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連載

#14 コウエツさんのことばなし

辞書も〝バズる時代〟マニアが伝える魅力 人くさく、身近になった

辞書の面白さをYouTube「辞書部屋チャンネル」で発信している見坊行徳さん。祖父は有名な辞書編者でした=2023年7月、東京都内、本田隼人撮影
辞書の面白さをYouTube「辞書部屋チャンネル」で発信している見坊行徳さん。祖父は有名な辞書編者でした=2023年7月、東京都内、本田隼人撮影 出典: 朝日新聞

目次

子どもの頃に買った国語辞典、最後に引いたのはいつの日か。重い、引くのが面倒、ネットで分かる――。国語辞典には逆風が吹きますが、メールやネット投稿など、誰もが書いて発信する今、ことばの意味や使い方を確かめる機会は増えています。「辞書を引くのは宝探し」と、いま、若手の「辞書マニア」たちが辞書の面白さを発信しています。(朝日新聞校閲センター・丹羽のり子)

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YouTubeでもイベントでも辞書トーク

辞書マニアとして、辞書の面白さを発信している「辞書ソムリエ」の見坊行徳(けんぼう・ゆきのり)さんを、今夏、校閲センターのメンバーが取材しました。

東京都内にある見坊さんの「辞書部屋」は、辞書好き仲間の蔵書を含めて千冊以上が並ぶ〝基地〟。時にはYouTube「辞書部屋チャンネル」の動画配信スタジオに変わります。

「辞書部屋」の本棚には多くの辞書が並んでいます=2023年7月、東京都内、本田隼人撮影
「辞書部屋」の本棚には多くの辞書が並んでいます=2023年7月、東京都内、本田隼人撮影

7月下旬には、東京・阿佐ケ谷のイベントスペースで、夜通しで辞書を語るイベント「朝まで〝生〟辞書部屋チャンネル」を開催。辞書好きの参加者数十人が聴き入りました。

「時間が足りないですね」と深夜に始まったトークは、5時間も続きました。語り手は、「辞書部屋チャンネル」で発信している見坊さんと「辞書コレクター」の稲川智樹さんの二人です。

小学館「現代国語例解辞典」を参考にした「類語対比表クイズ」をはじめ、稲川さんが念願の「マイ辞書部屋」をつくったメーキング話、辞書トリビアクイズなど、参加者をあきさせません。

なかでも見坊さんが発表した「辞書ブーム この十年」では、辞書と使い手との新しい関係を実感しました。

辞書ブームの10年 「人くさく」なった辞書

そもそも、辞書ブームの元祖は、赤瀬川原平の随筆「新解さんの謎」(1996年)だといいます。新明解国語辞典(3・4版)の「恋愛」の項目が話題になったのです。

【恋愛】=特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで、一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持を持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる・(まれにかなえられて歓喜する)状態。

この語釈を読んで、赤瀬川さんは「読書のような気持になった」「辞書にあるまじき細かさ」と、おもしろがりました。

「新解さんブームで『新明解国語辞典』がネタになり、現在はあらゆる辞書がネタになった」と見坊さんは言います。

直近のブームに火をつけたのは、辞書編集者を描いた小説「舟を編む」(2012年本屋大賞、三浦しをん)。

辞書づくりのプロセスへの関心が生まれ、「辞書本」(辞書がテーマのノンフィクション)が多く出るようになりました。

2013年には「国語辞典の遊び方」(サンキュータツオ)など、辞書本・解説本の出版はピークに。映画、漫画などエンタメ化も進みました。

この10年でバズった(ネットで話題になった)辞書=2023年7月
この10年でバズった(ネットで話題になった)辞書=2023年7月 出典: イベント「朝まで〝生〟辞書部屋チャンネル」

近年は「辞書もバズる時代」と見坊さん。ネットで話題になり、売れるという流れが出来ました。

辞書づくりの裏側が知られ、かつての「新解さん」は徐々に「中の人」の顔を見せてきたようです。辞書がぐっと人くさく、身近になったのが、この10年の変化だと感じました。

思わずツッコミたくなる語釈

さて、国語辞典クイズです。次は何のことばの説明でしょうか(いずれも語釈の一部)。

「アナログ時計の文字盤に向かった時に、一時から五時までの表示のある側。〔「明」という漢字の「月」が書かれている側と一致〕」(新明解国語辞典)

「東を向いた時、南の方、また、この辞典を開いて読む時、偶数ページのある側」(岩波国語辞典)

答えは、「右」。ちょっとツッコミたくなりませんか?

「アナログ時計」も「偶数ページのある側」も、執筆者のドヤ顔が見えそうです。

語釈は編者の腕の見せどころ。用例(使われ方)の語句や、かっこ内の注記なども見逃せません。

では、「ロートル」という語はどうでしょうか。

いわゆるアラ還の私は、自分のことを「ロートルですから」と言うことがあります。若い方には「何のこと?」かも知れません。新明解国語辞典(第7版、2011年)を引くと、

「〔中国・老頭児〕 年とって頭の働きなどが鈍くなった人」

とあります。

その通り、中国語由来の「お年寄り」を指す語なのですが、2020年に出た第8版を見ると、この後ろに「自嘲的にも用いられる」と注記が加えられていたのです。国語辞典って、怠りないなあと思いました。

つまり「ロートル」は、本人が謙遜するのにも使うことば。「侮蔑を含意して用いられる」(同辞典)ともある「老いぼれ」とは少しニュアンスが違います。

「枯れ木も山のにぎわい」とばかりに、ロートルにはへりくだった高年者の姿が思い浮かびますね。

「ロートル」も、消えゆくことばでしょう。でも、知らない人が多くなった時代だからこそ、実際に使われるときの語感を国語辞典は補って伝えている気がします。改訂の入念さを感じました。

自分のことばを磨く

辞書はことばを写す「鏡」であり、ことばを正す「鑑(かがみ)」でもある――。

見坊さんの祖父、辞書編者・見坊豪紀さんが唱えた「辞書=かがみ論」です。

イベント「朝まで〝生〟辞書部屋チャンネル」のグッズ。右は、辞書は「鏡」であり「鑑(かがみ)」でもあるという「辞書=かがみ論」をモチーフにした手鏡です
イベント「朝まで〝生〟辞書部屋チャンネル」のグッズ。右は、辞書は「鏡」であり「鑑(かがみ)」でもあるという「辞書=かがみ論」をモチーフにした手鏡です

ことばの「かがみ」を曇らせない、国語辞典の見識と細やかさを読み取るのはユーザーです。

辞書マニアの活動を知って、日ごろ辞書に親しんでいる校閲パーソンとしても、国語辞典を再発見した気持ちです。

辞書の利用者も、ことばの海にもぐってその奥深さに浸り、自分のことばを磨きたいものだと思いました。

<プロフィール>
見坊行徳:1985年生まれ。校正・校閲会社に勤めた後、フリーに。「三省堂国語辞典から消えたことば辞典」(共編著)を今春、出版。
稲川智樹:1993年生まれ。講談社勤務。見坊さんとの共著「辞典語辞典」を2021年出版。

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