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オタク続ける?恋に生きる?女子高生の葛藤描いた漫画家のメッセージ

「オタクだから、が自分を縛っている」

漫画やアニメが大好きな少女が、同級生に恋をした――。趣味と青春を巡る物語が、オタク当事者の心を打ち抜いています。作者に思いを聞きました。
漫画やアニメが大好きな少女が、同級生に恋をした――。趣味と青春を巡る物語が、オタク当事者の心を打ち抜いています。作者に思いを聞きました。 出典: (c)ニコ・ニコルソン/講談社

目次

特定の物事に情熱を注ぎ、膨大な量の関連知識を蓄える人々は、しばしば「オタク」と呼ばれます。この言葉をテーマとした創作漫画が、じわじわと注目を集めているのをご存じでしょうか。1990年代を舞台に、漫画とアニメを愛する女子高生が級友に恋し、思い悩む筋書きです。オタクであることを周囲からなじられ、学校で孤立した経験から、趣味をひた隠しにする主人公。「ふつう」の青春への憧れと、趣味を諦めたくない本音との間で引き裂かれる姿が、思春期のほろ苦さを読者たちに思い出させているのです。価値観の異なる相手と、わかり合うことはできるのか。そんな裏テーマをしのばせつつ、実体験も盛り込んだという作者に、思いを聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)

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「古オタク」が現代で受けた衝撃

話題の漫画は、昨年8月から講談社の月刊漫画誌「Kiss」で連載されている『古(いにしえ)オタクの恋わずらい』です。今年1月には、単行本第1巻が発売されました。

時に、西暦2021年。42歳のシングルマザー・佐東恵(めぐみ)は、16歳の娘・桜の行動に度肝を抜かれていました。大好きなアニメの、キャラクターイラストや名言があしらわれた服を着こなしつつ、友人とのお出かけを楽しんでいたからです。

国民的人気を博す漫画が大手アパレルブランドとコラボし、いわゆる2.5次元俳優のグループが、日本武道館の舞台に立つ――。そんな社会の到来は、オタクが冷遇される「冬の時代」を生きてきた恵にとって、予測すら不可能な事態でした。

漫画『古オタクの恋わずらい』
漫画『古オタクの恋わずらい』 出典: ©ニコ・ニコルソン/講談社

思い人は「死ぬほど」オタクが嫌い

さかのぼること26年、恵の姿は神奈川県内の高校にありました。地元・仙台からの転校初日。ルーズソックスと、膝上丈のスカートを履き、当時最先端だったファッションに身を包んでいます。教壇の上であいさつしたとき「事件」が起きました。

「サトメグって呼んで下さいっ☆」。少女漫画『天使なんかじゃない』(てんない)の元気キャラ・冴島翠を意識した第一声が、裏目に出てしまったのです。「終わった……」。静まりかえる教室の空気に、新生活への期待がしぼんでいきます。

バスケットボール漫画の金字塔『スラムダンク』の連載をリアルタイムで読み、登場人物の一人・流川楓と学校生活を送る妄想漫画まで生み出す恵。転校前、筋金入りのオタクぶりゆえにいじめを受け、青春をやり直すつもりだったのです。

漫画『古オタクの恋わずらい』
漫画『古オタクの恋わずらい』 出典: ©ニコ・ニコルソン/講談社

失意の彼女でしたが、学級委員の同級生・梶正宗との出会いで運命が動き出しました。男子バスケ部エースとして活躍し、女子たちの人気を一身に集める姿に惹かれます。そしてひょんなことから、一緒に下校する機会を得ました。

二人乗りの自転車に揺られながら、恵は正宗に思い切って尋ねます。「オタク系の人ってどう思う?」。すると、満面の笑みで、彼はこう答えました。

「死ぬほど嫌い」

絶対に、趣味を気取られてはならない……。恵は学校で浮かないよう、注意深く振る舞いつつ、正宗との距離を縮めようと奮闘します。そして、1995年と2021年を行き来しながら、オタクと社会とのつながりを巡る今昔物語が紡がれていくのです。

漫画『古オタクの恋わずらい』
漫画『古オタクの恋わずらい』 出典: ©ニコ・ニコルソン/講談社

漫画好きを公言できなかった青春時代

作中ではたびたび、クラス内のヒエラルキーを内面化し、オタクとしての自分を卑下する恵の姿が描かれます。

「彼女の振る舞いに、自分を重ねました」。そう話すのは、作者で宮城県出身の漫画家、ニコ・ニコルソンさんです。東日本大震災で被災した実家を建て直すまでの日々を追った『ナガサレール イエタテール』(太田出版)などの著書があります。

ニコさん自身、幼少期から漫画の世界に浸かってきました。

小学生でスラムダンクにはまり、人知れず努力を重ねる海南大付属高の選手・神宗一郎に「ガチ恋」。妖怪と人間の対決を描いた『幽☆々☆白書』『うしおととら』など、陰影深い作品も愛読しました。

「恋愛話で盛り上がり、仲間と連れ立って意中の人にバレンタインチョコを渡しに行く。そんなクラスの女子のノリに、学生時代は迎合できなかった。同調圧力が強く、居心地の悪さを感じていた分、人間を多面的に描く漫画に救われました」

一方で1980〜90年代、アニメ愛好家の人物が凶悪犯罪を起こすなどした影響から、オタクに対する世間の風当たりは強まりました。地元のコミュニティー内に風評が広がる不安もあり、親しい人以外に、漫画好きを公言できなかったそうです。

漫画『古オタクの恋わずらい』
漫画『古オタクの恋わずらい』 出典: ©ニコ・ニコルソン/講談社

本当の自分と距離を取りたくて、ニコさんは高校進学後、空手部と生徒会に所属します。しかし試合に出るのがしんどくなり、1年生の終盤に空手部を退部。更に生徒会での活動中、隠しきれない性(さが)が顔をのぞかせる場面もありました。

「生徒会長選挙で、候補者の応援演説を担当したときのことです。『てんない』の翠ちゃんをまねして、人さし指を立てて『清き一票を!』と全校生徒に呼びかけたら、完全にスベってしまった。無理してぼろが出た、黒歴史です(笑)」

恵の自己紹介エピソードのモデルとなった体験ですが、オタクであることへの後ろ暗さが背景にあった、とニコさんは振り返ります。

その反面、地元テレビで未放映のアニメのストーリーを、フィルムコミック(アニメの画像と吹き出しで構成された書籍)を買って追い続けたことも。趣味への情熱は、決して衰えませんでした。

いわば本音と建前に引き裂かれた、ニコさんの思春期が、恵の人物像に反映されているのです。実体験に裏打ちされた、どこか滑稽なのに生々しい設定の数々は、同時代を過ごした人々を悶絶させています。

漫画『古オタクの恋わずらい』
漫画『古オタクの恋わずらい』 出典: ©ニコ・ニコルソン/講談社

ディスコミュニケーションこそが壁を生む

そして恵と「同志」たちとの交流を通して、古き良きオタク文化について生き生きと伝えている点も、本作の魅力と言えるでしょう。

例えば、厳格な親に趣味を隠しつつ、恵と文通を重ねる「結」。推しキャラを描き足した「同人便箋(びんせん)」や、自作イラストをラミネート加工した「ラミカ」を駆使しながら、新作アニメなどの感想を分かち合います。

いずれも、今ほど印刷・情報通信技術が一般化していなかった1990年代、同人活動の現場で盛んに用いられました。作中の細密な描写は、まさに教科書といった趣で、年代を問わず読者を引き込んでいるのです。

漫画『古オタクの恋わずらい』
漫画『古オタクの恋わずらい』 出典: ©ニコ・ニコルソン/講談社

もう一人、独特の引力を持つキャラもいます。恵の級友「ミコさん」です。周囲に臆せず、同人漫画誌を学校に持ち込む強者(つわもの)。好きなことへの思いを押し殺そうとする恵に接近し、「オタクでなぜ悪い」と揺さぶりをかけます。

彼ら・彼女らと交わるうち、恵は目を背けてきた本心と向き合い始めます。こうした変化が、正宗を始めとした、価値観が異なる友人達との関係を、見つめ直すきっかけになっていくのです。背景にある思いについて、ニコさんが語ります。

「私が高校生だった頃は、『コギャル』の全盛期です。身近にも一定数、派手な格好をした女子がいました。彼女たちの前では、オタクであることを隠さなければいけない。当時は、そう思い込んでいました」

「でも考えてみれば、『セーラームーン』シリーズなど、知名度が高いアニメを観ているコギャルだっていたかもしれません。勇気を出して声をかけていたら、仲良くなれる可能性はあったんじゃないかと感じるんです」

実は不器用さやディスコミュニケーションこそが、オタクと社会とを隔てる壁を作り出しているのではないか――。そんな考えから、周囲の人々との距離感を探る、恵の姿を描いているといいます。

漫画『古オタクの恋わずらい』
漫画『古オタクの恋わずらい』 出典: ©ニコ・ニコルソン/講談社

「登場人物みんなが幸せになってほしい」

ニコさんは同時に、恵をがんじがらめにしている固定観念についても、丁寧に表現したいと話しました。

「1995年時点の恵は、オタクである自分を否定していました。一方、現代の恵は結婚・子育てを経て、趣味を捨てています。それでも、自らを救ってきた漫画やアニメに対する、手放しきれない愛情はあるはずです」

「そのあたりの事情にフォーカスしたストーリーを、『オタクだからこうしなきゃいけない・こうしちゃいけない』といった思想にとらわれない、娘の桜の生き方とも対比させながら、浮き彫りにしていきたいですね」

『古オタクの恋わずらい』は、読者から様々な感想を引き出しています。

私も、かけがえのない趣味を批判されたことがある。好きなアニメのトレーディングカードを、手帳に挟み通学した日々を思い出した……。一人ひとりの記憶の扉を開く、マスターキーのような役割を果たしているようです。

当初、単なるラブコメとして消費されるだろう、と予想していたニコさん。心をえぐられる人々が続出している状況に、驚きを隠せません。

そして創作漫画としては、自身にとって、まれに見るほどの反響が巻き起こったことを受けて、大いに喜んでいます。

「これまで、認知症になった祖母の介護体験など、事実に基づく作品を多く手掛けてきました。オリジナル漫画で、ここまで評価されたのは初めてです」

「私の人格を形成してくれた漫画やアニメ、ゲームを好きでいて良かった。人生を全肯定された気分です」

今後の展開について尋ねてみると、「登場人物みんなが幸せになってほしい」。オタクであることの呪縛を解いた恵は、正宗とどう和解するのか。その先に立ち現れる結末を楽しみにしてもらいたいと、ニコさんは笑いました。

アニメ風のイラストが、街中の広告や、ファッション雑誌の表紙を飾る。そんな現代と、オタクへの逆風うねる過去とをつなぐ意欲作の行方から、今後も目が離せなさそうです。

漫画『古オタクの恋わずらい』
漫画『古オタクの恋わずらい』 出典: ©ニコ・ニコルソン/講談社

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【関連リンク】『古オタクの恋わずらい』単行本の販売ページ(講談社コミックプラス)

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