連載
#9 親になる
「ついに陣痛」からの長い散歩 〝気休め〟じゃない?国内外の推奨は

「3人の散歩」で思い出す
外に連れ出すと、見慣れない景色が面白いのか、興味を持ってキョロキョロするのが可愛く、時間があればよく妻と子の3人で散歩をしています。
そんな折、ふと妻が「そういえばあの時も3人で散歩したね」と言ったのでした。“あの時”とは子どもがまだお腹の中にいるタイミング、それも、陣痛が始まったあとのことです。
時間を昨年の夏、出産直前に戻します。妻に時折、訪れるお腹の張りや痛みが、妊婦検診で「前駆陣痛(出産の準備のための子宮収縮で、まだ赤ちゃんが出てくる子宮口は開いていない)」と判断されて1週間。
妻は初産で、私は身近な人の出産が初めて。出産予定日が近づき、いよいよかとそわそわするも、本陣痛には至らない、という日々が続いていました。
予定日直前の検診では、まだ子宮口が硬いということで、内診で医師が子宮口をぐりぐりして刺激を与え、子宮口の準備を促す、いわゆる“内診ぐりぐり”をしたそうです。
ネット上では「痛すぎて息が止まった」などと語られることが多い処置ですが、妻は「私はそんなに痛くなかった」「痛みに強いって言われた」となぜか自慢気でした。
この時、すでに赤ちゃんの体重は3200グラム超と十分な大きさになっており、いつ生まれてもおかしくない状態。病院からは「陣痛間隔が10分ごとになったら連絡を」と言われました。
そして“内診ぐりぐり”の効果か「おしるし(子宮口が開くなどの変化による出血と粘液)」が。二人で喜んだものの、そこからがまだ長かったのです。
翌日、この日が予定日。朝から数十分間隔で陣痛がありましたが、遠のいたり飛んだりで安定しません。落ち着かないこと以上に、そもそも痛いので、妻も休めず、私も心配という状況でした。
夜になり、ようやく陣痛が10分間隔になって、病院に電話。しかし、ここからさらに「1時間それが続いたら」「7分間隔になったら」と指示が。結局、その日は二人ともしっかり眠れないまま、朝を迎えました。
早朝、7分間隔になり、病院へ。内診で子宮口がある程度、開いていることがわかったものの、お産に入るのに十分ではありません。
そこで産科のお医者さんや助産師さんから伝えられたのが「この辺をお散歩してみては」というアドバイスだったのです。
夏の朝に2時間の散歩
子宮口が全開大になったら分娩台へ、ということでしたが、妻の場合、12時間ほど経過しても、子宮口の開きは3.5cmほど。そこで、お産を進めるために自分たちでできることとして「お散歩」を提案されたのでした。
病院としては、当時、コロナ禍の面会制限や院内での行動制限もあり、入院にしてしまうとかえってストレスになるという私たちへの配慮でもあったようです。
季節は夏でしたが、診察してもらったのは早朝で、外はまだ涼しい時間帯。たまたま休日だったので、私も仕事はなし。二人とも体調は万全ではありませんでしたが、水分をしっかり準備した上で、腹を括ってお散歩に出かけることに。
緑を辿るように公園を巡ったり、隣の駅の周りを散策したり。何と言っても終わりが見えないので、ゴールなく歩き回るのはしんどかったものの、「いよいよ生まれるね」といった雑談から、妻の入院後の手続きの事務連絡まで、夫婦でたくさんの話ができたのはよかったと思っています。
陣痛が来たときは立ち止まり、収まったら歩く、を繰り返します。休日には貴重な朝営業のカフェで休むなどもして、少し暑くなってきたと感じた時には、2時間が経っていました。
妻の痛みが強くなってきたということで、再び病院へ。「開いているのでは」と期待したのですが、内診の結果は、残念ながら3.5cmでほぼ変わらず。さすがに夫婦ともに落ち込み、一旦、自宅に戻ることにしました。
当然、妻が一番、不安だったと思いますが、気丈に振る舞ってくれました。家で休み、また暑さが落ち着いた夜に、もう一度お散歩へ。1時間ほど歩いたあと、立ち寄ったショッピングセンターのフードコートで、景気づけに好きなものを食べました。
その足で、この日、三度目の病院へ。正直、「(子宮口は)また開いていないかも知れない」と思っていましたが、ここでなんと、一気に7.5cmくらいまで進んでいるということで、そのまま入院になりました。
準備のためと、コロナ禍で付き添い時間が限られていたこともあり、私は帰宅。こうして、長い長い散歩をした一日が終わったのでした。
【その後】「お産は安全」と思い込み 一人になった分娩室 緊急帝王切開の実際
散歩は「お産を進める」のか
まず、日本助産学会の『エビデンスに基づく助産ガイドライン - 妊娠期・分娩期・産褥期 2020』では、分娩第1期(子宮口が全開大するまで)には“身体を起こして自由に動くことが勧められる”を結論としています。一方で、この結論に否定的な研究もあります。
例えば、アメリカにおける比較的、大規模な研究(1067例を対象)で、分娩第1期での歩行(平均56分)と歩行なし(通常ケア)を比較した結果、分娩時間、分娩促進薬の使用、鎮痛薬の使用、分娩様式(自然分娩か否かなど)、母子への影響について有意な差が認められなかったとのこと。
オーストラリアでの研究(196例を対象)でも、分娩第1期の移動制限なしと仰臥位とを比較した場合、分娩様式、母子の影響に有意な違いはなかったとしています。
ただし、コクランという国際的な機関がたくさんの論文をまとめて検証すると、「立位または歩行や動くこと」と「横になることや仰臥位」を比較した場合、「立位または歩行や動くこと」の方が分娩第1期の時間が短くなるという結果に。
こうしたことを総合して、「高いレベルのエビデンス(筆者注:科学的根拠)は得られていない」という海外のガイドラインの指摘を紹介しつつも、日本助産学会のガイドラインでは“身体を起こして自由に動くことが勧められる”を結論としているということでした。
さんざん歩き回ったこともあり、運動が「お産を進める」かどうか、そこまで確かではないと知ったとき、ちょっと拍子抜けしてしまったのも正直なところです。
では、妻はどうだったのか。あらためて尋ねてみると「とはいえ、他にやることもなかったよね」という達観した返事が。ある意味ではいい“気休め”になったということのようです。
妊娠・出産や育児について「一般的に言われていること」を検証してみると、このような意外な発見も。でも、その最中の当事者は必死で、そんな余裕はありません。
記者として、その場でお散歩が本当に「お産を進めるか」と調べてみなかったことを反省しつつも、「議論がある」というだけでは自分たちは救われなかったとも感じます。妻のように一歩、引いた視野でいることも大事だなと思う機会になりました。
【連載】親になる
人はいつ、どうやって“親になる”のでしょうか。育児をする中で起きる日々の出来事を、取材やデータを交えて、医療記者がつづります。