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連載

#8 イーハトーブの空を見上げて

体の奥にしみこむ「本物のわらび餅」 豊饒な土と雪解け水が育んだ

西和賀産の「本わらび粉」を使ったわらび餅。ねばりが違う
西和賀産の「本わらび粉」を使ったわらび餅。ねばりが違う
「イーハトヴは一つの地名である」「ドリームランドとしての日本岩手県である」。詩人・宮沢賢治が愛し、独自の信仰や北方文化、民俗芸能が根強く残る岩手の日常を、朝日新聞の三浦英之記者が描きます。
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イーハトーブの空を見上げて

豪雪地帯の豊かな土壌と雪解け水

初めて本物のわらび餅を食べた。

岩手県中西部。秋田県との県境に「わらびの里」と呼ばれる西和賀町はあった。

奥羽山脈の背骨に位置する国内有数の豪雪地帯だ。

豊饒な土壌と手が切れそうな雪解け水。

抜群の環境で育てられる良質な「西わらび」は、色合いが鮮やかで粘りが強く、町の特産品になっている。

観光農園の「つきざわワラビ園」では、2.7ヘクタールのわらび園が一般開放されていた。

「毎年来ているが、今年のわらびは特に太くて長くてとても良い。おひたしにして食べるのが楽しみだ」と盛岡から来たという男性はうれしそう。

「上手にアク抜きをして、おいしく食べてくださいね」と観光農園の代表もやはり、うれしそうだ。

特産わらび餅、口に含むとトロっと…

西和賀町のもう一つの特産は、西和賀産の本わらび粉を使ったわらび餅だ。

老舗菓子店「お菓子処たかはし」の2代目・高橋忍さんが教えてくれた。

わらび粉は本来、わらびの根から採取したでんぷんで、根全体からほんのわずかしか採れない。

純度100%のわらび粉は「本わらび粉」と呼ばれ、精製に多くの手間と時間が掛かることから、希少で高価になっている。

特に西和賀産の「西わらび」から採った本わらび粉は、ねばりが強く、色が透き通っていると評判らしい。

「食べてごらん」とできたてのわらび餅を手の平に乗せてくれた。

口に含むと、漿(しょう)のようにトロっと体の奥に染みこんでいく。

「全然違うでしょ? 市販のわらび餅の多くは、わらび粉ではなく、加工でんぷんで作られているんだ。とろけるような食感と、奥行きのある味。これが本物のわらび餅の味なんだ」

貴重な本わらび粉を使えば当然、単価は高くなる。

「西わらび粉」を100%使用した「西わらび餅プレミアム」は6個入りで1200円。

20%使用の「スタンダード」は9個入りで600円。

ふるさと納税の返礼品としても提供しているが、人気が集中し、昨年冬の注文分の発送さえ追いつかない。

「その日のうちに召し上がってね」と妻の久美子さんがお土産を持たせてくれた。

「本わらび粉を使ったわらび餅は冷蔵庫に入れると硬くなってしまうから」

片栗粉の多くが今はカタクリからはできていない。

わらび餅の多くもわらびからは作られていない。

私は都会で、これまで何を口にしてきたのだろう。

(2023年5月取材)

三浦英之:2000年に朝日新聞に入社後、宮城・南三陸駐在や福島・南相馬支局員として東日本大震災の取材を続ける。
書籍『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で開高健ノンフィクション賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で小学館ノンフィクション大賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で山本美香記念国際ジャーナリスト賞と新潮ドキュメント賞を受賞。
withnewsの連載「帰れない村(https://withnews.jp/articles/series/90/1)」 では2021 LINEジャーナリズム賞を受賞した
 

「イーハトヴは一つの地名である」「ドリームランドとしての日本岩手県である」。詩人・宮沢賢治が愛し、独自の信仰や北方文化、民俗芸能が根強く残る岩手の日常を、朝日新聞の三浦英之記者が描きます。

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