話題
「残る住宅ローン、でも戻る場所がない…」〝転職失敗〟4つの「壁」
「辞めても戻る場所がない。住宅ローンを抱えて路頭に迷いたくない……」。転職したものの、新たな職場で〝失敗〟して追い詰められてしまう――。そんなケースもあると、専門家は警鐘を鳴らします。〝失敗〟の背景にある4つの「壁」とは?
総務省の「労働力調査」によると、転職者は288万人(2021年平均)。働く人全体に占める転職率は、4.3%でした。23人に1人が転職した計算になります。
一方で、パーソルキャリアが2020年に実施したインターネット調査では、転職者のおよそ半数が、転職決定後と入社後を比べると自身の働く姿に「ギャップ」を感じていると回答しています。同じ調査では、約6割の人が転職先で孤独を感じていること、人間関係で悩んでいることも示されています。
何が原因でしょうか。「転職定着マイスター」を名乗る川野智己さんに聞きました。
川野さんは、大手人材紹介会社の教育研修部長などを経験。転職を支援した人の1年以内の離職率を、44%から10%未満に引き下げた実績があると話します。
「転職者は、労働条件や仕事の中身などを重視する傾向にありますが、実際には、仕事をするために必要、けれども見落としがちな要素があるのです」
川野さんは、そう指摘します。
厚生労働省の「転職者実態調査」(2020年)では、直前の職場を離職した理由を複数回答で尋ねています。
「労働条件(賃金以外)がよくなかったから」が最も多く、「満足のいく仕事内容でなかったから」「賃金が低かったから」と続きます。
川野さんの指摘は、こうした調査とも合致します。その上で、多くの転職者は、新たな職場で別の問題に直面しがちだと言うのです。
川野さんは、30代男性のケースを例に挙げます。
男性は、大手百貨店で、衣服や食品売り場の責任者を務めていましたが、新型コロナの影響で業績が悪化。業界の先行きも見通せず、初めての転職を経験しました。妻と2人の子どもの4人家族です。
転職先は、地方に基盤を持ち、食品を扱う中小企業でした。年収はダウンしたものの、業績は伸びていて、会社に将来性を感じていました。肩書は部長に次ぐ「次長」。転職先の経営者からは「将来の幹部候補」と言われました。
ところが、転職から半年。男性は、窮地に追い込まれてしまいます。
転職の際、「経営者になったつもりで腕を振るってほしい」と新たな職場から告げられました。そのため、一部で不満があった営業手当の支給基準に関する規定を見直すなど、積極的な対応を心がけました。
一方で、4人の部下のうち、気心が知れていたのは20代の男性社員1人のみでした。特に、業務に熟知した年上の女性社員とは疎遠な状況が続いていました。
男性の業務は、営業として販路を開拓したり、拡大したりすることです。半年が経ち、順調に成果を上げていると思っていた矢先、経営者から呼び出され、叱責されてしまいます。
ある重要な取引先との商談は、先方で実権を握る会長参加の「朝食会」の場でまとまっていました。しかし、男性はこの取引の習慣を知りませんでした。男性が「朝食会」に顔を出さなかったことなどから、先方は経営者に「抗議」を入れました。その結果、経営者に呼ばれた男性は叱責されたのです。
問題は「朝食会」におさまりませんでした。
男性が良かれと思っていた手当規定の見直しに、反発の声が挙がっている。男性が「この会社のやり方は非効率」などと頭ごなしに否定することに部下がおびえている――。経営者の耳には、そんな「実情」が知らされていました。経営者は、男性にこう告げました。
「あなたは、社員の信頼を完全に失っている」。そうして、退職を促したそうです。
「辞めても戻る場所がない。住宅ローンを抱えて路頭に迷いたくない……」。男性は、そう打ち明けました。
川野さんは、転職先に定着しない大きな要因、つまりは「壁」を4つ挙げます。
なかでも、最も顕著なのは「リソース獲得の失敗」だそうです。
「リソースには、独特の商習慣や、人間関係の中でのキーパーソンの把握など『情報』と、仲間からの信頼など『人心』という二つの側面があります」
「朝食会」という独自ルールを知らず、業務に熟知した社員と疎遠になった男性も、この点でつまずいたとします。
「元の職場では当たり前だった『リソース』が、新たな職場ではまったく使えなくなるわけです」と川野さんは指摘します。
そして、転職後の半年間は、こうした「リソース」を得るための時期だと説明します。
「身近な人から同心円状に仲間を増やす」「商習慣や人脈を把握する」といったことが大切だそうです。
窮地に追い込まれた男性は、川野さんのアドバイスで地道に「リソース」の獲得を進めたそう。結果、周囲の信頼を取り戻し、働き続けることを選んだそうです。
川野さんが指摘する職場に定着しない要因はほかに、「立場の無理解」「適切な相談相手の不在」「拙速な判断」です。
「『私は期待されている』などと思うかもしれませんが、転職先は基本的に『アウェー』です。厳しい目で見られているということを忘れてはいけません」
「適切な相談相手の不在」によって、転職前に無謀な選択をしてしまったり、転職後によい解決方法を探せなかったりするとします。「立場の無理解」「適切な相談相手の不在」が、「拙速な判断」を招いてしまいがちとします。
川野さんは「転職エージェントがその役割を果たせればよいのですが」としてこう続けます。「転職前にメリットばかりを強調するケースもよく聞きます。転職実績に応じた『成果報酬』だとなおさらです。そうした場合、転職後は『知らん顔』になってしまいます」
一方で、川野さんは転職先の企業にも、受け入れ体制の整備が必要と指摘します。
販促ツールや営業手法、業界の慣行などについて整理し、提供する。フォローアップのための面談をする――などによって、「リソース獲得の失敗」を防げるとします。
転職前に、組織風土や人事処遇上のルールなどを、転職希望者に丁寧に説明することも必要と言います。
「転職には〝失敗〟もありえます。離職前に、一度立ち止まってよく検討することが必要です。転職後、うまく立ち回れていないとすれば、何が『壁』になっているのか見極めて、ひとつひとつ取り除いていきましょう」
1/5枚