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ポカリCMが愛され続ける理由 あえて商品名を押し出さない戦略
「本物の青春」集めたSNSの信頼関係
先日、公開された「こんな青春やってみたい!」をテーマにしたポカリスエットのCM動画を見て驚きました。出演しているのは一般募集の学生キャストですが、若者の生き生きとした表情が映し出されていたのです。毎回、話題になるポカリのCMですが、若者の本音をどうやって引き出しているのでしょうか。そこには、コメント欄の活用や、対等、透明性といった最新のアプローチに加え、長期的な価値を大事にするブランドの姿勢がありました。(奥山晶二郎)
動画は、ポカリスエットのCM『「青が舞う」夏篇』です。7月14日にYouTubeで公開されると、1カ月で15万回再生されました。
動画では、45都道府県から集まった1060人の学生が、やってみたい青春の場面を実現させています。
全部、等身大のものばかりで、こんなところからも彼らの本音が浮かび上がります。
やってみたい青春のエピソードと学生キャストは、動画を通じて募集されました。その際、活用されたのが、特設サイトに加え、YouTubeとTikTokのコメント欄です。
YouTubeでエピソードを募集した動画は233万回再生(2023年8月24日現在)。TikTokはキャスト募集の告知動画が1640万回再生、エピソード募集の動画は770万回再生と、軒並み100万再生を超えています(いずれも2023年8月24日現在)。
CM制作班でSNSを担当した藤曲旦子(あさこ)さんは、「まず、対等な関係であること」に気を付けたといいます。
「伝えたかったのは、先生のような立場ではなく、みんなと同じポジションです。『やってみようよ』ではなく、『一緒に作っていこう』という姿勢で臨みました」
藤曲さんたちは、通常は外部に出さないCMの演出コンテを公開。事前ミーティングの様子なども積極的にシェアしました。
「この人が監督で、助監督とカメラマンはこういう人といった紹介も丁寧にしました。中の人がどんな人間かわからないと信用してもらえないと思ったからです」
その結果、「大人のイメージに縛られない若者の本音を反映した青春を集めることができた」と振り返ります。
一方、コメント欄を使った募集では、プラットフォームごとの違いも現れる結果に。
「1行のコメントを気軽に書き込めるTikTokの方が数の上では投稿しやすい場だったようです。YouTubeにも、貴重な投稿は少なくなかったのですが、みんなに見られている感じがするのか、遠慮してしまった人もいたようです」
そんな気づきを得ながら、藤曲さんは、寄せられた投稿に対してこまめに返信を続けました。その等身大のやり取りが、さらなる投稿のきっかけになったのは間違いないようです。
青春をテーマにしたCM制作を通じて、現代の若者の素顔も浮かび上がりました。
クリエイティブディレクターをつとめた正親篤さんの印象に残っているのは事前説明会でのやり取りです。
「髪の毛の色や服装についての質問が多かったんです。『好きにしていい』と言われたことがあまりないような。あれもだめ、これもだめと言われてきたような印象を受けました」
だからこそCMでは、あのはじける表情を出せたのだと、正親さんは振り返ります。
「キャストとして集まった学生たちには、一期一会という関係を、ポジティブにとらえてもらっていたと思っています。CMの撮影は、普段の固定された学校生活とは違う、1回限りのフェスのようなもの。だから、日常と切り離すことができて、思いっきり自分を出してくれたのではないでしょうか」
CM制作の期間中、間近で若者たちと接した正親さんが抱いた感情は「尊敬」だったそうです。
「日々、消化できないくらいの情報量の中にいる。昔だったら、1回会っただけではわからなかったことが、インスタのアカウントを見れば、たとえ表層的なものだったとしても1年分くらいさかのぼって見えてしまう。そういう前提で友だち付き合いをしなければならないのは、上の世代からすると、頑張っているなあと尊敬してしまいます」
若者ならではのコミュニケーションについては、SNSを担当してきた藤曲さんも感じていました。
「インスタのアカウントを見たら、同じ趣味かどうかすぐにわかるので仲良くなるのが早いんです。気が合うとなれば、すぐに遊びに行く約束をしていました。こうやってどんどん人脈を広げていくのは、今の時代の若者ならではなのかもしれません」
ポカリスエットを製造する大塚製薬は、これまでにも、話題となったCMを手がけてきました。その多くは商品名を連呼したり、価格や機能を強調したりするものではありません。
企業として、メッセージ性の強いCMに力を入れる理由について、同社の嶋田多江子さんは「ブランドに対する思いを醸成するため」と言います。
「伝え続けることに意味があると考えています。その積み重ねがブランドに寄与し、将来的にはブランドと歩んでもらえることにつながる。今回、数年ぶりに一般募集のキャストの方々を集めたのですが、『ずっと出たい』『出るのが夢だった』という言葉をいただきました。こういった関係は短期的なものでは生み出せないと思っています」
CM制作の際、企業として大事にしたのも学生との対等な関係でした。
「今を生きている若者たちの声を外に出してみよう、という思いで臨みました。大人が思うイメージを押し付けない。最初からコロナのことを意識して考えた企画ではありませんでしたが、呼びかけた結果、コロナでできなかった青春エピソードが集まった。そこに本当のことがあると考え、返ってきたものをそのまま伝えていくことにしました」
同社の上野隆信さんは「ポカリスエットとカロリーメイトは会社自体のCMになっている」と説明します。
「多くの人が商品名を知っているロングセラー商品である今回のようなCMは、信用や信頼を生み出すことが役割になると思っています。商品を届けたい中高生の夢や驚きを、企業側も一人の生活者の目線で、あまりプロっぽくならず考えるようにしています」
長年、親しまれてきたブランドの強さは、SNSを担当した藤曲さんも感じていました。中でも、印象的だったのは大人の反応が少なくなかったこと。YouTubeには、学校の先生が自分のクラスの生徒に呼びかけて40ものエピソードを寄せてくれたこともあったそうです。
「CMの原案を作ることが学校の授業の取り組みの一つにもなったのかなと思い、とてもうれしかったですね」
動画のコメント欄というコミュニケーションツールの活用や、対等な立場、透明性といった、時代に合わせたアプローチが光った今回のCM。同時に、その土台には、これまで積み上げてきた歴史がありました。
常にアップデートする姿勢と、長期の成果を見据えた視点。両者の掛け算が、若者たちの本音を引き出す唯一無二のCMを生み出したと言えるのではないでしょうか。
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