何が気づきだったかと言えば、子どもを目の前にすると、自分もワクチン接種によるナラティブ(物語)を想像するようになった、ということです。
より具体的に言えば、「もし親がワクチン接種をさせて、子どもに何かあったらどうしよう」というストーリーです。
私はなるべく「感情的ではなく合理的でありたい」と考えています。そんな自分でも、このようにマイナスのストーリーにとらわれるというのは、驚きでもありました。
もともと、例えば副反応の起きる割合などについては、数字で高い低いを判断していました。しかし、どんなに低い割合でも、自分の子どもがそのn=1になってしまったとしたら……と思うと、判断にも迷いが生じます。
ここで、2014年に発表された、ワクチンの推奨に関する有名な研究を紹介します。
Effective messages in vaccine promotion: a randomized trial - Pediatrics. 2014 Apr;133(4):e835-42. doi: 10.1542/peds.2013-2365. Epub 2014 Mar 3.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24590751/
米ダートマス大学の研究チームによる、ワクチンに対する情報提供と接種意欲の関係について検討した研究です。
子どもを持つ親1759人をランダムに5群に分け、MMRワクチン(麻疹・ムンプス・風疹混合ワクチン)についてそれぞれ別の方法で情報を提供、接種への意識の変化を調べました。
MMRワクチンについては、「自閉症のリスクになる」という誤解が根強いため、テーマに選ばれました。前述の“別の方法”とは下記の通りです。
a.ワクチンと自閉症には関係がないことをデータで示す
b.ワクチンで防げる感染症がいかに危険かをデータで示す
c.感染症にかかった子どもの写真を見せる
d.感染症で重症化した子の親のナラティブを聞かせる
e.ワクチンとは関係のない情報を聞かせる
その結果、対照群のe.と比較した結果は、「すべての群に有意差なし」でした。噛み砕いて言えば、いずれのアプローチも効果がなかったのです。
さらに、a.ではもっともワクチンに対して忌避感が強かった人たちの接種意欲がかえって有意に低下。c.とd.ではむしろ、ワクチンと自閉症の関連を疑う人が増えたり、重大な副作用を心配する人が増えたりしていました。
研究グループはその理由として「逆噴射効果」、つまり「人が自分の信条に反するデータを示されると、よりそれに固執する傾向」や、「危険プライミング効果」、つまり「恐怖や不安などの状況下で提示される情報には、忌避感が生じやすい傾向」が考えられるとしています。
この研究から、コロナ禍の恐怖や不安が強い状況下では、正しい情報を示しても、危ないと脅かしても、受け入れやすそうな近い属性のナラティブを聞かせても、結局、人は自分の思い描くマイナスのストーリーから逃れられないのではないか、とも思ってしまったのでした。