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何が魅力? お笑い芸人が「水道メーター検針」バイトをする理由
エル上田さんが語る、その「魅力」
水道メーター検針のアルバイト、実はお笑い芸人に多いって知っていますか? なかには勤続年数が20年を突破し、感謝状を贈られた芸人さんもいるそうです。2021年にフリーに転身したエル・カブキのエル上田さんも、水道メーター検針のアルバイトをするひとり。なぜ、水道メーター検針のアルバイトが人気なのかを教えてもらいました。(ライター・安倍季実子)
「実は数年前に、インディーズの芸人が過労死した年があったんですよ」
突然、平然とした顔でそう話すのは、マニアックな情報や時事ネタを扱う、しゃべくり漫才が得意な「エル・カブキ」のエル上田さん。こちらがドキッとするような発言は、エル・カブキの芸風そのものです。
「ちょうどその頃、深夜のコンビニバイトをしていました。13年ほど続けてたんですが、最後の方はワンオペになっちゃって…。ライブが終わったらバイトに行って、休憩時間がとれないから仮眠せずに翌朝まで働いて。さすがにヤバいと思って辞めました」
そのタイミングで、錦鯉の長谷川雅紀さんに紹介してもらったのが、「水道メーター検針のバイト」でした。今年で6年目になるそうです。
「過労死があった年、芸人たちの中で、ライブ終わりにバイトへ行くんじゃなくて、ちゃんと昼間に働こうっていう空気になったんです。そして、『水道検針のバイトがいい』という噂が広まりました。最初にこのバイトをしていたのは、ピン芸人の野田ちゃんさん(SMA)で、勤続20年以上で感謝状を贈られたそうです。
なかなか芽が出ないまま、芸歴10年を超えても続けるのが普通になってきてましたし、妻子持ちでバイトをしながら芸人を続ける人も増えつつあったんで、過労死が他人事ではないと感じた芸人も多かったんだと思います」
エル上田さんが水道メーターの検針を担当するのは、地元でもある川崎市の一部。出勤日は月に12日間でシフト制で、勤務時間の短さが魅力的なのだそう。
「バイトがある日は10時までに出勤して、準備をしてから現場に向かいます。まわるのは150件くらいで、終わるのは12~13時。その後は、自宅に戻って本を読んだり、ネタを考えたり、ライブの準備をしたり、いろいろなことをしていますね。たまに疲れて寝てしまうこともありますが(笑)」
現在、エル・カブキは月に20本近くのライブに出演していて、エル上田さん自身は、格闘技の選手や社会学者などの異業種の人を招いたトークライブも主催しています。
「本も格闘技も好きですし、芸人以外の仕事をしている人と話すのも好きです。トークライブ前には、ゲストの情報とかいろいろ調べるんで、下準備にかける時間は大事ですね。
2018年末に始めたYouTubeはほぼ毎日更新していて、YouTubeの撮影をしてからライブに行きます。ライブがない日の夜は、ブラジリアン柔術を習っているので、そっちに行きます」
実際に稼働しているのは3時間くらいで、通勤時間を入れても約4時間。アルバイト代は7~8万円くらいだといいます。
「急に仕事が入って出勤できなくなることもあるんですが、そういう変更もすんなりきいてもらえるし、代わりの人を探さなくても大丈夫なんです。こんなにいいバイト、ほかにはないんじゃないかな?」
自転車で個人宅やマンション・アパートをまわって、水道メーターに表示されている数字を手持ちの機械「ハンディ」に打ち込んで、使用量を確認します。その後、漏水してないかをチェックして、プリントした水道料金のお知らせをポストに入れるまでが一連の流れです。
「初めてのお宅で水道メーターの場所が分からない場合は、まず探すことから始めないといけないんですよね。そこで時間がかかってしまう時は最悪ですよね。次に行けなくてイライラします(苦笑)」
2ヶ月かけて担当地域をまわり、3ヶ月目に2回目の検針になり、5ヶ月目に3回目の検針となるので、やればやるほど慣れて作業が早くなっていくのだそう。
「実は方向音痴なんで、はじめの頃は地図を覚えるのが大変でした(苦笑)。雅紀さんに紹介してもらったバイトっていうのと、だーりんずの松本りんすさんの『半年だけ我慢しろ。そうしたら、めっちゃ早くできるようになるから』っていう言葉があったから乗り越えられたんだと思います」
バイト歴は6年目を迎え、もうトラブルはほぼありません。短時間で効率のいい「神バイト」ですが、エル上田さんの頭を悩ませるものが、ひとつだけあります。
「外回りなんで、天気が天敵ですね。夏は暑いし、冬は寒い。雨・雪・台風の日はめちゃくちゃ時間がかかります。冬に水道検針をしているとヒートテックの偉大さを感じます」と苦笑します。
それでも、ネックになることは天気だけ。「何時間も拘束されないから芸人活動を最優先できるし、事務所の人もいい人ばかり。あと、意外と世間の動きがわかるってのも、やってみてから気づきましたね」と話します。
エル・カブキの漫才は毒っ気が持ち味。対象をテンポよく斜めからイジります。扱うテーマに政治や芸能ネタが多いのは、ネタを作るエル上田さんの自宅にテレビがないからなのだそう。
「ネタの情報源はほぼネットです。YouTubeやTVer、Netflix、Amazon Prime Videoなどに入っているので、テレビがなくても特に困らないと思ってました。
でも、メーター検針している時に、あるアパートの部屋から大音量で芸能人の結婚報道が流れてきたことがあって、『ネットが発達してもテレビを見る人は一定数いて、人によっては、結婚報道みたいなほのぼのしたニュースは大事なのかもしれない』と思ったんです」
昼間にテレビでワイドショーを楽しむ人がいる。小さな出来事のように感じますが、エル上田さんにとっては、衝撃的な出来事だったといいます。
「仮に『テレビはオワコン』をテーマにネタを考えた場合、このことに気づかないままだったら、テレビを下げてネットを上げる展開になります。でも、昼間のワイドショーを見て癒されてる人もいるって視点が入れば、新しい展開が生まれます」
すべてのものや事柄にはプラスとマイナスの面があり、それを知ることでネタの構成も完成度も変わるのだと気づいたそう。
「漫才の中でも、特に時事ネタは無限の可能性を秘めていると思ってたんですが、プラスとマイナス両方から見ることで、可能性を無限にできるんだってことに気づかされました」
今後は、時事ネタ漫才をメインにしつつ、興味のあることを広くやっていきたいと語るエル上田さん。
「賞レースも大事ですが、とにかくライブはずっとやっていきたいですね。定期的に単独ライブもしてますが、もっと頻度を増やしたいですし、地方でもやりたいです。ほかにも、異業種の人とのトークライブだったり、その時に面白いと思ったことをどんどんやっていきたいですね」
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