連載
#9 コウエツさんのことばなし
リベンジ消費・飲み…コロナ禍で広がった言葉 海外では注意が必要?
20年前は「聞き慣れないカタカナ語」定着させたのは…
「リベンジ消費」に「リベンジ旅行」、「リベンジ飲み」。新型コロナウイルスの感染状況が落ち着くとこんな言葉を見聞きするようになりました。みなさん、自粛生活の反動で、買い物や旅行への意欲が高まっていますよね。この「リベンジ」、20年ほど前までは聞き慣れないカタカナ語でした。定着のきっかけをつくったのは、スポーツ界のあの「怪物」。実は英語のニュアンスは少し違います。知っていましたか?(朝日新聞校閲センター・森本類)
次はリベンジします――。
広く浸透したのは1999年。「平成の怪物」と言われた松坂大輔投手が、プロ野球・西武に入団したばかりの春に発した言葉がきっかけでした。
ロッテ戦に敗れ、「リベンジします」と宣言し、翌週の再戦でプロ初となる完封勝利。大きく取り上げられ、リベンジはその年の新語・流行語大賞に選ばれました。
ただ、当時は違和感を抱く人も少なくなかったようです。「意味不明」「なぜカタカナ語を使うのか」――。朝日新聞スポーツ面で「松坂 リベンジ初完封」と見出しにつけたところ、こんなおしかりが多く寄せられたと後日のコラムにありました。
見出しを考えた編集者はこのコラムで、「『復しゅう』では語感が悪い。『雪辱』は手あかがついた決まり文句。ならば、十代の松坂投手自身が使う言葉の方が有言実行ぶりを言い当てる、と判断した」と経緯を説明しています。
その中で、「世代や性別を越えて言葉が浸透しているかどうか見極めるのは難しい」「目は引いたかもしれないが、多くの方にとってわかりづらくなってしまった」とも振り返っています。
英語のrevengeの意味は、復讐(ふくしゅう)や報復、あだ討ち。危害を加えられたり、侮辱されたりした相手への行為とされ、殺伐としたきつい言葉です。
一方、日本語の「リベンジ」は「巻き返し」「再挑戦」といったような、もう少し穏やかな意味で使われています。軽やかな〝ノリ〟も感じます。
英語より軽いニュアンスを持つ日本語の「リベンジ」は、松坂投手の発言で一気に広まり、2001年には三省堂国語辞典にも載りました。
いまではスポーツ選手はもちろん、子どもや政治家も使います。経済や囲碁・将棋の記事など、新聞でも幅広い分野で見られるようになりました。
「復讐」や「雪辱」という言葉があるのに、浸透していった「リベンジ」。そもそも、外国語を使ったカタカナ語や和製語は、なぜ次々に登場するのでしょうか。
考えてみると、日本語では十分に表現できなかったり、新鮮味がないと感じたりする時に広まりやすいようです。
例えば、コロナ下で広まった「リモートワーク」。「在宅勤務」ともいえそうですが、働く場所は家とは限りません。
駅などの個室ブースや、カラオケボックスで働く人も増えています。観光地などで休暇を楽しみながら働く「ワーケーション」も聞かれるようになりました。
パワハラ、セクハラ、モラハラなどの「ハラスメント」というカタカナ語には、名前をつけることで問題を可視化し、被害に気づきやすくする効果がありそうです。
ところで「リベンジ」と聞いて、アニメや映画にもなった人気漫画「東京リベンジャーズ」を思い浮かべた方も多いのではないでしょうか。映画の公式サイトにあるように、作品では「男たちの熱きリベンジ」が描かれます。
そういえば、2019年に世界興行収入の歴代1位を記録した米ハリウッドのアクション映画「アベンジャーズ」も音がよく似ていますね。
リベンジとアベンジ。ランダムハウス英和大辞典によれば、どちらも復讐や仕返しを意味するものの、revengeは個人的な恨みを晴らすために仕返しをすること、avengeは当然な懲罰を与えること――といった違いがあります。
二つの作品をすでにご覧になった方は、それぞれの物語を思い起こして、比べてみてください。
生かしておけないと思うほど恨みの深い「不倶戴天(ふぐたいてん)の敵」が相手ではなくとも、気軽に使える日本語の「リベンジ」。
英語圏の方と話すときは注意が必要そうですが、このカタカナ語にしか出せない微妙なニュアンスが、日本語の表現を豊かにしてくれている――。そんな捉え方もできるのかもしれません。
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