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M-1優勝のウエストランド、毒舌漫才「時代が一周した」感じる理由

M-1で優勝したウエストランドの井口浩之(左)と河本太
M-1で優勝したウエストランドの井口浩之(左)と河本太 出典: 朝日新聞社

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今月18日、日本一の漫才師を決める『M-1グランプリ2022』(ABCテレビ・テレビ朝日系)が放送され、ウエストランドが見事18代目王者となった。審査員2人が入れ替わった影響、「毒舌漫才」「大喜利系の漫才コント」「パッション系のしゃべくり漫才」が三つ巴となった最終決戦。上位3組の魅力を中心に、今大会の特徴を振り返る。(ライター・鈴木旭)
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毒舌漫才で優勝したウエストランド

準決勝に臨む「ウエストランド」。井口浩之(左)と河本太=2022年11月30日、東京都港区、照井琢見撮影
準決勝に臨む「ウエストランド」。井口浩之(左)と河本太=2022年11月30日、東京都港区、照井琢見撮影 出典: 朝日新聞社
出順は決して良くなかったウエストランド。2020年、初の決勝進出時も同じ10番手で9位。後半になるほど見る側の集中力も落ちるため、似たようなスタイルが並べば不利に働く。挽回するのは至難の業だ。

2020年は7番手・オズワルド、8番手・アキナ、9番手・錦鯉と比較的オーソドックスな漫才が続き、錦鯉・長谷川正紀のキャラクターも相まってウエストランドの持ち味が埋もれてしまった印象が強い。

それが今年は、ダイヤモンド、ヨネダ2000、キュウとトリッキーな面々が続いての登場だった。必然的に、彼らのしゃべくり漫才は見やすく魅力的に映る。これに加え、2度目の挑戦という精神的な余裕もあったのかもしれない。結果的にファーストラウンドは3位に食い込み、最終決戦へと駒を進めた。

披露したネタは、いずれも「河本太が『あるなしクイズ』を出題し、これに答える井口浩之の毒舌が過激になっていく」というものだ。とくに1本目の「YouTuberにはあるけどタレントにはない」に対する答えが飛躍して飛び出した「警察に捕まり始めている!」は強烈なフレーズだった。

また、2本目の「大阪にはあるけど東京にはない」というお題に「自分たちのお笑いが正義だという凝り固まった考え!」と言い放ってからラストまでは白眉のしゃべりだった。

井口が「あるほうは全部ウザい!」と口にすると、河本が「M-1も?」と水を向ける。これに井口は「M-1もウザい。アナザーストーリーがウザい!」とM-1ファイナリストを追ったドキュメンタリー『M-1グランプリ アナザーストーリー』(ABCテレビ・テレビ朝日系)を引き合いに出し、「泣きながらお母さんに電話するな! 『(泣き顔を作り)優勝したよ~』じゃないんだよ!!」と毒づいた。

今まさに出場している大会に噛みつき、優勝した芸人がかつていただろうか。小柄なM-1戦士・井口の叫びは、ことごとく見る者の心を捉えた。コンプライアンス重視のテレビ界において、これほど痛快な出来事は久々だった。
 

ぶつかり合いの漫才が光った、さや香

準決勝に臨む「さや香」。新山(左)と石井のコンビだ=2022年11月30日、東京都港区、照井琢見撮影
準決勝に臨む「さや香」。新山(左)と石井のコンビだ=2022年11月30日、東京都港区、照井琢見撮影 出典: 朝日新聞社
2017年、初のM-1決勝進出で7位。今年は2度目のファイナリストとなったさや香。彼らは、今大会のファイナリストの中でもっとも漫才がうまかったと感じる。

そもそもは、新山のパッションのこもったボケが印象的なコンビだった。声の大きさと滑稽な言動で会場を巻き込み、笑いを増幅していくスタイルである。

しかし、2018年以降は準々決勝止まりの結果が続く。昨年、久々に準決勝に進出したものの、敗者復活戦で披露した「か・ら・あ・げ、(ひらがなで)4!」をひたすら繰り返す漫才には、ある種の行き詰まりを感じざるを得なかった。

その時点では、気付きようもなかったのだ。彼らが今年の大会のために新たな形を温存していた、ということを。昨年のうちに本格的なモデルチェンジを図り、ボケとツッコミを変更。新山がツッコミ、石井がボケとなり、「新生・さや香」はもう一度決勝の舞台へと返り咲いた。

その持ち味が発揮されたのは、何と言っても1本目だ。「30過ぎてから体ついてこない」と自身の体力的な衰えを口にした石井が、続けて「(運転)免許を返納しました」と突然のカミングアウト。不便を感じたら、81歳の元気な父親に車の運転を依頼するという。

あべこべな石井に戸惑い、返納を取りやめるよう説得する新山。これに石井が「佐賀県のタクシー代が20%オフになる」と返納のメリットを語り、今度は新山が「佐賀は出れるけど、入られへん!」と偏見を口にし始める、という両者のぶつかり合いが見どころのネタだった。

途中で新山があまりに離れた石井親子の年齢差に気付き、「(父親が)47の時の子どもなん? めっちゃエロいやん」と漏らす場面も面白い。2本目も悪くなかったが、やはり1本目の完成度が高過ぎたのだろう。2人は惜しくも準優勝となった。

クレイジーな石井と気迫あふれる新山の漫才で、来年もM-1決勝の舞台に姿を現してほしい。
 

ロングコートダディは、大喜利的なコントで魅了

準決勝に臨む「ロングコートダディ」。堂前透(左)と兎=2022年11月30日、東京都港区、照井琢見撮影
準決勝に臨む「ロングコートダディ」。堂前透(左)と兎=2022年11月30日、東京都港区、照井琢見撮影 出典: 朝日新聞社
今年、「キングオブコント」「M-1」のダブルファイナリストになったのがロングコートダディだ。とくにM-1は2年連続で決勝進出。昨年は4位という結果だっただけに、今大会でひと際注目度が高かった。

コント師として高い評価を受ける彼らは、漫才でもその持ち味を存分に生かしていた。とくに1本目のネタは「マラソンの世界大会に出場する」という漫才で、滑稽な走り方をするランナーに抜かされ続けるというものだった。

センターマイクを先頭ラインに見立て、時に兎が、時に堂前透が、舞台手前と後部の幅を使ってお互いを抜かし合う。

足を広げて走る者、人混みをすり抜ける者から始まり、何の大会かわかっていない者、片手に味噌汁を持って走る者、先輩に告白しようと前に出る者、大奥の歩き方で抜かす者など、まるで大喜利のように新たなランナーが登場しては相手を抜かしていく。

そこに漫才の定石であるボケ、ツッコミの関係性はない。1人がより意外性のあるボケを演じ、1人が「おい、嘘だろ?」とリアクションする役割だ。キャラクターを演じ分け、コンスタントにボケを量産する設定は、コントと漫才の強みを知る者ならではの着想だと感じた。

2本目の「タイムマシーンで江戸時代にいく」というネタも、見た目のしぐさでは「遠山の金さん」だが、実際には「ワクチンを打つ患者」という趣旨のもので、やはり軸にあるのは大喜利的なコントだった。

同じ要素を持つ真空ジェシカも同じくファイナリストだったが、ロングコートダディが最終決戦に勝ち上がり3位となったのは“ネタの見やすさ”からだろう。4位となった男性ブランコも、ボケ数こそ少ないが確実に笑いを起こす漫才コントで高得点をマークした。

しぐさ、動き、リアクションなど、コントの要素がふんだんに盛り込まれた彼らのスタイルは、今後コント師がM-1決勝にぶつけるネタの指針となるかもしれない。
 

毒舌漫才が頂点に立ち、本当の意味で時代が一周した

上位3組に入らなかったコンビも、それぞれが個性を発揮した大会だったように思う。

リズムとファンタジックな世界観で魅了したヨネダ2000、ゆっくりとしたテンポながら巧みな構成で笑わせたカベポスター、初の決勝進出を果たしたキュウとダイヤモンドの2組も、注目度が高い舞台で独自のしゃべくり漫才を堂々とやり切った。

敗者復活から勝ち上がったオズワルドも、忙しい日々の中で新ネタを披露したところに執念を感じた。当人らは嫌がるだろうが、まだまだ出場可能な彼らは「令和版・笑い飯」とも言うべき大会の顔になるかもしれない。

また今年は、上沼恵美子、オール巨人から、山田邦子、博多大吉へと審査員がバトンタッチされ、どんな点数をつけるのかにも熱い視線が注がれた。とくに山田はピン芸で脚光を浴びた芸人なだけに、その審査を不安視する声も少なくなかった。

実際、序盤からカベポスターに「84点」、真空ジェシカに「95点」をつけ、昨今のM-1では珍しいふり幅を見せた。博多大吉がすべて90点以上だったことを考えると、実に思い切った採点である。しかし、これくらい忖度のない審査員がいるほうが大会は盛り上がる。当の本人は、「(84点は)私としてはすごい高い点数つけたと思ったら、一番辛かったですね」とケロリとしていた。

そんな山田ならではの一幕もあった。敗退が決定した複数のコンビが、カメラに向かって「山田邦子さん、僕らのこと忘れてますよね」「邦ちゃん、待っててねぇ~」と笑わせた場面は大会の緊張を緩和させた。

2020年のM-1で優勝したマヂカルラブリー・野田クリスタルが、翌年から審査員を辞退しようと考えていた上沼恵美子に向けて「恵美ちゃん、やめないで~!」と叫んでいたのを思い出す。きっと今年のファイナリストたちは、山田にもそんな懐の深さを感じたのだろう。来年以降、恒例になりそうな予感がする。

一方で、毒舌漫才が久々に脚光を浴びたのも感慨深かった。コント55号・萩本欽一のアットホームなバラエティーが全盛だった1980年代初頭、ツービート、B&B、島田紳助・松本竜介ら若手漫才師が台頭し漫才ブームが到来した。「本音」「毒舌」と呼ばれる笑いが新たな時代を作り、とくにツービートはネタの過激さでひと際注目を浴びた。

そのツービート、若手時代の爆笑問題から続く系譜のウエストランドがM-1で優勝した意味は大きい。

ダウンタウンが漫才ブーム後に登場し、それまでになかったピンポイントな設定、発想、言葉のニュアンスを駆使して新しい漫才のスタイルを確立していったことを考えると、本当の意味で時代が一周回ったなと感じる。

2020年のM-1決勝でニューヨークが毒気のある漫才を披露しているが、それは「生レバーを出す店で仲間と飲んだ」といったエピソードから「転売したチケットのお金を募金した」というような“ねじれた倫理”へと飛躍し笑わせる類のもので、作りものとしての完成度を考えて構成されていることが見て取れた。

ウエストランドのネタには、そうした展開の妙はない。ただ、何ものにも代え難い“井口の地”が乗っかっている。本心とまでは言わずとも、そもそも旬な芸人や流行に噛みつく芸風がネタに反映されていた。

「大阪の笑い」や「M-1」など揺るぎようのない絶対的な対象を相手取り、ストレートに「ウザい!」とぶった切っていく。普通なら強いツッコミが入ることで成立するスタイルだ。しかし、小柄な井口のキャラクターもあるのか、河本の穏やかな制止のみでも不思議と会場の笑いは途絶えることがなかった。

大会のフィナーレで、山田邦子がウエストランドに「予習では一番つまらないと思っていた」「私の目は節穴と思いました」と口にしていたのがすごく印象に残っている。

やはりM-1はガチの大会だ。吉本興業主催の大会でありながら、2年連続で他事務所の芸人が優勝することなど誰が予想できただろうか。

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