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「だれでもトイレ」はあてにできない、公衆トイレから見えた未来
子連れ機能をあえて分けたトイレ
公衆トイレは、どんなイメージでしょうか? できれば入りたくない……。そう思って避けていた筆者も、子どもを持ってそのありがたさを実感するようになりました。特に、広めに作られていたり、おむつ替え用のベッドがあったりする「だれでもトイレ」は頼りになる存在です。一方で、場所によっては「争奪戦」のような状態に。さまざまな悩みを一手に引き受けた「だれでもトイレ」。今回、あえて「子連れ機能」を独立させた新しいトイレをきっかけに、未来の「公衆トイレ」の在り方を考えました。
中央線の武蔵境駅(東京都武蔵野市)前の公園に今年、新しい公衆トイレが出来ました。
丸みを帯びた外観もさることながら、筆者が驚いたのは、オストメイト向けの機能や介助ベッドを備えた「バリアフリートイレ」とは別に、「子連れ」用の個室ブースがあることでした。
間口は双子用のベビーカーでも入ることができる広さ。中には大人用の便器と並んで、子ども用の小さな便器があります。さらに手洗いと鏡も、大人用と、小さな子ども用が並んでいます。
「あえて子連れ向けの機能を分けたんだ……」と感心しました。
デパートや高速道路のSAなどでは〝子連れトイレ〟を見かける機会も増えましたが、公園などの公衆トイレではまだ珍しいはず。
なぜこのような形になったのか、担当する武蔵野市環境部ごみ総合対策課に聞きました。
ここまで、便宜上〝子連れトイレ〟と書いてきましたが、同課によると「決まった名称はつけていません」。
確かに、〝バリアフリートイレ〟にも〝子連れトイレ〟にも、「だれでもトイレ」などの名称は掲げられていません。出入り口の表示にあるのはシンプルな絵(ピクトサイン)のみ。
例えば〝子連れ〟側には、男女と手をつないだ子どもたちの絵が描かれ、機能としてベビーベッドやベビーチェア、お着替え台を備えていることを絵で伝えています。
あえて「だれでもトイレ」と掲げなかったのはなぜでしょう?
解体された古い公衆トイレには「だれでもトイレ」がありました。でも「休むために照明を暗くして長居している人」や、「トイレ内の電源を使ってコーヒーを入れている学生」など、思ってもみない「使用例」が相次いだそうです。
「本当に必要な人が、使いたいときに使えないトイレになっている可能性がある」
バリアフリー化で公衆トイレを新設するのに合わせ、「だれでもトイレ」と掲げず、それぞれの機能を必要としている人に向けて知らせるという今の形に落ち着きました。
1人で子どもを見ているときに、直面する「トイレ問題」は深刻です。
都内で3人の子どもを育てる女性(39)は、1人で面倒を見ている時は「四六時中、どこのトイレなら子どもと一緒に入れるかと考えていた」と話します。ただ「だれでもトイレ」は「高確率で〝使用中〟だったので、そもそもあてにしていませんでした」。子連れも高齢者も多いベッドタウンの「だれでもトイレ」は争奪戦のような状況でした。
個室内にベビーチェアがある場合も増えましたが、使えるのは首がすわった生後5カ月から2歳半ぐらいまで。
ベビーカーに乗せたまま入らざるを得ない時期。子どもが動き回るようになる年齢。自分でトイレはできるけど親の見守りが必要な年。兄弟が増えるタイミング……。成長に合わせて、子連れトイレには新たな問題が現れます。
一番大変だった時期は、「トイレに行きたい」と言いだすタイミングが違う上の2人をサポートしつつ、末っ子のおむつ交換をすること。自分のトイレは子どものタイミングに合わせて「鍵開けちゃダメ!」と制止しながら「まるで戦いでした」。
実は、「だれでもトイレ」に利用が集中しているという状況は、国でも問題にしています。
国土交通省は2021年にバリアフリー設計のガイドラインを改正し、これまで「多機能便房」としていた名称を「高齢者障害者等用便房(バリアフリートイレ)」に変え、施設管理者に対し案内表示には「多機能」「多目的」「だれでもトイレ」など、設備が必要ない人の利用を促す名前をつけないように求めました。
また「多機能便房」に機能が集められ、利用者が集中する状況を避けるため、機能を分散化させることも呼び掛けました。
しかし、これだけでは問題は解決しません。「公衆トイレ」という限られたスペースの中で、機能を分けるには、どこにどんな機能を取捨選択するかが求められます。
前述の武蔵野市環境部ごみ総合対策課の臼井拓志課長は、「例えるならば、大きさの決まっている『弁当箱』に何を詰めるのか、という作業でした」と振り返ります。
公衆トイレを公園に設置する場合、都市公園法に基づき、建物は公園の面積の2%に収めなければいけないという制約があります。
武蔵野市の「境南ふれあい広場公園」の面積から計算すると、トイレの広さは全体で約40平米。
「全ての機能を押し込んでしまうことによって、結局、誰にとっても使いづらいものになってしまう」。トイレの設計を手がけた「国設計」(東京都目黒区、小坂貴志・池田知穂チーム)の小坂さんは、建築設計の世界では以前から指摘されていた問題を、今回の設計で改めて意識したと言います。
チームはまず現場に通って、まちの人を観察し、ニーズを探りました。
公園は遊具がないにも関わらず、子どもたちがのびのびと走りまわり、散歩する子連れが目立ちました。
一方で、古い「だれでもトイレ」のすぐ脇では、親が子どもを屋外で着替えさせていました。男性用個室トイレの前では「1人で入るのが怖い」と言う幼児を、年下の兄弟の面倒を見ている親が、1人で入るようになだめていました。
「既存のトイレは子連れが安心して使える機能が欠けている」ことに着目しました。
しかし、「バリアフリートイレ」内に子連れ向けの機能を追加すれば、スペースが必要になり、重装備になって、高齢者や障害者にとっては使いづらくなってしまう。
限られた〝弁当箱〟の中で、子連れ向け機能を「分ける」という結論を出しました。「環境がヒントを与えてくれた」と言います。
子連れトイレでは、これまでの「大人が子どもの面倒を見るためのトイレ」ではなく、「子どもが大人と並んで使いながら、教えられるトイレ」を目指しました。
武蔵野市の新しいトイレは〝子連れ〟機能を分けることを選択しました。でも「優れたトイレの正解はない」と、小坂さんは話します。立地や、集まる人、目指すまちづくりに応じて変わっていくものだと言います。
それを見極めるには、まちを観察し、利用者のニーズと、誰のためにそれを作るのか考えることが欠かせません。
筆者はおむつ交換用のベビーベッドを使いたくて「多機能トイレ」前で並んだ経験があります。「多機能トイレ」は1カ所。自分が使う番だと「ほかに必要としている人が待っているかもしれない」とそわそわしながら、手早く済ませます。
今回「多機能トイレ」で、自分がまったく触れたことのない、「大きな水栓と鏡」の使い方を調べました。
排泄障害を持つ「オストメイト」の方が使う設備、とはなんとなく知っていたものの、動画で初めて使い方を見て、場合によっては一度の処理に30分かかることもあることを知り、改めて重要さを実感しました。排泄障害の方も含めて「必要か、不必要か」は外見からは判断できません。
一方で、なぜこれまで、本当に必要としている人がいる機能(でも、別の人にとっては必要ない機能)ばかりが1カ所に集められ、それが当然だと思っていたんだろう、と疑問も抱きました。
誰かにとって必要な機能も、配慮も、詰め込むだけでは、誰にとっても優しくないものになる――。その言葉の意味を考えました。
配慮が必要な人が集まる社会の縮図とも言える「だれでもトイレ」。誰のために、どんな形にしていくのか。まちづくりの姿勢を、公衆トイレに見たような気がしました。
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