マンガ
「犬が塀に刺さってる」淡々と可愛い絵日記、始まりは〝飼育の不安〟
「負担を背負い込まない」日々描く
愛犬との散歩中の出来事を、淡々と記録した絵日記が、ツイッター上で人気です。いとおしい一瞬や、飼育上の悩みを、ちょっとだけ突き放したトーンで描く。家族との日常を、あえて距離を取りつつ観察する作者に、制作の背景について聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)
登場するのは、主人公の女性と、飼い犬「もなか」です。冒頭、狭い路地を、散歩する場面が描かれます。
直進していると、向こう側から自動車が近付いてきました。道路は、対向車一台と、やっとすれ違えるくらいの幅しかありません。
「車だ はじっこ寄ろうか」。女性がリードを引っ張ります。もなかには塀に対して、身体を平行にしてほしいところ。ところが、塀に垂直な姿勢をとり、頭を「ぎゅう……」と押し付けるばかりです。
見かねた女性は「そっち向きじゃないよ」。すぐさま、もなかのお尻を持ち上げ、方向を修正します。そしてモノローグで「散歩中 定期的に『犬を縦にする』というイベントが発生する」と説明されるのです。
「わが家でも日常茶飯事。ほっこりした」「うちの子も、よく壁に刺さってる」。ツイートには、愛犬家と思われる人々の好意的なコメントが連なりました。8日時点で9万近い「いいね」がつき、1.2万回以上リツイートされています。
ほのかな笑いを誘う絵日記は、どのように生まれたのでしょうか? 作者で、埼玉県在住のイラストレーター・さかぐちまやさん(34・@SAKAGUCHIMAYA)を取材しました。
絵日記で存在感を放つ犬のモデルは、メスの雑種犬・もなか(2歳)です。いわく仔犬の頃から、散歩中に道路脇へと誘導するたび、しばしば同じ体勢になってしまうといいます。
「頭が壁ギリギリまで寄っているので、本人としては道路脇に移動したという認識なんだと思います。今回は『できる限り避けているつもりなんだな……』と可愛く思う気持ちと、早く安全な位置に動かさねばという焦りがせめぎ合っていました」
マイペースなもなかですが、出生地は沖縄の保健所。2019年4月、千葉で開かれた譲渡会にいるのを、さかぐちさんが見つけました。きょうだい犬にちょっかいを出し怒られてもキョトンとする「空気の読めなさ」に惹かれ、引き取ったそうです。
「明るく元気な性格で、ちょっと間が抜けたところがあります。よその飼い主さんが大好きで、なでてもらおうと、ひっくり返ってお腹を見せることも。以前、勢い余って、そのまま土手をゴロゴロと転がり落ちてしまった時は笑いました」
しかし、もなかを迎えた当初は、苦労も多かったといいます。深夜や早朝に大声で鳴き、思うまま家具を破壊してしまう――。奔放さに手を焼き、打ちひしがれることもたびたび。なかなか打開策を打てず、将来が見通せませんでした。
「どうにかして不安を発散したい。そんなわがままな思いがきっかけで始めたのが、絵日記です。でも感情で突っ走ったら、きっと見る人に不快感を与えてしまう。だから、あえて突き放したような、淡々とした描き方を採りました」
絵日記を初めてツイートしたのは、2019年5月14日。もなかとの新生活について報告する内容です。「子犬、物を壊すのが好きすぎないか」「もなかはうんこを食う」。シュールなイラストと、粛々とつづられる文章がおかしみを生んでいます。
悩みを絵に落とし込むと、段々と滑稽に見えてきたそうです。「深刻になりすぎていたり、頭が固くなりすぎていたりすることにも気付けて、楽になりました」。さかぐちさんが振り返ります。
共に年を重ねる中で、愛犬がいる幸せも表現できるようになりました。尻尾とお尻の毛の柔らかさに心弾ませたこと。前脚をかけるだけだった自宅の階段を、いつしか登り切れていたこと……。同じ犬好きからの応援コメントも増えていきました。
「私の創作物としてのもなかよりも、本物のもなかの方が、ずっと面白いと思います。なるべく過度な演出でキャラクター化せず、そのままの良さを伝えられるように、毎回気をつけながら描いています」
コミュニケーションがままならない場面も、心が通じ合った喜びにあふれる瞬間も、等しく体験する犬との暮らし。さかぐちさんは、犬が人間の生活に合わせてくれることで成り立つと話しました。
「うまくいかないことがあっても『犬にとっては不自然なことをやってもらおうとしている』『できなくて当たり前だよな』と思うようにしています。気持ちに余裕が持てない時は、ドッグトレーナーや獣医などの第三者を迷わず頼ってきました」
「負担を背負い込まないのも重要と感じます。もなかはドッグスクールのトレーナーさんに、私にも見せないデレデレの表情をするんです。ちょっと寂しい気もしますが、わが家以外にも大好きな拠点を持っていることは大切だと思います」
絵日記の中には、もなかを連れて、温泉地などに赴く回もあります。アウトドア好きな性格を踏まえ、体力があるうちに、色んなところに連れて行ってあげたい。そんな気持ちに裏打ちされているそうです。
「年を取れば状況も変わるでしょうけれど、その時々にもなかが必要としていることを、尊重しつつ暮らしていきたいですね。なるべくストレスなく生きて『この家での生活も、まぁ悪くないワンね』と思ってくれればいいな」
1/23枚