マンガ
「顔が覚えられない」努力不足じゃなかった!作者がたどり着いた原因
マンガで伝えた「50人に1人」の障害
なぜか、人の顔が覚えられない――。新生活で気付いた自分の「苦手」。大学進学でつまずき、就職してからも一人で悩み続け、ようやくたどりついた原因とは? 「50人に1人」の障害と向き合うエッセイマンガの作者と、専門家に話を聞きました。
人の顔が覚えられず、話しかけられても思い出せずに相手を傷つけたこと。
何回も会っているのに「初めまして」とあいさつして、気まずくなったこと。
どんなに覚えようと努力しても、なぜか人の顔に関する記憶だけが、抜け落ちてしまいます……。失敗を重ねてだんだんと、人に話しかけることが嫌になってしまいます。
ひとつの「障害」を知ってから、ようやく力が抜けるようになるまでを描きました。
マンガには、「私も人の顔が同じに見えます」「仕事の関係、近所の人が特にダメです」「他人に興味がない冷たい人間なんだと悩んできた」など共感する声も寄せられ、2万超の「いいね」がつきました。
顔が覚えられない、私の話①(1/4)#漫画が読めるハッシュタグ #コミックエッセイ pic.twitter.com/JuH70Zo6ba
— さのか@育児絵日記 (@chiri_nurugo) February 28, 2022
さのかさんは、小さな町で育ちました。
小学校のクラスはずっと持ち上がり。高校生までは学校と家の往来という、「小さな世界」で暮らしていました。
「特に『人の顔が覚えられなくて』困った記憶はないです」
でも大学に入ると、世界はガラリと変わりました。講義ごとに入れ替わる人、バイト先、サークル、関わる人が急に多くなったのです。
すると、ある違和感を感じ始めました。「私って、『人の顔』が覚えられない」
決定的だったのは、新入生歓迎会の時でした。
同じ関西出身で、意気投合し、話し込んだ学生と、数日後に再会したとき、気さくに話しかけてもらったのに、まったく思い出すことができませんでした。
「誰……でしたっけ?」
空気が凍り付き、傷ついた顔で彼女が言いました。「本気で言ってるの?」
彼女が立ち去った後に、ようやく「新歓で話した子だ」と思い出しました。
「自分でも理解できませんでした。あんなにしゃべっていたのに、あんなに良い子だったのに……と。自分がなんでこんなことをしちゃったのか、意味が分からず、パニックになっていました」と、さのかさんは振り返ります。
今でも忘れることができない、強烈な「初めてのつまずき」でした。
なぜ高校生までは、「覚えられない」という悩みがなかったのでしょうか。
取材を機に、さのかさんが振り返ってくれました。
さのかさんの場合、いつも一緒にいたのは4~5人。
だいたい3~4回、みっちり話すと、声や髪形、服装やしゃべり方を覚えていくと言います。
「よく考えると、誰かを思い浮かべる時、私が思い出しているのは、声とか話した内容だったりします」
就職後に、ますます「苦手」の意識が強くなりました。
職場は大半が男性で、みんな作業着姿。頼りにしていた「髪形」や「服装」の違いがほとんどなくなってしまいました。
人違いをしてしまうたびに、頭の中では混乱しています。「なんで間違えちゃうんだ」「自分はできない人間なんだ」「いよいよ失敗できない」とかたくなになってしまいました。
30人ぐらいの部署に配属されても、特に関わる4~5人以外は、覚えられません。2年ぐらいは座席表を持って、話しかける時は座っている時にしました。
「自分の感覚も信用できず、気軽なコミュニケーションに、いつもワンクッション挟んでいるような感じでした」
「私は人に興味がないから顔が覚えられないんじゃないか」と考え、いつも誰かと話すときは、「顔を覚えないと」と集中して顔を見るようにしました。
目はこんな感じ、口はこんな感じ。誰々に似ている……。
話を聞きながら、顔の情報を記憶に刷り込み、「今度こそ覚えられた!」と思うのですが、相手が目の前からいなくなったとたん、とたんに思い出せなくなってしまいます。
「ぱらぱらと顔の情報が抜け落ちている感覚」でした。
会社勤めをしながらデザインを勉強して、退社。子育てが落ち着いたのをきっかけに、イラストレーターとして仕事を始めました。
そんなある日、大きな転機が訪れました。
偶然見ていたテレビ番組で、「顔を覚えるのが苦手。人をよく間違える。髪形が変わっていると見分けるのに苦労する……」、さのかさんも身に覚えがあるそんな困り事を、「相貌失認(そうぼうしつにん)」という障害の特徴だと紹介していました。
この障害を持っている方は「50人に1人」。
「もしかしたら、私もこれなのでは……」
いろいろな経験談を調べながら、診断がついても根本的な治療ができないことを知りました。
でも、「覚えられなかったのは、『人への興味が薄いから』や『努力不足』ではなかったのかもしれない」、そう思えた瞬間、ふわっと力が抜けるのを感じたそうです。
相貌失認とは、どんなものなのか。
大人の発達障害に詳しい慶應義塾大学病院の小西海香さんに話を伺いました。
「相貌失認」はもともと、脳梗塞などで脳に部分的な損傷を受けたことでおこる高次脳機能障害のひとつとして知られていました。
ところが、同じように、生まれつき顔が覚えにくいという方がいることが分かってきました。「発達性相貌失認」と呼ばれています。人口の2%ほどの方がいるとされます。
発達障害のひとつと考えられていますが、今のところ疾患として確立しておらず、診断が難しい障害です。
生まれつき顔を覚えることが苦手であっても、日常生活に問題を感じなければ、発見できません。
小西さんの患者にも、さのかさんのように、大人になって会う人が増えるタイミングや、仕事で責任を伴うことになってから、問題を感じて受診する方が多いそうです。
受診する方の多くは、社会的な失敗やトラブルを重ねた結果、「なんでできないんだろう」「がんばってもできない」と気分が落ち込んで、うつ状態など二次的な問題を抱えている場合があると言います。
小西さんは「日常生活で困っていると言う方は、受診してほしいです。顔を覚えられるような治療はできなくても、二次的な問題を治療することができます」と語りかけます。
相談する場合は、精神科や、高次機能障害を扱っている医師などにかかると良いそうです。
小西さんによると、「顔を覚える」というのは、思っている以上に複雑で全体的な情報を処理をしていると言います。
すぐに「顔」と「その人が誰であるか」という情報が結びつかなくても、記憶に問題があるわけではないそうです。
「努力で補えるものではありません。自分を責めないでほしいです」
「顔が覚えにくい」人の中には、持ち物や仕種から覚えようとしている人、名札を付ける部署で働くことや接客業を避けることで、支障が出ない働き方をしている人もいるそうです。
では、まわりの人は、どう接したらいいでしょうか?
「もし、『顔を覚えられない』ということが日々の生活で自分の身に起きたら、と想像してほしいです」
「顔が覚えにくい」と言われた時は、「そういう特徴がある人」だと受け止めて、名前や所属を言ったり、以前話したエピソードや関わりを一言添えると、記憶が結びつく手助けができるそうです。
さのかさんは、イラストレーターとして在宅中心の仕事になったことで、対面の仕事が減り、会社員時代に感じていた「目上の人の顔を覚えていないのは失礼」「仕事に支障が出る」というストレスが減ったそうです。
生活の中で今後も関係が続く人には、最初に会った時に、「私は本当に顔を覚えられないので、もし次に会った時に覚えていなかったとしても、どうか気にしないでください」と伝えるようにしました。
相手が「自分のせいかも」と傷つくことを減らしたいと感じています。
意外にも、受け止めてくれる人が多く「どこどこでお会いした○○です」と名乗ってくれると言います。そんな気遣いがありがたいと言います。
誰にでも明るくあいさつをするようになりました。
「田舎から広い世界に出てきた時、社会人になった時、同じようにつまづく人がいるかもしれない」と思いを馳せます。
無理をし続けて臆病になってしまっていたあのときの自分に、
あのとき「覚えていられなくて」傷つけてしまったあの人に、
そしていままさに悩んでいる人に、
このマンガが届けばいいなと願っています。
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