連載
#14 #令和の専業主婦
「子育て後『ちょっと働く』では…」〝貧困専業主婦〟研究者の危機感
「それぞれの生き方を尊重しながらも、眠れる人材の宝庫を最大限に生かす必要」
「働きたい人が働ける環境を作ることが大切」。税や社会保険料の負担が増えないように時間を抑えて働く「130万円の壁」などが国会で議論になっています。女性の働き方の研究を続ける日本女子大学人間社会学部の周燕飛教授(労働経済学・社会保障論)に、ライフステージによって就業形態が変化しやすい女性のキャリアについて聞きました。
――周さんは以前、専業主婦世帯の貧困率(世帯所得が全世帯の所得の中央値の半分に達していない貧困世帯の割合)が12%であるという調査結果を発表しています(2011年実施の「子育て世帯全国調査」に基づく)。
「1990年代ごろまでは、「裕福さの象徴」としての専業主婦像は定着していました。『ダグラス・有沢の法則』という法則があるほどで、日本だけでなく、様々な国の調査でも、主婦の無業率と夫の収入に相関関係があることはわかっていて、夫の収入が高ければ高いほど、妻の無業率も高くなるというのは、統計データにも支えられていました」
「しかしバブル崩壊後、夫の収入が低くても妻が就業していなかったり、逆に、夫の収入が高くても妻も働き続けていたりするなど、夫の収入と妻の無業率は簡単な関係ではなくなりつつあるという指摘が増えています。私が「貧困専業主婦」についての調査結果を発表したところ、意外性をもって関心を持たれました」
――2019年に出版された「貧困専業主婦」(新潮社)では、パートとして働く女性を《主に仕事をしているわけではない妻を「準専業主婦」と定義》し、2015年の国勢調査の結果について《準専業主婦を加えて広義の「専業主婦」とすると、その数は全体(16~64歳)の63%を占めており、共働き世帯の数を上回ります》としています。
「1990年代以降は、共働き世帯が専業主婦世帯よりはるかに大きくなっています。しかし、共働きの中身をみると、働く女性のほとんどは、パートで、年収も低い。夫の扶養範囲内で働いている人が依然として多く、私はそういう人たちを『準専業主婦』と呼んでいます」
「準専業主婦と専業主婦のステータスや就業状態には、流動性があります。つまり、専業主婦から準専業主婦になったり、準専業主婦から専業主婦になったりするということです。一方、フルタイムで働いている人は、ステータスはそんなに変化していていません」
「国勢調査で、子どものいる女性に限定して見てみると、だいたい3分の1くらいがフルタイムで働く女性。残りの3分の2は、専業主婦と準専業主婦を行き来しています」
――最近では、L字カーブ(女性の正規雇用率が20代後半のピーク後、出産期以降に低下する)が課題とされています。
「戦後、経済が大きく発展した日本では、無制限で働く男性の収入が増え、そのサイレントパートナーとして、家庭を支える無償労働者である専業主婦が生まれる社会的環境ができあがりました」
「ただ、当時から、『一生涯専業主婦』という人は少なかったです。『子育てが一段落したら、パートとしてちょっと働く』というライフスタイルを考えている人が多かった。しかし現代を生きる専業主婦は、昔と同じ考えではダメだと思っています」
――その認識がダメだというのは、なぜでしょうか。
「理由は二つあります」
「一つは夫の生涯賃金がバブル期から減少傾向にあること。妻にも家計への貢献が求められています。それは、家庭レベルのニーズの変化です」
「もう一つは、少子高齢化。労働力不足に陥っています。働く意欲と能力が高い、ポテンシャルある女性が、(正規・非正規問わず)納得できない働き方、例えば安い賃金で単純作業の仕事に従事して終わるのは非常にもったいないです」
「少子高齢化の日本社会は、その人材浪費に耐えうる体力は、もう持っていません。社会の要請としても、女性が復帰するときには、自分の能力やスキルを最大限に発揮できるキャリアの職場に戻ってくることが期待されています」
――そこに応えるためには、個人としてできることと、社会側がすべきことがあるように思います。まず個人としてできることは。
「ライフスタイルにあわせて一時期専業主婦になったとしても、キャリアを取り戻せるように、その期間中、社会とのつながりを断ち切らないことが大事だと思います。子育てがある程度落ち着いたら、リスキリング(学び直し)を行い、いつでも社会復帰できるように準備するとよいでしょう」
――復帰の際の働き方を考えたときに、スキルを更新し続けられた方が良いというのは確かにそうですよね。一方、そもそも働き方や生き方は、本来自由であるべきです。
「そうですね。労働力確保の面で見ると、働きたい人が働ける環境を作ってあげることが大切だと思いますが、専業主婦に『働け』という国を挙げての大合唱になるのはいかがなものかと思っています」
「『専業主婦になりたい人はなればいい』という選択肢を残しながらも、中立的な政策を取るべきです。『働き損』または『専業主婦損』のどちらも望ましくありません」
――育児しながら働くことの大変さが理解されていなかったり、女性に家事や育児の負担が偏ってしまったりしている現状もあります。再就職したい女性に、企業や社会側に受け皿が用意されていないようにも思います。
「社会の壁も大きいですね。とくに雇用慣行の壁が女性にとって乗り越えにくいところがあります。本人のモチベーションが高くても、中途採用がなければ働き口はありません。そのためにも雇用の流動性を高め、正社員と非正社員雇用慣行の「壁」を打ち破る必要があります」
「家庭の事情で一度辞めた女性を企業が再雇用し、活躍するようなケースがどんどん増えるといいのですが」
――専業主婦の期間はケア労働に従事した期間でもあると思っています。それを評価できない企業だとなかなか難しそうです。
「古い考えを持った企業の人事だと、なかなか変わらないかもしれません。自身が育児の経験や専業主婦の経験がある人たちが管理職を占めるようになれば、それは少しずつ変わっていくと思います」
「専業主婦は無駄な期間ではないし、そこには貴重な人材が眠っているのだと、企業も認識する必要があります」
――パートナーとの分担も欠かせません。
「家事育児に関わらない男性が多い社会は、持続不可能だと思います。男性にも家事育児への参加を促していき、同時に男性のしんどい働き方も変えないといけなません」
「長時間労働や頻繁な転勤は、男性が家事育児やりたくてもやれない状況を生んでいます」
「正社員のしんどい働き方を改革して、男性も女性も家事育児を公平に負担する社会に移行しないといけないと思います」
――103万、130万の「壁」がまた国会で議論になっています。壁があることで女性の働き方に制限をかけてしまっているという意見もあります。女性の働き方の今後についてはどう思われますか。
「それぞれの生き方を尊重しながらも、眠れる人材の宝庫を最大限に生かすような政策は必要になってきます。その波に乗りたい人、乗りたくない人、乗れない人など様々いますが、全ての人をサポートできる社会制度を整えるべきだと思います」
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