連載
「レバーをひねってミルク」の壁…ミルクスタンド開店への試行錯誤
店づくり、何から始めたらいいの?
父とスタートさせた放牧牛乳のミルクスタンド。無事にオープンできましたが、本格的に店作りをはじめてから1年かかりました。店作りの方法を探るところから、会社との調整、資料作り、資金集め――。会社員をしながらスタンドを完成させるには色々なことがありましたが、何より大切だったのは仲間づくりでした。(木村充慶)
「親子で放牧牛乳を集めたミルクスタンドを作る」。そう決めて、本格的に店づくりがスタートしてから1年。
ようやく6月11日に都内にミルクスタンド「武蔵野デーリー」をオープンしました。
ありがたいことに、いまのところ地元のお客さんを中心にたくさんの方々に来ていただいていますが、店ができるまでの道のりは決して楽ではありませんでした。
父親も私も飲食店の経験はなく、どのように店を作っていくのか、費用がどれくらいかも分かりません。正直何から始めたら良いか全く分かりませんでした。
そこで、まず様々なスタンドについてネットで調べたり、店舗を回ったりすることから始めました。
コーヒースタンド、ティースタンドなど、最近では「〜スタンド」と称するお店はものすごくたくさんありました。
カウンターごしに商品が販売され、お客さんはそのまま持ち帰ったり、買ったものを店外で立って飲んだりするスタイルのお店です。
商品を提供するだけのシンプルな売り方。飲食業界では、お客さんと対面で話すことができ、こだわりの商品を出す、地元密着でやりたいといった人には相性が良いそうです。
お客さんが食べたり飲んだりする飲食スペースを持たないことが多く、費用を抑えることができる利点もあります。
ただし、商品を販売するカウンターが設備の中心といえど、それも決して安いものではありません。
内装や外装費のほか、キッチン、シンク、冷蔵庫などを備える必要もあります。ティースタンドをやっている友人に聞くと、500万程度かかることがわかりました。
スタンドスタイルのお店にかかる費用感がわかっても、商材がミルクとなるとまた変わってきます。
しかも、私たちは希少な放牧牛乳を扱うと決めていたので、価格は普通の牛乳の3倍以上にもなります。しっかり付加価値を感じてもらう体験にしないといけないと考えました。
当初は「クラフトビールのようにレバーをひねって、放牧牛乳を出せないか」なんてことを考えていました。
しかし知り合いの牧場主や厨房機器メーカーの方々に相談すると、「牛乳はものすごく法律が厳しいので大変だよ」と言われました。
牛乳を扱う場合は、食品衛生法にもとづく「乳等省令」なるものがあったのです。
乳等省令、正式には「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」。牛乳や乳製品などの成分規格や製造基準、容器包装の規格、表示方法などが定められているのですが、かなり難解な文章です……。
このまま文章とにらめっこして解釈の方法を考えていても話は進まないと思い、保健所に直接聞きに行きました。
ミルクスタンドでビールのように注ぎたいと伝えると、職員の方は親身になって教えてくれましたが、「1時間おきに管を清掃しないと厳しい」という見解でした。その後も仕様を変えて何度か相談してみましたが、答えは変わりませんでした。
ただ、考えれば考えるほど、保健所の意見はその通りだと思いました。牛乳は菌が繁殖しやすいからです。
そこで大きく提供方法を変えることにしました。「ミルク缶からお玉ですくう」方法です。
以前、スイスを訪れた時にとある高級なチーズ工房が行っていたやり方でした。
どのように牛乳が作られたのか思いを伝えながら、チーズ職人が丁寧に1杯1杯すくってくれるため、牛乳への思いがとても伝わります。相談した牧場の方にも「その方法がいいんじゃないの」と助言をもらいました。
必要な備品は牛乳缶とお玉だけ。余計な設備がなく清掃がしやすい。考えがまとまりました。
設計をお願いした建築家や施工会社の方々ともアイディアを相談しながら内容をつめていき、何度も見積りを作っていきました。
かかる費用も徐々に輪郭が見えてきて、ざっくり1000万くらい必要だとわかりました。
具体的な金額が見えてくると、「肝心のお金はどうしようか」と不安になっていきました。
なんとなく、大手のメガバンクではなく、地域の銀行や信用金庫、日本政策金融公庫などで借りるものということはわかってましたが、一体どうやって借りるのか……。
大学を卒業した後、ずっと会社員だったこともあり、事業のために自分でお金を借りたことがありませんでした。
会社を立ち上げて借りるのか。会社員のまま会社を作れるのか。分からないことだらけだったので、知人を介して地元の市役所の産業振興の担当者を紹介してもらい、相談しにいきました。
すると、「会社をいちから作るのではなく、父の会社を活用した方が良いのでは」とアドバイスしてくれました。
長年経営してきた信用もあり、国や自治体にある既存の企業を支援するプログラムを使うといいのでは……と。私としても、40年以上父が大切にしてきた会社を活かせるならそれがいいと考えました。
そして、中小企業向けに経営アドバイスを行う、国が作った相談所「よろず支援拠点」を紹介してもらい、訪問しました。担当の方が忖度なく、ずばずばアドバイスをくれました。
まず、会社員として働きながら、休みの日に活動していた私の立場を相談しました。「融資する銀行からするとボランティア。会社で責任者でもない人では相手にされないですよ」と厳しく指摘されました。
一方で父親は77歳と高齢なので、銀行からすると融資がしづらい可能性もある。そこで、私が父親の会社に参画して、親子で事業を行う形がいいと助言されました。
会社の担当者に「77歳の父の会社をサポートしたい」と相談すると、報酬をもらわない条件で取締役になることを了承してもらいました。
体制が整ってからは事業計画の資料づくりが本格化しました。
会社でも企画書はよく書いていましたが、いままで事業をいちから立ち上げたことはなく、肝心のお金の計算が全然できませんでした。
貸借対照表、損益計算書……どれも名前を聞いただけではどのようなものかも分からなかったのですが、エクセルの表を作るところから教えてもらいました。
資料がそろった後は、コロナ禍で父の会社が一度融資を受けていた金融機関と交渉をスタート。
相談しにいくと、どんどん物事が進みはじめました。なんとかベースとなるお金が集まると、他の銀行からも融資を受けました。
銀行融資だけでは足りないため、「クラウドファンディング」での資金集めにも挑戦しました。
資金を集めることが大きな目的でしたが、仲間を集めたいという思いもありました。
もともと私には個人の活動として、2019年に災害の復興を支援する社団法人「FUKKO DESIGN」を立ち上げた経験がありました。民間企業、NPO、行政など様々な業種の有志が集まり、垣根を越えて復興支援や防災の取り組みを行う団体です。
社団法人立ち上げの際にもクラウドファンディングを行ったのですが、想定していない方々からたくさんの支援をいただきました。そこから仲が深まり、一緒に復興支援のプロジェクトを行ったり、プライベートでも仲良くなったりする人もいました。
今回も、ミルクスタンドの挑戦を応援してくれる仲間を募りたい……そんな思いで挑戦しましたが、これまでのクラファンは仲間たちと一緒。父と取り組むとはいえ、77歳の父にはクラファンの仕組みや広がりはほとんど理解できていません。なので、事実上1人でやることになりました。
自分1人となると、成功も失敗もすべて1人の責任になります。
しかも、復興支援であれば、その社会的な意義に共感していただくことも多いです。しかし、父と私のミルクスタンドにどこまで共感してもらえるのか……。正直びくびくしながら始めました。
しかし「ミルクスタンドをやります」「放牧牛乳を応援したい」「酪農業界を少しでも盛り上げたい」という宣言には、意外なことに、多くの方々から共感していただき、支援やメッセージもいただきました。
しばらく連絡をとっていなかった方から「家族で飲みにいきます」といったものや、「コラボで商品を出そう」といった今後の新しい取り組みにつながる話など、さまざまな声をかけてもらいました。
最終的には175人もの方が支援してくれました。
自分がやりたいことの思いをしっかり掲げると、多くの仲間が集まるのだなと実感しています。
何も分からない状態からのスタート。クラウドファンディング以外にも多くの人のサポートがありました。
建物のこと、地域づくりのこと、飲食の経営のこと……ここまで100人近くの人に話を聞いたと思います。
行政も力強い味方でした。地元の保健所や消防署、役場の産業振興課、よろず支援拠点の担当者……。みんな親身に相談に乗ってくれました。
牛乳用カップをお願いした業務用資材会社の担当者にもお世話になりました。美味しい牛乳をどうやって魅力的に伝えるか。どうやったら風味がよく感じられるか。ギリギリまでカップの選定を悩みました。
さまざまなメーカーに掛け合って、今までにないカップを探し出し、提案してくれました。
見た瞬間、「これだ!」という思いになり、ようやく牛乳用のカップが決まりました。その担当者の方を、今では勝手に「武蔵野デーリーの資材担当」と思い込み、いつも連絡しています。
復興支援の社団法人の活動でも、行政や企業の方など「向こう側」にいると感じてしまっている人たちでも、こちらから仲間だと思ってしっかり気持ちを伝えると、色々なアドバイスを親身にしてくれるものです。
まずは親子の小さなミルクスタンドをしっかり安定させることですが、その先には酪農業界にある様々な課題にも向き合っていきたいと思っています。今回集まってくれたたくさんの仲間たちと連携しながら、新たな取り組みを作っていきたいなと思っています。
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