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「30万円保障」にひかれタクシー運転手 他の芸人には勧めないけど…

太陽の小町・安田一平さん

タクシー運転手のアルバイトをしている「太陽の小町」の安田一平さん=本人提供
タクシー運転手のアルバイトをしている「太陽の小町」の安田一平さん=本人提供

目次

男女コンビ「太陽の小町」の安田一平さんは、お笑い芸人の中では珍しいタクシー運転手のアルバイトをしています。高齢化が進んでいるタクシー業界。安田さんは「バイトなら芸人との両立がしやすい」と話します。運転手の経験が漫才に活かせたポイントも聞きました。(ライター・安倍季実子)

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安田一平:2008年にNSC大阪校(31期生)へ入学。卒業後は、コンビやピンでの活動を経て、2014年に、つるさんと「太陽の小町」を結成。同年に上京し、現在はライブを中心に活動している。

最低保障に釣られて入社したものの……

強い自我をぶつけ合って解消させるカタルシス漫才で、徐々に人気を集めている男女コンビの「太陽の小町」。若手の芸人発掘ラジオ「マイナビラフターナイト」で、3月最終週の一番にも選ばれた、勢いのあるコンビの一組です。

歯に衣着せぬツッコミが持ち味の安田一平さんは、小学生の頃からタモリさんが好きだったといいます。

「人のマネをせず、自分のお笑い道を真っすぐ歩いてる感じに憧れました。僕もほかの人と同じことをしたくないタイプなので、NSCに入ってからも、人とかぶらないネタばっかりしてました。だから全然ウケなかったです(苦笑)」と振り返ります。

人と違う道を行くのが好きな安田さんは、お笑い芸人には珍しいタクシー運転手のアルバイトをしています。

太陽の小町(左:つる、右:安田一平)=ラフィーネプロモーション提供
太陽の小町(左:つる、右:安田一平)=ラフィーネプロモーション提供

「僕らは元々大阪で活動していました。当時はGUのバイトをしていて、上京後も続けていたんですが、ある時、相棒の『インドに行きたい』という希望からタージマハル前で単独ライブすることになったんです。『何でそんな場所で?』って思ったんですが、僕もライブ優先人間やったんで、資金集めをしなきゃと思って、稼げそうなバイトを色々探しました。そんな中で、タクシー運転手の募集を見つけました」

はじめは、「入社後2カ月間は最低保障30万円」という条件に惹かれましたが、「プライベート重視でシフトを組めるし、休憩も自由に取れる」というのが決め手になったそう。

急なオーディションが入っても、そこを休憩時間に充てれば参加できます。「意外と両立できるんじゃないか」と思い、正社員として入社したといいます。

「でも、実際にやってみるとめちゃくちゃ大変で(苦笑)。半年くらい経った時に辞めようとしました。当時、お世話になっていた部長のおかげで、バイトとして再雇用してもらえました」

デビュー前も後も大変なタクシー運転手

入社後は、ドライバー試験という難問をクリアしないといけません。

普通自動車二種免許(すでに持っている人は免除)と、地理試験を受けたといいます。

「地理試験がけっこう難しくて、『この道の名前を答えよ』というものや、『この交差点とあの交差点の間にあるものを答えよ』というのもあって、上京して2年ほどだったので、全然解けませんでした」

「地理試験は3回くらい受けたと思います。最後は問題を丸暗記しました」=本人提供
「地理試験は3回くらい受けたと思います。最後は問題を丸暗記しました」=本人提供

最後は問題を丸暗記。試験に受かった後は、ベテランドライバーに同席してもらって、指導を受け、独り立ちします。

「デビューの日に乗せたお客さんを、指定と違う場所で降ろしてしまい……。クレームを受けて、翌日謝りに行きました(苦笑)」

期待していた稼ぎでも、最低保障期間が終わった後は苦労したといいます。

「完全歩合制で、3ヵ月目は15万円くらいだったと思います。出勤は月に12日なんですが、朝6時から休憩はあるものの、18時間も働いたのにって思ったら……。でも、仕事に慣れたら徐々に増えていって、20万を超えるようになっていきました」

売り上げが上がったコツは、「タクシーが走っていない道を走ること。前に別のタクシーがいたら、違う道を行く」のだそう。そこには「人とは違うことをしたい」という性格が活きていると話します。

アルバイトとなった現在の出勤日は月に6~10日で、勤務時間は8~10時間。収入は12~18万円の間だといいます。

「普通は、1台のタクシーを2~3人のドライバーで共有するんですが、僕の場合は、バイトをしたい前日に営業所に電話をして、車が空いていれば出勤となります。かなり珍しいケースだと思います」

現在の状況を恵まれているとは思うものの、「タクシー運転手としてデビューするのも大変ですし、デビューしてからも大変なので、他の芸人にはあまりオススメしないですね」と笑います。

悲しい訴え「嘔吐されると……」

安田さんが珍しいのは、働き方だけではありません。タクシー業界は新卒採用が少なく、定年退職後に転職する人が多い、高齢化が進む業界です。若いドライバーが珍しいためか、「高齢のお客さんを乗せると、よく話しかけられますね」と安田さん。

「もしかしたら、孫みたいに感じてくれているのかもしれません。『普段は何をしているの?』と聞かれて『芸人をしています』と答えると、『お釣りはいいわよ』と言っていただけることもあります」

そんな心が温かくなるようなお客さんもいれば、対応に困ってしまうお客さんもいるそう。

「酔っているお客さんでも話が通じれば特に問題ないんですが、そうじゃない場合は、ちょっと大変です。指定の目的地なのに『ここじゃない!』と怒られたり。あと、ごくまれに車内で嘔吐される方もいます」と苦笑します。

「僕も今までに2回ほど嘔吐されて、その日の営業が強制終了になりました」=筆者撮影
「僕も今までに2回ほど嘔吐されて、その日の営業が強制終了になりました」=筆者撮影

乗車中にお客さんが吐いてしまったら、目的地に送り届けた後、すぐに営業所に戻って車の清掃をします。シーツやイスを取り外して洗うといった特別な清掃が必要なため、その日の営業は強制的に終了です。

こういった困ったお客さんが増えるのは、年末と春の繁忙期なのだそう。

「ただ、この時期の繁華街は特にお客さんを拾いやすいし、夜10時を過ぎると深夜料金になって稼ぎやすいんです。酔ったお客さんの対応に慣れているドライバーはいいかもしれません」

気づいたこと「シンプルでいい」

約6年にわたってタクシー運転手のアルバイトをしていて気づいたことがあると話す安田さん。

「お客さんに快適に乗ってほしいので、『温度は大丈夫ですか?』『自由に窓を開けても大丈夫ですよ』とか、色々気を使ってました。でも、僕が気を使わなくても、寒いと感じたら『温度を上げてほしい』って言われますし、窓を開けたい人は『開けていいですか?』って聞いてくれます」

これに気づいた時に、今までの気遣いはいらなかったと、また漫才でも同じことが言えると思ったといいます。

「お客さんに気を遣って色んな言葉を足しすぎると、見ている方は何が言いたいのか、どこが面白いところなのかが分からない場合があります。それに、すべてを説明しなくても、話の流れやニュアンスで伝わるものもあります。余計なものを削ってシンプルにした方がテンポも良くなりますし、ウケもいい気がするんです」

取材中、偶然出くわした同じ事務所の同期「バベコンブ」の2人と=筆者撮影
取材中、偶然出くわした同じ事務所の同期「バベコンブ」の2人と=筆者撮影

また、タクシーのお客さんと同じ進行方向を向いてのコミュニケーションでは、手を使ったジェスチャーが重要なシーンもあるそう。

「道を走っていて、急に『そっち曲がって』って言われることがあります。そんな時は、指を差しながら右左を確認します。これって、漫才中に体の向きを変えて、相方とお客さんのどちらに話しかけているのかを伝えるのと似ているなと思いました。言葉だけじゃなくて、ジェスチャーでも伝えることはできるんだって気づいてから、この辺りも意識するようになりましたね」

今年は、『M-1グランプリ』に照準を当てて活動していると安田さん。目指すのは決勝戦。最低でも敗者復活戦です。

「今までの最高は3回戦。『目標が高すぎないか?』と思うかもしれませんが、決勝へ行くために月に15回くらいライブに出ています。最近は個性的なコンビが次々に活躍していってますし、誰にでもチャンスはあるんじゃないでしょうか。コンビでテレビに出て、僕たちのことをたくさんの人に知ってほしいですね」

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