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お笑いレジェンドが語る〝漫才のリズム〟 ウケ左右しゾーン導く効果

ダウンタウンの松本人志さん(左)と浜田雅功さん。=1996年撮影
ダウンタウンの松本人志さん(左)と浜田雅功さん。=1996年撮影 出典: 朝日新聞社

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漫才が以前にも増して強いコンテンツとなっている。長い歴史の中で何度もブームを迎え、人々を楽しませる面白さの基本はどこにあるのか。名だたるレジェンド芸人たちは、その理由を「リズム」に求めている。「賞レース」「漫才の基本」「言葉」といった視点から、今、あらためて漫才におけるリズムの意味合いについて考える。(ライター・鈴木旭)※以下、敬称略

松本人志が語ったTHE W「今一つ」の理由

劇場や単独ライブ、賞レースなど、現場の空気によっても芸人はリズムを変える。とくにしのぎを削る賞レースにおいては、ネタのテンポによって当日のウケが左右されるようだ。

ダウンタウン・松本人志は、今月11日に放送された『お茶とおっさん』(BSよしもと)の中で、昨年の『女芸人No.1決定戦 THE W』(日本テレビ系)が「なぜ今一つやったのかは、けっこう明確に言えますね」と語り、こう続けた。

「まったく同じネタでいいから、あれみんな30秒短くしただけで絶対もっと面白くなる。大してウケてないのに笑い待ちが多いんですよね。何かすごいこうウケてる感で、ウケてる時間軸でやっちゃってるんで。でも、それだけでだいぶ変わると思うんですけどね。

コンテストで録音してくる系のネタやってるやつってアホなんちゃうかなって思うんですよ。その場の客のウケがわからんのに、何でお前が勝手にテンポ決めてんねんって話で。(中略)漫才ならそれはできるんですけどね、ちょっとこうテンポ上げていったり。まぁコンテストは時間オーバーができないので、やっぱテンポ上げるだけでぜんぜん違うんですよね」

「録音してくる系」とは、ナレーションを含む音素材を使用するネタのことだろう。もちろん通常のライブなら、ネタの世界観を構築するにあたってプラスに働くものだ。

しかし、観客のウケが結果に直結する賞レースにおいては、現場の空気によって調整が利かない枷(かせ)となってしまうこともある。状況を問わず高いパフォーマンスを発揮するには、結局のところ演者自身のポテンシャルに頼るほかないのかもしれない。

島田紳助が解説「リズムが基本」の漫才

島田紳助さん(現在は芸能界引退)=1999年撮影
島田紳助さん(現在は芸能界引退)=1999年撮影 出典: 朝日新聞社
「コンビ組んで、まずオモロいネタをやる必要ない。ネタっぽい話をテンポでやんのに、歩きながらする。で、歩いて自分たちのリズムを決める。(中略)そのリズムが自分たちの体に入って、それが染みついた時に初めて次よ」

これは、2007年にNSCで開催された特別授業の中で、島田紳助が発した言葉だ(2007年に発売されたDVD『紳竜の研究』-DISC1「紳竜の絆」-より)。ネタの内容に目がいきがちな漫才だが、紳助は音楽と同じく「リズムが基本」だと同DVDの中で力説する。

振り返れば、1980年代初頭の『THE MANZAI』(フジテレビ系)で活躍したB&B、ツービート、島田紳助・松本竜介はとくにテンポの早い漫才をしていた。

これについて紳助は、「(筆者注:自分たちの漫才は)1分間の中の間が少ない。うまい人は20個ある。俺らは8個しかない。どう考えたって8個のほうが失敗するリスクが少ないよね。ほんで、一人の人間が圧倒的にしゃべることによってリズムが作りやすい。だから、技術的に言ったら決してうまい漫才ではない」と解説している。

一世を風靡した“漫才ブーム”の収束後、大阪の劇場「うめだ花月」(2008年閉館)に登場した新人のダウンタウンは、もう少しゆっくりした速度で漫才を披露していた。

「僕たちの時代は8ビートをやろうと。早くしゃべる。前(筆者注:の時代)より早い。4ビートは遅いねん。遅いダウンタウンやねんけど、俺たちとまったく同じやねん、やってることが。俺たちがやってることを違うリズムでやっとんねん。だから新鮮に見える」

紳助らが牽引した「早い」漫才が新勢力となっていた中で、より「遅い」、かつ緩急や「ワンポイントずらした」漫才で臨んだダウンタウン。「完成度が高い。あ、これはいつか、時間いつかはわからんけど彼らは世に出ると。世に出た時には比べられる。比べられたら俺は消える」と、紳助はコンビ解散を決意したという。

ここで語られているのは、賞レースにおけるものではなく、時流のカウンターとなった漫才のリズムのことだ。ダウンタウンは、この点においても画期的だったと言えるだろう。
 

関西弁に対抗したビートたけしの振り返り

ビートたけしさん=1989年撮影
ビートたけしさん=1989年撮影 出典: 朝日新聞社
漫才ブームで活躍した芸人の多くは、関西に劇場を構える吉本興業所属だった。オール阪神・巨人、ザ・ぼんち、西川のりお・上方よしお、太平サブロー・シローなど、しゃべくり漫才を柱とする事務所なだけに若手の漫才コンビが多かったのだ。

一方で東京の漫才コンビと言えば、星セント・ルイス、ツービートぐらいだった。「漫才は関西のもの」というイメージが強かった時代、関西弁に標準語で対抗するにはあまりに分が悪かった。言葉によるリズムが生み出せないからだ。

この件について、ビートたけしは2019年3月に放送された『たけしの“これがホントのニッポン芸能史”』(BSプレミアム)の中でこう語っている。

「関西の漫才が入ってきた時に、『うわぁ関西の漫才は面白いわ』と思ったね。それで、東京の漫才師が『何でこんなにつまらないんだろう』って思った時に『あ、言葉だ』と思って。我々が使ってるのは、関東弁じゃなくて標準語だっていう。関西弁はそれなんだから、言葉を関東弁でやろうって言って。

『おめぇんトコよ』『バカ野郎、この野郎』ってなるじゃない。そしたら、ウケ出したね。その前までは対抗できなかった。関西弁の早いやつとか、こういう(筆者注:言葉の抑揚の)波で。心地いいんだもん。だから、リズムができてきて(筆者注:関西弁に対抗できるようになったのは)、もう漫才ブームの最後のほうだね」

本流の関西弁に対抗し、東京都足立区の下町言葉を使って漫才のリズムを生み出していったビートたけし。今思えばツービートは、U字工事の栃木弁、カミナリの茨城弁、博多華丸・大吉の博多弁など、方言漫才の可能性を広げた源流と言えるかもしれない。

小劇場を揺らした芸人たちの「現象の繰り返し」

個人的に、お笑いの小劇場で漫才のリズムを感じた瞬間が2回ある。

その最初の体験が、2000年ごろに観たカンニングの漫才だった。当時、「シアターD」(2006年に場所を移動し、2016年閉館)という小さな劇場が東京・渋谷センター街の奥にあり、同じライブの出演者である知人に誘われて足を運んだのを覚えている。

カンニングは『エンタの神様』(日本テレビ系)に出る前の無名時代。中野ケーブルテレビにも出ていない時期だったと記憶している。とはいえ、竹山隆範の“キレ芸”はすでに確立されていた。「お前のせいやないか!」「バカたれが!」など、相方・中島忠幸や客席に向かってとにかくキレまくる。

猛烈な勢いで繰り出される竹山の怒号に、小さな会場がドーンッ、ドーンッ、ドーンッ……と揺れ続けた。地鳴りような笑い声を聞いたのはこの時が初めて。にも関わらず、結局筆者は一度も笑うことなくネタが終了した。もちろん、面白かったが、それ以上にすっかり場の雰囲気に圧倒されてしまったのだ。

2回目は、2016年冬に「新宿バティオス」で行われた芸能事務所・浅井企画主催のライブだ。『M-1グランプリ』決勝を控えたカミナリがゲストで登場。この時も会場がドッと沸いた。

ネタはM-1決勝でも披露した「川柳」。社交的な祖父の影響で川柳が得意だという竹内まなぶに、相方の石田たくみが口を挟んでいく漫才だ。最大の特徴は、たくみのツッコミにある。

おかしな点に気づくと、まずは勢いよく頭を引っぱたく。その後、茨城弁訛りで「そう言えば五・七・五じゃなくて七・九・七だな!」「社交的なじいちゃんの孫とは思えねえな!」といった言葉を浴びせるスタイルが画期的だった。

ライブ会場でこれを観ると、「頭を引っぱたく→ツッコミ」という繰り返しの気持ち良さがクセになってしまう。言葉の意味ではなく、演者の語気や表情、動きで「面白い」と認識するようになるのだ。実際にネタの後半は、ツッコミのフレーズを言い終わる前から笑いが起きていた。どんな言葉がきたとしても、客は“笑う態勢”にあったのだ。

これはカンニングの漫才にも言えることで、「竹山がキレる」という現象そのものの繰り返しが会場の空気を支配していたのだと思う。ある意味で、観客を“ゾーン”のような状態へと導いたのだろう。音楽同様、リズムの持つ「人を陶酔させる力」を漫才に見た、印象的な経験だった。

一口に“漫才のリズム”と言っても、立場によって見解はさまざまだ。芸人の技術として見る松本人志、時代の変化の象徴として見る島田紳助、東西の「言葉」の違いとして見るビートたけし――とはいえ、共通するのは、観客の反応によってそのリズムが調節されていくことだ。

ウケを左右するリズムだからこそ、これだけのレジェンドたちも一家言を持つ。「いかにウケるか」を原動力にする芸人たちにとって、笑いを生み出すリズムは、芸と切っても切り離せないものなのだろう。

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