連載
#7 罪と人間
弁護士の電話〝悪い予感〟は的中した 「真面目で頑張り屋」の彼が…
「紹介してもらった人、飛んだ(逃げた)よ」「また、捕まったよ」――。三宅晶子さん(51)は2016年、刑務所などの出所者向けの有料職業紹介を始めました。紹介先の企業が三宅さんの会社にお金を払う仕組みです。ところが、紹介した出所者が無断で退職したり、再び捕まってしまったり。その度に、紹介先から電話が鳴りました。謝罪のため、新幹線や飛行機に乗り、全国に駆けつける日々だったそうです。やがてある決断をします。(朝日新聞記者・高橋健次郎)
三宅さんは新潟県生まれ。共働きの「立派な両親」を重荷に感じていました。「忙しすぎて、あまり関わってもらえないことの寂しさもありました」
中学生の頃には、酒やたばこも覚えました。万引きやバイクの無免許運転もしたそうです。高校入学後には両親と衝突し、家出。学校にも行かなくなり、素行を理由に5カ月で退学処分になりました。
同じ頃、母親は交通事故に遭い入院。病室で退学を告げると、泣かれました。「このままじゃ、ダメだ」。高校に入り直し、大学へ。勤め人も経験しました。
2015年に会社を設立。「ヒューマン・コメディ」と名づけました。準備を進めて1年後に始めたのが、有料職業紹介でした。自身が立ち直れたこと、そこには周囲のあたたかな支えという基盤があったこと。そんなことが設立の原体験となりました。
それでも、失敗と謝罪が続く日々でした。
ある時、弁護士から連絡がありました。よくない知らせだと、直感しました。
話を聞き、悪い予感が的中したとわかりました。
出所後、就労につなげた男性のことでした。「面接時の印象からは意外でした」と三宅さんは話します。出所した男性は三宅さんの面接を受けていました。「真面目で頑張り屋」。好印象で、建設会社に紹介しました。働き始めた当初、社長からは「すごく頑張っている」と聞かされていました。想定より早く昇給させたとも言っていました。
ところが、1年ほど経って行方不明になりました。
弁護士からの電話で行方不明の原因が分かりました。男性が逮捕されたこと、拘置所にいることを聞かされました。「会社の人には会いたくない」と、三宅さんを頼って連絡をしてきたそうです。
〝太鼓判〟を押した人でも、定着しない現実。企業から紹介料はほとんど入らず、事業としても厳しい現実がありました。就労開始から3カ月は無料。4カ月目以降、企業から毎月紹介料が発生する仕組みでした。
一方で、謝罪と出所者のサポートは続きました。
有料職業紹介は限界と結論づけたのです。
2018年、出所者ら向けの求人誌『Chance(チャンス)!!』を創刊しました。A4判。年4回の発行で、最新は18号(オールカラー/本文63ページ)。全編にひらがながふられています。
全国の少年院や刑務所などを対象に3千部以上を無料で配っています。刑務所内の掲示などをみて直接求人誌を請求してきた受刑者らも含まれていて、その数は900人に迫ります。
定着率を上げるため、企業にも条件を課しました。
身寄りのない出所者であれば、身元引受人になる。寮や社宅などの住居支援を行う。給料の前払いなどで、当座の生活費を支援する――などです。
創刊から延べ150人が就業し、半年以上の定着率は4割を超えます。1年以上でも定着率は3割。「『9割が飛ぶ』と言われてきた出所者雇用の業界では、高い数字です」と三宅さんは話します。
一方、受刑者には専用の「履歴書」を書いてもらいます。
特徴的なのは、非行歴や犯行歴などを書くことで、ほかに「事件の背景」や「再犯しないための決意や具体策」「被害者との関わり」なども書くようになっています。過去と向き合うための作業で、1カ月かかる人もいるそうです。
求人誌にはこう書かれています。「事業主さんの覚悟に応え、皆さんにも勇気と覚悟をもって過去をさらけ出して頂きたいのです」
三宅さんは「目の前の相手が再犯しない」とは、1ミリも思わないと言います。けれども、変わろうと思えば変われるし、変わろうとする人を応援できる社会であってほしいと話します。
はからずも法を犯してしまうことは、誰しもありえるとし、「私だって、速度違反したりするし、巻き込まれてけんかをしたりする可能性はあります」。自分のためにも生き直しを支えられる社会に――。そんな視点も持ち続けたいと思っているそうです。
関東地方に偏りのある掲載企業を「全県1社以上」に広げたい。一部の刑務所で提供している受刑者らの物事の見方や捉え方から見つめ直してもらうプログラムを、ほかの刑務所でも実施したい。三宅さんの思いは尽きません。
犯罪の被害はそれぞれ深刻です。失われるものは取り戻しがたく、被害を受けた人が負わされる苦しみに時効はありません。
一方で、罪を犯した人の背景に目を向けると、精神疾患や障害、被害体験などの事情が浮かび上がるときもあります。その背景は〝免罪符〟にはなりません。同時に、そうした背景が犯罪に直結するわけでもありません。
それでも、人間へのまなざしは、生き直しができる社会の土台づくりになるのだと思います。結果として、犯罪からの離脱も促すと考えます。
罪と人間を考えます。
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