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「ぴえん」はもう死語? 飯間浩明さんをうならせたZ世代の答え

サイノロ…??

辞書編纂者の飯間浩明さん(右下)と若者が「若者言葉」について語りました。
辞書編纂者の飯間浩明さん(右下)と若者が「若者言葉」について語りました。

目次

移り変わりの激しい「若者言葉」。Z世代(1990年代中盤から2010年代中盤に生まれた世代)に特化したシンクタンク「Z総研」では、若者たちを対象に、2020年から「流行(はや)った言葉」を調査しています。「ぴえん」「きまZ」――。現代の若者言葉についてZ総研の道満綾香代表とインターン中の大学生、辞書編纂(へんさん)者の飯間浩明さんが語り合いました。前編・後編に分けてお伝えする今回は、前編の「辞書に載る言葉とは」です。

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《プロフィール》
飯間浩明さん
辞書編纂者で『三省堂国語辞典』編集委員。1967年生まれ。10代の頃に流行った言葉で印象深いのは「ぶりっ子」「ネクラ」など。

道満綾香さん
Z世代のシンクタンク「Z総研」の代表。1992年生まれで、10代の頃に流行った言葉で印象深いのは「KY」と「~なう」。

上田優芽奈さん
慶応義塾大学環境情報学部4年生。1999年生まれで、10代の頃に流行った言葉で印象深いのは「ンゴ」と「あざまる水産」。

あぶくのように消える言葉は辞書には載らない

 

飯間さん

若者言葉については、私はSNSなどで間接的に知ることが多いです。使う人の生の声をもっと聞かないとまずいなと、辞書を作る人間として思っているところです。

 

道満さん

私は今年30歳になります。Z総研には、社員でZ世代の子たちも多くいますし、インターンで来てくれている大学生たちからも流行っている言葉の使い方を知ることが多いです。

――さっそくですが、そもそも、若者言葉は流行が過ぎると使われなくなる印象があります。飯間さん、辞書に載る若者言葉と、載らない若者言葉の線引きってどこにあるんでしょうか。

 

飯間さん

私たちが編纂している三省堂国語辞典には、なるべくいまの時代の空気を辞書に反映させたいというポリシーがあります。そこでおのずと、若い世代の使う新しい言葉も多く入ってきます。

ただ、あぶくのようにすぐ消える言葉は載せられません。「この先10年ぐらいは使われ続けるんじゃないか」ということを一応の基準としています。

10年といっても、私たちは未来が見えるわけではないので、いろいろな方法で言葉の寿命を予想しようとします。

過去を調べて未来を占う

――流行した言葉・若者言葉で辞書に載ったケースでいうと? 

 

飯間さん

たとえば、「萌え」の新しい意味を載せたのが2008年の第6版。当時どんな検討をしたかというと、まず、「萌え」という言葉の初出例を探しました。

すると、1990年代末の使用例があった。第6版の編集時点で、すでに6、7年は使われていたわけです。

少しずつ浸透した言葉が、急に使われなくなることはありません。たとえピークを過ぎて、使われる機会が減っていくとしても、そのペースは緩やかなんです。

「萌え」の場合、それまでの普及過程が長かったので、今後もしばらく使われるだろうと予想されました。

「エモい」も同じで、2016年頃に特に広まった言葉ですが、いまも使われていますね。

元はパンクロックの一種の「エモ」というジャンルから来ています。この「エモ」が形容詞化して、若い世代の日常語になりました。

そうすると、「エモい」も徐々に浸透した言葉といえますから、この先2、3年でパタッと使われなくなることはない、という予測が立ちます。

とまあ、辞書に載せる言葉は「過去を調べて未来を占う」みたいなところがありますね。

――「過去を調べて未来を占う」、印象的なフレーズです。

 

飯間さん

それが基本的な姿勢です。

ただ、去年や今年に広まった言葉でも、これは絶対載せなきゃっていうのもあるんです。

流行語ではないですが、例えば、去年大流行した、マリトッツォ(パンに生クリームをたっぷり挟んだお菓子)はそうですね。 去年ちょっと食べただけ、という人もいるでしょうけど、大流行したお菓子というのは必ず固定ファンがつきます。そうすると、流行は去っても根強く支持されるんです。
1990年代のティラミスやナタデココもそうでした。

Z世代の社員、普通に「ぴえん」

――その上で道満さん、「この言葉、辞書載るのかな…」と気になっているものありますか?

 

道満さん

私たちが2020年から始めた調査で常にランクインしている言葉はいくつかあって、それは流行期が長いのかなと思っています。

例えば「ぴえん」。 いま言ってダサいわけではなく、普通に使っている気がします。当時より頻度が多いわけではないですが、社員のZ世代の子たち、特に女の子は、「この案件うまくいかなそうなんだよね」とかって伝えると、普通に「ぴえん」って返されたりします。(笑)

結構当たり前に使っているので、続くんじゃないかなと思っています。

 

飯間さん

上田さんは大学生ですが、「ぴえん」は普通に使いますか?

 

上田さん

そうですね。友人との会話の、リアクションのひとつの選択肢として使います。

 

飯間さん

実は、今年出た最新版の三省堂国語辞典第8版に「ぴえん」を掲載したんです。
「小声で泣きまねをするときのことば。また、小さく泣く声」という語釈(語句の意味の解釈)をつけました。

すると、「ぴえんの流行はもう終わった」と指摘する人がいました。私は「いや、そんなことはないだろう」と思ったんですが、その人にとってはもう古かったのかな。

でも、お二人の話を聞いて勇気が出てきました。

2022年上半期Z総研が行ったトレンドランキングの「流行った言葉」
2022年上半期Z総研が行ったトレンドランキングの「流行った言葉」 出典: Z総研

「ぴえん」っていい言葉だと思うんですよ、私。

――先ほどの話だと、「この先も続く」という見立てで「ぴえん」を載せたんですよね?

 

飯間さん

そういうことですね。「あと数年ぐらいは大丈夫だろう」というような弱気な見立てではなく、「ぴえん」はこれからも安定して使われるだろうと見ているんですけど、道満さん、どうですか。

 

道満さん

若い子は日常的に使います。40歳以上の人も文面で使ったり、ぴえんの絵文字(🥺)で返してきたりすることもあるので、日常的に使っていますね。

 

飯間さん

「ぴえん」っていい言葉だと思うんですよ、私。同じ「泣く」にしても、「しくしく」や「うえーん」だと悲惨さがにじみ出てしまう。

 

道満さん

確かに、社員の子たちが「ぴえん」を使うときは、クスッとするというか、明るい感じになるので、使いやすいし、聞いていても変な気持ちになりません。

「ぴえん」と「勝たん」、共通するのは

 

道満さん

あと、「~しか勝たん」はまだ普通に使います。「タピオカしか勝たんわー」とか、社員の子たちが言っています。

 

飯間さん

これは他に言い換えようがないというか、独特のニュアンスを持つ言葉ですね。「なになにが一番」と言うのと、「なになにしか勝たん」と言うのとでは、どこか違う。うまく説明できないんですけど……。

 

上田さん

「ぴえん」も「勝たん」も、ふざけているときというか。…ちょっとネタっぽい会話をするときの印象があります。
「なになにが一番だよね」って言うと、押しつけがましいです。「推しが一番だよね」とかって言うと……。

 

飯間さん

相手に「いや、私の推しの方が一番だよ」って言い返されちゃう?

 

上田さん

そうですね。「勝たん」だったら、「またなにか言ってるわ(笑)」って流してもらえる感じがあります。愛嬌(あいきょう)を含んでいるというか。

 

飯間さん

本気じゃないというか、あんまり深刻にならないっていうことですかね。「しくしく」ではなく「ぴえん」を使うときのような感じでしょうか。
「私の推しが一番で、あなたのが二番」と比較するんじゃなくて、心から「最高!」という気持ちで「~しか勝たん」って言っているんでしょうね。

いつの時代も、冗談に紛らわす言葉はある

――「ぴえん」も「勝たん」もそうですが、会話が深刻にならない表現かなと思います。こういう表現を使うっていうのは、トレンドなんでしょうか?

 

飯間さん

いつの時代も、冗談に紛らわして言う言葉はあります。

2010年代前半に現れた「激おこ」もそうですね。「私は激怒した」と言うときつくなるけど、「怒(ど)」が「おこ」になるだけで冗談っぽくなる。「激おこぷんぷん丸」の形で、「すごく怒っている」という意味を表したりしました。

「激おこ」っていまだに言いますかね?

 

上田さん

中学生か小学生くらいのときに流行って、いまはあんまり使わないです。

――激おこは辞書に載りました?

 

飯間さん

これは掲載を見合わせました。

ただ、SNSを見ていると、現在でもかなりの頻度で目にする言葉ではあるんです。日常語として定着する可能性は残っていると見ています。

「流行期が終わったら死語」と簡単に言う人もいるんですが、ある言葉が「完全に使われなくなった」「死語になった」と判断することは難しいです。

――「死語」ってどういう状況のことをいうんでしょうか?

 

飯間さん

みなさんの前で使っても、まったくわかってもらえなくなるときです。

例えば、上田さん、「ナウいヤング」って言ったらわかりますか?

 

上田さん

うっすらわかります。

 

飯間さん

うっすらわかりますよね。

私が「おじさんはナウいヤングだからね」って言ったら、まあ引かれるかもしれませんが、言っている意味はわかると思うんです。正確な意味はともかく、なんとなく「今風だって言ってるのかな」と受け止めてもらえる。

だとすると、これは死語ではないんです。
「ナウい」は1979年の流行語ですが、今は古風な言葉というか、ギャグとして使われる言葉ですね。「ギャグ要員」として生き残っています。「ナウいヤング」も死語ではない。

一方で、本当にわからない言葉があるんです。「あいつはなかなかのサイノロだね」とか。

一同:いやあ、わかんない!

 

飯間さん

「妻(さい)にのろい人」、つまり「妻(つま)に甘い人」ということです。
戦前、当時の若い人たちが、仲間内で冗談で使うような言葉でした。これが1960年代ぐらいまでは通じたんです。でも、現在はさすがに誰もわからないし、使わない。

「サイノロ」は、三省堂国語辞典では、遅まきながら2008年の第6版で削りました。

こんなふうに、みんなに「え、なにそれ」って言われるようになると、それは死語です。

     ◇

後編(8月3日配信予定)では、インフルエンサー発の「きまZ」が生んだかもしれない若者の意識改革と、実は伝統的な言葉がアレンジされているのが若者言葉なのではという飯間さんの指摘について触れます。「きまZ」の用法などについても解説します。

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