連載
#86 夜廻り猫
汗びっしょりの配達員 麦茶の一杯もあげたかったけれど… 夜廻り猫
ペットボトルのお茶の賞味期限を確認しようとして、老眼で困っていた男性。自分で飲むためのお茶かと思いきや――。「ハガネの女」「カンナさーん!」などで知られる漫画家の深谷かほるさんが、SNSで発表してきた「夜廻り猫」。今回は、自宅に冷やしたお茶を用意していた男性のエピソードです。
きょうも夜の街を回っていた、猫の遠藤平蔵。心の涙の匂いに気づきます。
男性がひとり、自宅でお茶のペットボトルを手に、目をこらしていました。「小さい字が見えなくて」
遠藤は「賞味期限は来年の2月だそうです。大丈夫、飲めますよ」と声をかけます。
すると男性は、「いや、それは……」と先日、宅配便が届いたときの出来事を語り始めました。
荷物を受けとるときに手がふれたら、「指先までぐっしょりぬれてたんだ」「麦茶の一杯もあげたかった でも今時、迷惑かなとためらわれた」と振り返ります。
そこで「今度はこれをあげよう」とペットボトルのお茶を買ってきた男性。
「ところが、それから宅配便が来ない」と男性は笑います。
「また来るかね」とほほえむ男性。遠藤は「来るといいなー」と笑顔で応じるのでした。
作者の深谷さんは「人間同士の『一瞬のやりとり』が減ったんじゃないか」と感じて、今回の作品を描いたといいます。
あるとき、犬を飼っている知人が「犬もけっこう言葉を理解するよ」と話してくれたそうです。
「特に『かわいい』なんかはよーく分かってて、散歩中にすれ違う人から『かわいい〜』なんて言われると、尻尾ブンブン振って、さっきまでダラダラしてたのに一気に元気になるからねー」
深谷さんは「言った人も、褒められた犬の飼い主もちょっとうれしくなりそうな一瞬が想像されて、『アッハッハ、それはいいね』などと言い合っていたのです。でも、人間同士だと、そんな一瞬のやりとりも減った気がするんです」と話します。
「失礼な言葉や、無神経な振る舞いを理解して避けられるようになったことはいいことですが、してもいいことやかけてもいい言葉がなくならないといいな、とも思うのでした」
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