医療現場のニーズが汲みにくい」という課題を挙げます。

「同じ大学とはいえ、医療現場のスタッフは医学部のスタッフ。医学部の中に設置することで、例えば手術室に入るなど心理的・制度的なハードルは低くなります」(向井教授)

また、これまでの国内の医療機器開発について、村垣教授は「開発初期段階から『どうやってマネタイズするのか』という戦略が欠けていた部分もある」と指摘。新学科では、診療報酬制度やビジネスモデルなどを考慮した医療機器を開発できる力を養うということでした。

医療関係者の中には「ものづくりが好きな人も医療機器開発の才能がある人もたくさんいる」といいます。村垣教授自身もこれまで「スマート治療室」などIoTと医療を掛け合わせた事例に成功してきました。

一方で「たくさん我流でやってきてしまった」とも振り返り、新専攻や新学科では「ぜひ体系化した教育で開発人材を育てたい」とします。

一般的に、実使用に耐える医療機器が生まれる確率はほんの一握り。ですが、向井教授は、開発の初期から工学系の視点を併せ持つことで「本当に使われるモノ、(医師や患者さんの)ためになるモノを生み出せる確率が高くなる」と語ります。

神戸大学が目指すのは「欧米に負けない医療機器開発のプラットフォームを神戸で作る」こと。大きな挑戦が始まっています。
 

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