ネットの話題
「これで母の味が残せます」 2年前に急逝、やっとたどり着いた鰹節
きっかけは鰹節問屋にかかってきた1本の電話でした
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きっかけは鰹節問屋にかかってきた1本の電話でした
鰹節(かつおぶし)問屋にかかってきた1本の電話。かけてきた女性は初めての注文でしたが、実はちょうど3年前の注文とつながっていました。
東京・晴海にある老舗の鰹節問屋「タイコウ」。
扱うのは、近海の一本釣りで揚がったカツオを使った、鹿児島県枕崎市の生産者のものだ。
昨年12月7日の午前、会社の固定電話が鳴った。
取締役の大塚麻衣子さん(38)が手を伸ばすと、ディスプレーには登録済みの名前と電話番号が表示されていた。
名前を見てもピンと来なかったが、受話器を取ると相手は女性だった。
「鰹節を注文したいのですが」
話を聞くと、タイコウで注文するのは初めてだという。
なぜ、初めての注文なのに番号が登録されているんだろう?
疑問に思って「恐れ入りますが、こちらの番号は既に登録がされているようで……」と聞いて、登録されている名前を伝えた。
名前を聞いた女性は「それ、父の名前です」と答えた。
そうか、今回は娘さんが注文してくれているということか。
そう思っていたら、女性は「こちらのかつお節だったんですね……」と言って、しばらく無言になった。
受話器の向こうからは、静かに鼻をすする音が聞こえてきた。
詳しく聞いてみると、いつも注文していたのは父ではなく、2年前に急逝した母だという。
毎年、年末年始になると母が作ってくれる蕎麦や雑煮がみんなの大好物だった。
亡くなってからも残されたレシピを元に家族で作ってみたが、まったく味が違う。
あれこれ試した結果、「出汁(だし)の鰹節が違うんじゃないか」という話になり、母がどこで注文していたのかを調べたそうだ。
大塚さんは電話で話しながら、会社のパソコンでデータを検索。
登録されていた番号と名前と調べると、前回の注文は2019年12月7日となっていた。
この時に電話を受けていたのが大塚さんで、その時のやりとりを思い出した。
「お宅の鰹節を頼むと年の瀬って感じがするわ」
「普段はなかなか使えないんだけど、お雑煮だけはそちらの枯節じゃないと主人が納得しないのよ」
そう話しながら、「血合い抜き」と「厚削り」を注文していた。
当時のやりとりを娘である女性に伝えると、「ありがとうございます」と何度もお礼を言われた。
3年前と同じ「血合い抜き」と「厚削り」の注文を受け、出汁の取り方や保存方法について伝えて、電話を切ろうとした時のこと。
「これで母の味が残せます」
女性のその言葉に、今度は大塚さんが泣いてしまった。
大塚さんがタイコウに入ったのは2019年2月。
都内の動物病院で働いていたが、幼い頃からの夢だった料理人を目指して退職し、都内の割烹料理店へ。
そこで市販の粉末出汁を使っていることに衝撃を受けた。
独学で出汁について学ぶうちに、タイコウの社長がやっていた出汁とり教室を知り、押しかけるように入社した。
鰹節問屋で働いていてうれしくなるのは、お客さんからこんなことを言われた時だ。
「おたくの鰹節で出汁をとったら、子どもがおかわりするほどみそ汁を飲むようになった」
こんな風に言ってもらえたことは、一度や二度じゃない。
家庭の味が守られるということは、日本の食文化が残っていくことにつながると思っている。
自分の仕事がその手伝いをできていると実感できて、うれしくなる瞬間だ。
◇
大塚さんにとっての思い出の味は、母方の祖母が作ってくれた「ぼたもち」。
サツマイモと餅を一緒にふかしてつき、きな粉をたっぷりまぶしたものだ。
幼いころはアトピーがひどく、あまりお菓子を食べさせてもらえなかった大塚さんには、最高のおやつだった。
孫が大喜びするからと、冬になると祖母は手間を惜しまず何度も作ってくれた。
おいしそうに食べる孫を見ながら笑う祖母の顔は、今でもはっきりと思い出せる。
楽しかったことや、幸せな記憶が呼び水となって、そこからたくさんの思い出が育まれていくこともある。
自分が手がけた鰹節が、そんな風に思い出の一つになってくれたら最高だ。
昨年末、電話注文にまつわるエピソードをツイッターで紹介すると、たくさんの反響が寄せられた。
「親の味を教わっておこう」「自分もやってみよう」といったコメントがうれしかった。
繁忙期である年末に、ツイートを見た人の注文まで殺到し、担当者としては真っ青になるくらい大忙しだった。
電話注文してくれた娘さんに、ツイートに関しておわびの連絡をすると、笑いながらこう言ってくれた。
「これからもよろしくお願いします」
いい格好をしようと思わず、丁寧に、ひとつひとつ確実な仕事を続けよう。
そう心に誓った出来事だった。
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